26.報復 2
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――リヴィアの雫、地下訓練室
リヴィアの雫の地下訓練室は、マティスの祖父が召喚された日本人ということもあって、剣道等の道場のような内装だった。
腰の位置までの板張りの壁と白い漆喰壁。
壁には神棚があり、天井は板張り。
さすがに床は板張りという訳にはいかず、石畳みが敷き詰められていた。
その訓練室で黒騎士とハルナが剣の訓練をしている。
ハルナはリエラ王国に召喚されてから騎士団の連中に剣の手ほどきを受けていたらしいが、その動きは素人と変わりなかった。
そんなこともありハルナはケヴィンの集落で戦闘班の訓練に参加したり、黒騎士達に稽古を付けて貰うことが増えていた。
彼女が今やってるのは防御訓練。
ただひたすら黒騎士の繰り出す剣を受けながら、体さばき、剣の受け流し、回避する。
地味で辛い訓練のひとつ。
ケヴィンが何故このような訓練をさせているのかというと、彼はこう考えていた。
まず手っ取り早く上達するには、本能に訴えかけた方が早い。
それは自身の経験からくるものでもあった。
そして剣を振り回し、攻撃の仕方を学ばせるより、相手の攻撃を受け、命の危機を脳に刷り込んで潜在している能力を無理矢理引き出した方が上達は段違いに早い。
それに攻撃を受け、剣を捌き、相手の動きを見て学ぶ。これは実戦でも役に立つ。
足先の向き、腕の振り、力の抑揚、剣の角度。
目の前の相手が何を考え、どのようにして攻撃を組み立てていくのか。
その時の身体の使い方はどうしていたのか。
ただ攻撃を受けて、それを見るだけでも、学ぶべき情報の数は剣の振り方を学ぶよりも多い。
ハルナはそんな訓練に何度も黒騎士に倒されながら、立ち上がり挑んでいく。
ケヴィンはその様子を見ながらハルナに指示を出す。
訓練をしているとエレインが訓練室に姿を見せ、ふらふらになりながら訓練をするハルナを心配そうに見つめていた。
「ねぇ、ケヴィン。昨日ハルナに何があったの?」
「ん、特に何もなかったと思うが」
「そう?ならいいんだけど」
「何か気になることでもあるのか?」
「そういうんじゃないけど。何かあの子、いつも以上に張り切っている気がして」
「あー、そういう事か。まぁ、ディーケイに聞いた話だと昨日の夜、侵入者が来た時に何も出来なかった自分に腹が立っているみたいだぞ。それでディーケイに『今度はちゃんと皆を守れるくらい強くなってやる!』って言ってたらしい」
「そうなのね。ハルナは真っ直ぐな子だから、変に気負い過ぎないといいけど」
「ふふっ、そうだな。まぁ、ディーケイがフォローしているみたいだし、そう心配することもないだろう」
ケヴィンがそうフォローするがエレインの表情は優れない。
そんな彼女にケヴィンは「俺達が心配したところでハルナは止まらないと思うぞ?そう簡単には止まらないんだろ?」と、以前エレインの言っていた言葉を引用し、彼女に尋ねた。
彼女は微笑みを浮かべ「ふふっ、そうね。あの子はそういう子だったわ」と返す。
「そういえば、街の反応はどうだった?」
「うふふ、それはもう大成功よ!街中、血の雨が降った貴族邸の話で持ちきりよ!」
「おっ、それは良かった」
「屋敷に天誅って書いたのが住人達に余計にウケたみたいね。神が降臨したとか、神の使徒が天罰を下したとか、色々な噂が出始めているわ」
「ん、神の使徒ね。それは使えそうだな」
「あっ、また悪い顔をしてる。面白そうな事なら協力するわよ?」
「まぁ、その時は頼むよ」
「それはそうと、今夜の作戦。本当にケヴィンが行かなくても大丈夫なの?あの四人とスラ吉だけでしょう?あのメンバー、かなり心配なんだけど」
「エレインが言いたいことは分かってる。俺もやり過ぎないか心配だし。だけど、あいつらに『付いて来なくても大丈夫!』って何回も言われてんだよ。付いて行こうとすると昨日の夜、参加出来なかった件をギャーギャーを言ってくるし、なんていうか俺の話なんか聞かないと思うぞ」
彼らが話す今夜の作戦とは、襲撃の首謀者である貴族達に対する報復第二弾のこと。
今朝ベネスを訪ね得た情報では、首謀者の三人の貴族は税の着服をしている疑いがある。
疑いというか、着服は確実らしい。
ただ貴族ということもあり、はっきりとした証拠がない以上、罰することが出来ない。
本来ならケヴィン達の戦力で首謀者のところに乗り込み、さっさと報復をしたいところではあるが、次の計画をスムーズに実行させる為に今回の報復に利用することにした。
物理的に排除するのは次の計画に支障が及ぶ可能性があるので、首謀者の屋敷に忍び込み、着服を暴き、貴族達を陥落させようと動いている。
あくまでも壊さず、倒さず、殺さないことが作戦の条件だ。
ケヴィンとエレインの二人が心配しているのは、その報復第二弾を任せた四人と一匹。
リヴ、アイシャ、ソフィのお子様組とディーケイにスラ吉が“物理的な破壊行為をしないか”を心配している。
破壊行為等をしてしまうと、次に計画している件がどうしても印象が悪くなってしまい、少なからず影響が出てしまう。
