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2.召喚 2

 2


 重苦しい空気が謁見の間に淀む。


 腕を組みレイモンドを踏み付けながら周囲の人間達を嘲笑うケヴィン。

 瞳は血に飢えた獣のように血走り、戦うことを糧として生きてきた男の姿だった。


 王国騎士団の中でも最強と言われていたレイモンドを子供のようにあしらい、次の獲物を探すような鋭い眼差しで周囲を睨む。

 その殺気に当てられ誰もが言葉を失い、行動を起こすことが出来なかった。


 それからケヴィンは王を見据え、不敵な笑みを浮かべながら血の通わない声色で話を切り出す。


「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺はケヴィン・モス・マクドウェンディ。マクドウェンディ帝国の将軍であり、次期皇帝だ」


 その言葉に皆が息を止めた。

 恐怖、焦り、困惑……

 様々な感情が駆け巡っていく。

 リエラ王国にとってまさに最悪な状況だった。他国の要人であるケヴィンを強制的に召喚し、危害を加えようとしたのである。

 突きつけられた事実。

 濃厚な死の匂いと迫りくるであろう脅威に慄く。


 謁見の間にいる者達が困惑を極めていく。


 しかしそんな状況の中で一人だけ楽しげに笑みを浮かべている者がいた……

 それはケヴィンと同じく召喚されたエレインである。


 彼女は美しく整った顔を綻ばせ、すっと立ち上がるとケヴィンに歩み寄り、そしてゆっくりと彼の前で跪く。


「――やはりケヴィン将軍閣下で御座いましたか。お会い出来て光栄で御座います。突然の無礼、どうかお許し下さい。私、エレイン・ヒューズと申します。閣下があの国を滅ぼした時の数々の武勇、我が国でも聞き及んでおりました。十万の兵に対し僅か半日で壊滅させ、かつ地図上から抹消してしまうほどの偉業。私、心から敬服いたしております!」

「ん、エレイン。頭を上げてくれ。俺は此奴らみたいに別に威張りたい訳ではないんだ。ただ人の都合も考えず呼んだ割に傲慢な態度、それに上からの目線で頼む“協力”。それが此奴らのやり方なのかもしれんが、余りにもお粗末でな」


 ケヴィンはエレインに近寄っていき、彼女にパチリと瞼を閉じて目で合図を送る。

 それに応じてこくりと頷くエレイン。

 エレインはケヴィンの虚言に気付いた。

 彼女はケヴィンの虚言に乗っかって、いかにもありそうな事象を即座に並べたのである。

 

 そもそもの話。

 ケヴィンの言うマクドウェンディという国は実在しない架空の国である。

 要はリエラ王国と対等に話をする為、彼は虚言を用いて『国と地位』を偽り立場を築いたのであった。


 そしてケヴィンが話す国の名前を紐解くと、よく聞くようなワードが浮かぶ。

 彼が好きなハンバーガーショップだ。

 それを彼は好きな順にモス、マクド、ウェンディと並べただけに過ぎなかった。


 エレインはこれに気付いた時、吹き出して笑いそうになったが、なんとか堪えてケヴィンに話を合わせた。


 そんなエレインの後押しもあり、ケヴィンの虚言を更に信憑性を持たせることが出来た。


「そうですね。客人をもてなすには彼等の態度は余りにも礼節にかきます。やはりこのような小国では品位ある行動をするということは自体、残念ながら難しいのかもしれません。閣下が仰る通り、軍を呼び寄せ、戦争して滅ぼすというのも一つの手段かもしれませんが、現在国際連盟は戦争に関して非常に煩くなってきております。一応国際連盟の慣例に習い、形だけでも譲歩したという程をとった方が宜しいのではないでしょうか?」

