19.畑作り 2
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作業している魔物達を呼び戻し、リヴが端に配膳用のテーブルを出していく。
千人を超える数ということもあり、テーブルがズラリと並ぶと、まるでイベントでも行われるような雰囲気だ。
並べられたテーブルにディーケイが空間収納から昼食用に用意していた大鍋やパン、デザートを取り出し、テーブルの上に置いていく。
昨日の夕食後にリヴィアの雫で調理した野菜スープにマティスに頼んで購入したパンとジャム。そしてデザートにはオレンジシャーベットが用意してある。
どの料理も畑で作れるものばかりで、魔物達に今耕している畑からどんなものが出来るのか理解してもらう為に今回用意した。
料理という概念がない魔物達にとって、食材に手を加えると格段に美味くなるということを知ってもらう、いい機会でもあった。
テーブルの上に置かれた大量の大鍋やパン、スープ用の深皿、デザートなどを魔物達が手分けして配膳していく。
一つの作業を共にした為か、種族など関係なしに協力して皆に行き渡るように配っていく姿を見て、ケヴィンは口端を上げる。
「おーい!皆、昼食がない奴はいないか?いたら手を上げてくれよ!さて、お待ちかねの昼食だが、今日用意したのは全部畑から出来る物で作っている。まあ、今日用意した昼食も美味いが、自分達で作ったもんはもっと美味いぞ!じゃあ冷めないうちにしっかり食べて、午後からまた頑張ろう!」
ケヴィンが声をかけると、魔物達、獣人族達は地べたに腰を下ろし、手に持つ料理を見つめる。
初めて口にする料理。
魔物達、そして獣人族は普段、食材に対して切るか焼く事しかしない。もちろん種族によっては料理を嗜んでる種族もいるが、この場所に来ている魔物達は人目を偲び、隠れ住んでいた者達ばかり。
彼らは恐る恐る料理を口に含む。
これまで経験した事のない複雑な味わい。
口にいっぱいに駆け巡る大地の恵み。脳を刺激し、幸せな気持ちになっていく。
間を置かずして、方々から驚きの声が聞こえ始め、その声が重なり賑やかになっていった。
料理を口にした魔物達の顔は喜びに溢れ、皆いい笑顔を見せていく。
魔物達の中から「さすが魔王様!」と聞こえてきた。これにケヴィンはすかさず反応し「コラー魔王様言うな!」と突っ込むと、周りの魔物達からドッと笑いが巻き起こる。
その日の昼食は暖かい空気に包まれた、笑いの絶えない賑やかな食事となった。
そんな賑やかな食事風景の中、配膳用テーブルの奥にある草むらで、息を荒げ大の字で仰向けに寝そべるエレイン。
そしてエレインを囲むお子様組の三人。
普段から身体を動かしていないエレインは、畑仕事で体力を使い果たしダウンしていた。
ケヴィンはエレイン達を見つけると、歩み寄って声をかける。
「お疲れ様エレイン、調子はどうだ?」
「ハァ、ハァ。あら、ケヴィン来てたのね。何てことないわよ!ハァ、ハァ。これくらい楽勝なんだから!」
「嘘つくでねーです!エレインが体力ないから全然役に立ってないのです!大っきなもの二つもぶら下げているんだから、それを使って早く回復するのです!」
「本当、そうよね。おっぱいには沢山栄養が入っているはずなのに、エレインのおっぱいは見かけ倒しなのよね!」
「へぇ、そうなんだ!僕、初めて聞いたよ。回復薬みたいなのが入ってるの?すごく便利なんだね!」
「ハァ、ハァ。そんなポーションみたいな物入ってる訳ないでしょう!ハァ、ハァ。まったく、そんな話、誰から聞いてきたのよ」
まるでマラソンを走り終えた後のように、疲労しているエレイン。
全身に汗を滲ませ息づかいは荒く、大の字の姿勢を維持したままピクリとも動かない。
そんなエレインを囲んでいるお子様組の手には木の棒が握られている。
どうやらお子様組はエレインが動けないのをいいことに、身体のあちこちを木の棒でつついて遊んでいたようだ。
強がるエレインの言葉に、お子様組が再び木の棒でエレインの身体を突き始める。
エレインは息を荒げながら、女子らしからぬおっさんのような太い声を腹の奥から出して悶絶している。
その姿を見てケヴィンは歯を食いしばり片手で口元を隠しながら笑いを堪え、エレインに近寄って回復魔法をかけた。
寝そべる地面に魔法陣が瞬時に浮かび、淡く光を浴びて、ゆっくりと光が消えていく。
回復したエレインはむくりと起き上がると、鬼の形相でお子様組を見据え、すぐさま右腕でアイシャをヘッドロック、左手でソフィをアイアンクロー、両足でリヴを蟹挟みし「あんた達〜!動けないのをいいことに、よくもやってくれたわね!」と怒りを露わに。
