29.パーティー 2
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貴族は護衛を引き連れ、制止を振り切ってツカツカと室内を歩く。
歳は二十代前半くらいの貴族。
いかにも貴族が好んで着そうな派手な装飾の服、そして腰には短剣を携えている。
彼はケヴィン達の座っているテーブルへと足を運ぶと、二人の黒騎士達が間に入った。
貴族の男は二人の黒騎士を前に後ずさりながら、腕を組み見定めるような眼差しでケヴィンを見据え、顎を上げてケヴィンへと訊ねる。
「お前がケヴィンか?」
「はあ?誰だお前。招待されてないだろ?さっさと帰れ!」
「ふっ、話に聞く通り気性が荒いようだな。それに身なりは。ふむ、まぁ及第点か。その辺はウチに来れば何とでもなるから良しとするか。ケヴィンとやら光栄に思うが良い!
我がフェルト家がお前を雇ってやる。領主である父上からの直々のお達しである!」
「はぁ、この国の貴族って言うのは呼ばれてもない宴の席に、図々しくも上がり込んでその上、名乗りもしない。品のない連中のことを貴族って言うのか?」
「ふふふっ。閣下の仰る通りで御座います。
王が愚かであれば、その国の貴族もまた愚かな者が多いということなのでしょう。私の知る限りフェルト領というのは、領主がどうしようもなく無能で、まさに領民に寄生する寄生虫のようだともっぱらの噂で御座います」
「貴様、ふざけた嘘を抜かすな!」
「あら、ふざけてなどないわよ。今の話は事実であり、無能な領主であるというのは商人達の間では有名な話。反論があるというならば、フェルト家が行なっている具体的な施策を挙げてみてはどうかしら?」
歯を食いしばり怒りに満ちた形相の貴族に対し、エレインは悪い笑顔で応える。
エレインと対峙しているのは、フェルト家の長男、アルベルト・フェルト。
エレインが言うように商人達のフェルト家への評価は低い。
フェルト領は、領民から税を徴収するだけで先代から領の開発、施設などへの投資を一切していないのである。
故に道は狭くガタガタで、治安も悪く、町を囲む防護壁もボロボロになっていた。
アルベルトが声を荒げた為、招待客の注目を集め、ケヴィン達の元へ続々と集まって来た。
流石は王都で名を馳せている商人達というべきか、皆、興味深そうに視線を送り、まるでイベントで見るように嬉々とした表情を浮かべ様子を見ていた。
そんな状況にも関わらず、アルベルトは余裕ある態度でエレインを蔑むように笑う。
「ふっ、平民の娘が。これだから無知な輩と言葉を交わすのは嫌なのだ。貴様に統治の何が分かる?我々のような高貴なる存在がいるからこそ、領が成り立つというもの。教養のない平民風情が知った風な事を言うでない!」
「あら、反論があれば具体的な施策を、と言ったのに。やはり虫には人間の言葉を理解するのは難しかったみたいね。ふふっ」
「貴様、無礼であるぞ!」
「――黙れ虫風情が、お前こそ無礼よ!こちらのケヴィン閣下はこの国の愚王が頭を下げて許しを請うたほどの方というのが分かってないの?はあ、これだから欲に駆られた馬鹿な貴族と話すのは嫌なのよね!高貴な存在がいるから領が成り立つ?本当、ふざけているのはどっちなのよ。領民が生産的な活動をしているから領が成り立っている事も分からないの?あんたらはそれを搾取しているだけ。勘違いするな!まともな領主なら生産性を高める為に治水工事をしたり、流通がスムーズになるように道をならし、領民の生活を安定させる為に治安対策をするものなのよ。それで、そういう具体的な施策をしているかって聞いているんだけど?」
アルベルトの支離滅裂な答えに、エレインが声を荒げる。
しかしこれは彼女のパフォーマンス。
商人や重職に就く者達は、基本的に傲慢な貴族というのを嫌う。
エレインは集まっている招待客の視線を感じ、無下に追い払うよりはアルベルトとのやり取りを楽しんでもらった方が良いと考え、ワザと彼を煽っていく。
「ふんっ。生意気に何を言うかと思えば、貴様こそ為政というものがどういうものなのかが分かっていない。まぁ、平民に我々と同じような知識を求めるのは難しい話か。いいか?我が領の兵士は王都の武闘大会で上位に入る精鋭達だ。そんな精鋭兵が守る領だからこそ民達は安心して住める。そんな単純なことも分からんのか?」
腕を組み自慢気に話すアルベルト。
彼はエレインより優位に立ちたいという気持ちが言葉、そして態度に滲み出ていた。