「ん、なるほど。確かに最近は国際連盟の連中も国を滅ぼすとうるさいからな」

「はい、それに今回は文明の発達してない異世界の国。しかも未だに召喚魔法を使用しているような国です。国際連盟には召喚による損害賠償を提示し譲歩した、という形をとれば例え戦争で国を滅ぼしても問題はないかと思います」

「あぁ、そうだな。まぁ、さっき来たばかりで、こっちの世界の金の価値は分からないが、今後のことも踏まえて、民に影響が出にくい費用となると……こっちの世界にも多分、王室費とか王宮運営費とかはあるだろ?損害賠償金は“王宮年間運営費の二割”くらいか?」

「さすがで御座います、閣下。民のことを考え損害賠償金を王宮の運営費とするその御心の広さ。今回彼らの失態がこのくらいで済むのであれば、この国の者達も納得でしょう!」


 宮廷魔法士であるアインツは彼らのやり取りを聞き、次第に顔を痙攣らせていく。

 勇者召喚の責任者である彼。

 ケヴィンとエレインが話すような損害賠償が認められれば確実に責任を取らせられるだろう。


 そうなる前に流れを変えなくてはいけない。


 アインツは恨めしそうに二人を見据え、思考を巡らせていく。

 そしてアインツは思った。

 本当に異世界から大軍を呼び寄せることが可能なのだろうか、と。

 それは実に魔法士らしい考えだった。


 アインツは流れを変える為、王へ発言の許可を得て、ゆっくりと壇を降りていく。

 右手に杖を持ち、大袈裟に両手を広げてケヴィン達に言葉を投げつけた。


「そこのケヴィンとやら、いささか冗談が過ぎるようだな。忘れては居らぬか?お主らはこことは別の世界から召喚されたということを。この世界でお主の国が、我が国へどう影響を及ぼすのだ?」

「ふっ、おっさんこそ侮り過ぎやしねぇか?召ぶことが可能なら、あっちから来ることも出来るって考えたことないのか?それに見たところこっちの世界は俺達の世界より相当文明が遅れてるみたいだ。魔法は少なくとも七百年は昔のものを使い、装備なんかは未だに剣や鎧など使っている。そんな物は俺達の世界では五百年は過去の、それこそ笑い話に使われる位、昔の産物だ。お前こそ文明の発達した“力“ってやつを舐めすぎじゃねぇのか?」


 思わぬ反論に言葉を飲むアインツ。


 ケヴィンの言う通り、ケヴィン達の住む世界に関する情報は全くと言っていいほど皆無。

 アインツが積み重ねた魔法知識や常識が彼らに対し、通用しない可能性もある。


 そしてケヴィンが言う、この世界よりも文明が発達した世界。

 アインツは以前召喚した勇者の話を思い出す……


 それは俄かに信じがたい話ではあったが、三ヵ月前に召喚した勇者が馬を使わずに走る荷車があると言っていた。

 その時は世迷言と思っていたが、それが本当であればケヴィン達の言っている次元連結魔法も可能なのかもしれない。


 そう考えればこの二人は非常に危険である。

 早めに手を打たなければ大軍が押し寄せて来る可能性がある。


 アインツは考えを改め、行動に移す……


「陛下。この者たちは、どうやら自分の立場というものを理解していないようで御座います。このアインツが、これよりこの者たちへ教育を施したいのですが、許可頂けませんでしょうか?」