計画が軌道に乗ってしまえば問題ないが、まだそれを作ってもいない状態の為、慎重に事を進めていきたい。
そんな二人の心配を気にすることもなく、四人と一匹は嬉々として貴族達の屋敷へと侵入していた。
◇◆◇
リヴとスラ吉は首謀者の一人、今朝ディーケイが血の雨を降らせた屋敷へと侵入していた。
「うん、やっぱりディーケイが言ってた通り、ほとんど人がいないようですね!」
「……」
「えっ、駄目ですよ。マスターからも言われたじゃないですか。今日は壊したり、殺したり、食べたりしては駄目なんです!宿に戻ったらご飯を用意しますので、それまで我慢してください」
「……」
「分かってますよ!もう書類も頂きましたし、他に目ぼしい物も無いみたいですので、そろそろ帰りますか?」
ディーケイとティアによって実行した血の雨作戦。
それにより屋敷に勤めていた使用人、私兵たちは天罰を恐れほとんどが屋敷から逃げ出し、リヴとスラ吉の目的である書類もすんなりと持ち出すことに成功した。
しかしリヴとスラ吉が帰ろうとした時、彼らがいる部屋へと近づいてくる気配をリヴが察知する。
リヴは気配がする方角を向きながら「うーん、困りましたね。誰かこっちに向かって来ているみたいです」と言うと、スラ吉がプルプルとリヴの頭上で震える。
「そうですね!それはいい考えです。僕もティアさんの木の葉隠れの術、やってみたかったんですよね。こういう機会がないと出来ませんし、試しにやってみますか?」
「……」
「大丈夫ですよ。僕、魔法上手ですから」
「……」
「分かってます!風魔法ですよね?任せるで御座るよ!」
リヴはそう言うと目を閉じ、胸の前で印を結ぶ。
見た目だけはティアがやっていた木の葉隠れの術と一緒である。リヴの服がゆらゆらと揺れ始め、ローブの裾がふわりと舞い上がっていく。
そしてリヴは自身の魔力を増幅させ「木の葉隠れの術!」と発する。
すると彼を中心に風が円を描くように収束していき竜巻が起きていく。
彼を囲みながら一メートル、そして二メートルと次第に風を巻き込み、その形を変えていく。
大きくなっていく竜巻きを見てリヴは「あっ」と言い、やってしまった、という表情。
そう、やってしまったのである。
そもそもティアが使った木の葉隠れの術というのは魔法という類のものではない。
それをリヴとスラ吉は風魔法の一つであると思い込み風魔法を使用した。
しかしリヴが魔力を増幅しすぎた為、発動した魔法の規模が予想以上に大きな規模となってしまう。
しかしそれに気付いた時には既に遅く、発生した竜巻きはみるみるうちに大きくなっていき、今や部屋の壁、天井を削ぎ落としながらどんどん大きくなっていく。
その様子を竜巻きの中心で天を仰ぎながら「えーと、ちょっとだけ加減を間違えてしまいましたね!」とポリポリと頰をかくリヴ。
頭上にいるスラ吉は触手のようなものを伸ばし、ペシペシとリヴの頭を叩く。
その竜巻きは彼らの想定を超え、益々規模を拡大させていき、天井を突き抜け、壁を破壊していく。
天井を突き抜け、壁を壊しながら、突如として現れた竜巻き。
それを目にした見回りの兵士達。
彼らは巨大な竜のように大きくなった竜巻きを見上げ、慌ててその場を逃げ出していく。
竜巻きは壁や天井を吸い込んでいきながら、屋敷を超える大きさまでに姿を変え、今もなおバキバキと屋敷を壊していた。
竜巻きが進行を止めたのは、屋敷のおよそ半分を壊した辺り。
急に風が弱くなっていき、消えていった。
そして竜巻きが消えるのと同時に、屋敷の半分がまるで巨大な生物に踏みつけられたように跡形もなく消え、細かく粉砕された瓦礫だけが残っていた。
「あー、僕が消えるつもりが屋敷の方が消えちゃいましたね。これは成功でしょうか?」
「……」
「そう怒らないでください!僕だって不味いことくらいは分かってます!」
「……」
「そ、そうですね。僕たちが来た時にはこうなっていたことにしましょう!」
「……」
「なるほど、なるほど。言われてみれば。昨日行ったお店のテラス席に似てますね。これがハルナさんの言ってた解放感溢れる空間というものなのでしょう。ではスラ吉、ここを綺麗に掃除して、元々そういう作りだった、みたいな感じにして帰りましょう!」
とりあえず目の前の惨状を無かったことにしたリヴとスラ吉。
彼らは出かける前にケヴィンから何度も、何度も言われていた。
今回の作戦では壊すな、食べるな、殺すな、と。
それはもうしつこい位に言われているのにも関わらず、屋敷のおよそ半分を綺麗サッパリと壊してしまったのである。
ケヴィンの言いつけを破る訳にはいかない。
故に彼らは、それを初めからそういう作りの屋敷と擬装することにした。
似たような雰囲気の店は見ている。
それは昨日ハルナと行った飲食店。
そこには正に壁も天井も無い中庭のような席があり、外にはテラス席もあった。
はっきり言えば彼らが見た飲食店とは似ても似つかぬ屋敷の惨状だが、その辺は都合よく解釈され、元々解放感溢れるデザインの屋敷ということに落ち着いたようだ。
慌しく瓦礫を片付けていくリヴとスラ吉。
彼らはいつもより真剣な表情で、隠蔽工作を施していくのであった。