「ふふっ、やっぱりあんたって馬鹿なのね。そんな感じだから王都でいい酒の肴になっているのよ。あんたの言う精鋭って重装騎士の事でしょ?重い鎧を着た兵士が盗賊や暴漢相手に何が出来るの?逃げてくださいって言ってるようなものじゃない。教養のないあんたに教えてあげるけど、フェルト領の犯罪件数はこの国でワースト3に入ってるわ。領民が多い訳でもないのにワースト3よ。領主がチグハグな統治をしてればそうなるわよね。治安維持に必要なのは武闘大会で上位に入る重装騎士なんかじゃなく、素早く相手を捕えられる兵士であり、個人の強さではなく圧倒的な数が必要なんだから」
アルベルトの応えは周囲の失笑を誘った。
エレインが言うように彼が自慢する重装騎士に犯罪者の捕獲は全く適さない。
しっかりと足に根を張り盾役をするのが本来の重装騎士の役目なのだが、その重装騎士に素早く逃げ回る盗賊らを捕えさせるというのは酷な話。
正論を返されたアルベルトはグッと拳を握りしめ、エレインを睨みつける。
そんな彼の姿に周囲の視線が集まっていく。
嘲笑う声、蔑むような眼差し、軽蔑する態度がアルベルトに向けられていた。
「それとフェルト領は“悪政の地フェルト”とも言われているの知っているかしら?」
「そんなもの商人達の戯言であろう」
「あんた本当に領主の息子なの?何も知らないのね。悪政の地と言われている理由の一つが領主が対策を怠ったために起きる災害が頻繁にあるということ。最近だと二週間前の川の氾濫とかがあったわね。まぁ、他の領であれば対策していたでしょうから、この氾濫はフェルト領だから起きた災害とも言えるわ」
「はっ、馬鹿馬鹿しい。災害など予測出来る訳ないだろ!そんなものを悪政と結び付けるなど、強引過ぎるわ!」
「ふふっ、こんな事も知らないのね。川の氾濫なんか過去の事例を振り返れば、いくらでも対策ができ未然に防ぐことが出来るわ。それを怠っているのがフェルト家。ここまでくると領民が哀れになってくるわね。それに町を囲む外壁が壊れているから盗賊や魔物が入り放題で治安が悪い。町に入れば下水対策をしてないから、町中に異臭が漂っていて疫病にかかりやすい。とても人が住めるような環境ではないわね。はっきり言ってこんな酷い領、他には無いわ」
それを聞いたアルベルトは顔を真っ赤にする。
そして声を荒げ次々とフェルト家が取り組んでいる事を挙げていく。
だが彼の言うことはどれも的外れ。
貴族達の歓待、教会関係者との交流、領兵設備の増強などを挙げていくが、エレインにことごとく正論で返されてしまう。
それを見ている観客達も呆れた顔でアルベルトを見つめ、隣にいるアルベルトの従者や護衛達も苦笑いをするしかなかった。
「領主がやるべき事は適宜に資金を投入し災害を予防する。経済を回して住民達の生活を安定させるのが領主の役目。その辺、理解してないでしょ?」
「はっ、女が為政について何が分かると言うのだ。いいか?為政とは結果が全てなのだ。
我がフェルト領は安定した税収を上げている。それこそフェルト家の手腕であろう」
「はぁ、本当に理解していないのね。ここにいる皆が分かっていることを、あんたは何一つ分かってない。本当、呆れるわ。税収が安定しているのは、あんたらのお陰でも何でもない。領民達、個人個人の生産力が高いお陰。恐らく相当無理をしているのね。災害や犯罪にあって、病に倒れても安定した税収が得られているのは、領民達が他の領よりも多く畑を耕し、作物を育て物資を生産しているから。あんたらは領の利益に繋がるようなことは、何一つしていないわ。ただ書類に判を押すだけ。ゴーレムにだって出来ることよ。
断言すると、あんたらの仕事ぶりは金を生み出すようなものではない!あんたらのやっているのは為政なんかではなく寄生!領民達が生み出す金に群がっているだけ!」
エレインがそう言うと、見ていた招待客から拍手が送られる。
彼女に賛同する者が多く、アルベルトはばつの悪い表情を浮かべていた。
「それで?そんな寄生虫のフェルト家が閣下を雇う?冗談はあんたらの存在だけにして欲しいわ!この国の命運を担う閣下を、虫ごときが従わせようなんて図々しいにも程がある!せめて人になってから出直して来なさい!」
エレインの言葉に会場の拍手が更に増し、歓声が上がっていく。
状況が悪くなったアルベルトはエレインを睨みつけ、ブツブツと恨み言を呟きながらその場から立ち去って行った。
その後ろ姿を見つめながら、エレインは腰に手を当て大きく溜息を吐く。
それから彼女はケヴィンの席に戻り「はぁ、疲れました」と呟き、ケヴィンは漬け物を摘みながら「お疲れ様!楽しそうだったなエレイン?」と声をかけた。
彼の言う通り、エレインはアルベルトとやり取りをしている時、活き活きとした姿だった。