「ふむ、教育か。この状況なら教育も必要であろう。分かっているとは思うがアインツよ。これから共に動いてもらう協力者だ。ほどほどにするのだぞ?」

「ハッ、承知致しました!」


 王に頭を下げ、再びケヴィン達へと向き直るアインツ。


 彼らが言う『教育』とはリエラ王国にとって都合が良い駒とすることである。

 要は意のままに操れるように、武力で従わせるということだ。


 アインツは杖を地面に立て、詠唱を始めると地面に魔法陣が浮かび上がっていく。

 青白い光を放つ魔法陣。

 半径一メートル程の大きさの魔法陣の中には、複雑な模様と文字が描かれている。


 それからあざ笑うような薄笑いを浮かべ「近寄らなければ、貴様の体術など役に立たないだろう」と言い魔法を放つ。


 放たれた魔法は大きな炎の塊。

 サッカーボール程の炎の塊が、勢いよくケヴィンに迫っていく。

 それに対しケヴィンは無表情でレイモンドの頭を鷲掴み、彼を盾代わりにして魔法を受け止めた。


 その行動に何の躊躇もない。


 レイモンドは首と胸で炎を受け止め、彼の髭は焼け焦げ、痛々しい声を発し、顔を押さえ床を転がり回っている。

 慌てて声を上げる騎士達。

 彼等が「団長!」と声を上げたその時。

 ケヴィンはスーツの中に手を入れ、ホルスターから銃を抜き、銃口をアインツに向け……


 ――二度の銃声が鳴り響く。


 無機質な音は声を上げていた騎士達を一瞬で黙らせ、ケヴィンに騎士達の視線が集まる。

 その直後――バタリと崩れ落ちる音。


 騎士達が振り返ると、そこにはアインツが肩そして足から血を流し倒れていた。


 王国の者達は再び驚愕の表情を浮かべる。

 これが彼の言うところの文明の発達した力。

 誰もが理解できない力だった。


 誰もが驚いている中、黒髪の少女だけがケヴィンに熱い眼差しを向けていた。


 彼女はケヴィンが言葉や行動を起こす度に、周りの人達に気付かれないように「おぉ!」と小さく呟いたり、銃でアインツを撃った時は「異世界魔王様キターー」と反応し、目を輝かせていた。


 その黒髪の少女とエレインを除き、この場にいる者達はケヴィンが何をしたのか勿論理解出来てはいないだろう。


「そいつを“今”殺すのは俺の流儀に反する。だから“まだ”殺しはしねぇ。急所は外してあるし、まぁ死にはしねぇだろ」

「しかし、分かっていた事ですがやはり未熟な国ですね。正直呆れてしまいました。閣下があれほど力の差を見せつけ、文明の差を提示し、譲歩してくださったにも関わらず牙を向けてくるとは。閣下、私も銃を持っておりますので援護します!」


 エレインは腰に隠していた銃を抜き、そして構えながら、

「それと閣下に一つお願いがあるのですが」

「ん、なんだ?」

「閣下の描いている筋書きに私も参加させて頂いても宜しいでしょうか?」

「ふふっ、エレイン。そのつもりで話しかけて来たんだろ?じっくりと観察していたかと思えば、すごい悪そうな笑顔浮かべてたし」

「さ、さすが閣下、気づいてらっしゃいましたか」


 二人は面白い悪戯を思いついた子供のような目つきで笑い合う。


 そんな二人とは対照的にリエラ王国の者達は極度の緊張に身を包まれていた。

 手や足は締め付けられたように身動きが取れず、顔は自らの意思に反しピクピクと痙攣を起こし、自然と膝が震えていく。


 アインツが倒されたのまさに一瞬。

 音が聞こえた――と感じた時にはアインツは血を流し倒れていた。


 魔法でも矢でもない未知の攻撃。

 視認することも出来なかった。


 剣と鎧は遠い昔の話。

 彼らがそう嘲笑うのも頷ける。


 視認すら出来ない物に対して防御する手段などない。それに五百年以上は進んでいる世界の攻撃など想像もつかない。

 だからこそ恐怖を抱く。


 未知なる攻撃、そして文明の発達した世界。

 故にエレインの言う十万の兵を僅か半日で壊滅させた話も真実味を増していく。

 王国の圧倒的優位な状況は脆くも崩れ落ち、現在では逆に追い詰められたリエラ王国。


 ケヴィンはそんな彼等をあざ笑うような目つきで見据え、国王に銃口を向けながら、

「さて、教育をするとか言ってたよな?お前」

 と冷たく言い放つ。

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