痛みに耐性の強いリヴとアイシャにとっては戯れて遊んでいるようなもので、二人は楽しそうにキャッキャキャッキャと騒いでいる。
しかし竜でも魔族でもない普通のエルフのソフィは人間と痛覚は変わらない。
そんなこともあり、楽しそうに騒ぐ二人とは対照的に「ぐぬぉぉ、痛ぇのです!脳みそが出てしまうのです!」と苦悶の声を上げていた。
そして、ふと我に返るエレイン。
「あっ、ケヴィン……回復魔法かけてくれたのね、ありがとう。助かったわ」
「ふふっ、仲よさそうでなによりだ!」
「ふぅ、凄いわねケヴィン。この子達、ハルナよりめちゃくちゃよ?感心しちゃうわ!」
「ん、そうか?まぁ、慣れてきたからな。お前たち良かったなエレインに遊んでもらって!」
「……」
「そうですよマスター!僕達が遊んで貰ってるんじゃありません!僕達がお兄ちゃんとして遊んであげているんです!」
「遊んであげてるのです!」
「本当、エレインは手のかかる子どもだからね」
「あ・ん・た・た・ち〜」
腰に手をかけて胸を張り、遊んであげていると言うお子様組の三人。スラ吉もリヴの頭の上でプルプルと震えている。
彼らの予想外の認識に、エレインは額に血管が浮き出そうなほど目に力を込め、お子様組を睨んでいた。
◇◆◇
午後の畑作りも順調に進み、今日は近くにある川から水路を引く作業まで着手した。
出来上がった畑から順に種を蒔いていき、五種類の種を蒔き終わる頃には、空が夕陽で赤く染まっていた。
切りのいいところで本日の作業を終え、配膳用テーブルの場所でケヴィン達が談笑していると、十二人の種族の異なる魔物達、獣人族達がケヴィンの元に集まり、跪く。
魔物達の突然の行動。
皆、表情は真剣である。
ケヴィンはそれに動じることもなく、魔物達に声をかける。
「どうした?何か問題でも起きたか?」
「いえ、問題ないので御座る。突然の無礼をお許し下さい。拙者は銀狼族、長の娘ティアと申します。古の契約により王の元へ参上致しました。まお――ケヴィン殿、本日は誠に有難う御座いました!拙者の仲間達や他の種族の者達も大変喜んでおりました。 まお――ケヴィン殿がご承知の通り、正直に言いますと、拙者を含め何の為に生きているか分からないような状態で、ただ歳を重ねていたので御座る。しかし今日。まお――ケヴィン殿の話を色々と聞き、体験し、何と言っていいのか言葉にするのが難しいのですが、皆、明日が来るのが楽しみになっており、畑作りが待ち遠しい者や料理を覚えて自分で作ってみたいと言う者。水路の事で議論を重ねる者と、これまでにないほど活き活きとしているので御座る」
「お?そうか、そうか!なら良かった!ひとまずは畑作りの方はいい結果が出たみたいだな。でも俺達が用意しているのはこれだけじゃないぞ?言っただろ?色々と考えてきているって!畑作りはどちらかといえば、好みが分かれるし、力仕事だしな。細かい作業が好きな者もいれば、自分の仕事が役に立つのを見るのが好きな者もいるだろう。それに対応できるように色々と用意しているから、その辺はまぁ期待しててくれ!」
ケヴィンの応えにティアは驚いた表情を見せる。
その表情とは裏腹に彼女の尻尾がバタバタと揺れていた。
ティアが言った通り彼女は二十年以上、何の為に生きてるか分からない、というような生活を送っていた。
しかし今日の出会い、畑作り、料理、多種族との共同作業、その全てが新鮮な体験であり、彼女にとって眩しい光の中にいるような煌びやかな世界だった。
そんな世界を見せてくれたケヴィンが、まだ色々と用意しているという。
彼女はそれが嬉しくて仕方がなかった。
他の種族の魔物達も、ティア同様、顔に喜色を滲ませ目を輝かせている。
「有難う御座います!それと、拙者共がこちらに伺ったのは、まお――ケヴィン殿にお礼を言いたかったのがひとつ。本来の目的はまお――ケヴィン殿に生涯の忠誠を誓う為に参ったので御座る!」
「ん、忠誠?何の事だリヴ」
「えーとね、簡単に言うと仲間になりたいって言うことかな。僕達も忠誠を誓ってるよ!」
「へぇ、そうなんだ。何か仰々しそうな響きだが仲間になるならこちらこそ宜しくな!」
ケヴィンは何気に応えているが、魔物達にとって忠誠を誓うということは、ある意味主人の為に命を捧げるような行為でもあった。
それを理解した上でリヴは大雑把に仲間という言葉を用いて説明した。
そうとは知らずケヴィンは深く考えずに応えてしまう。
ケヴィンに忠誠を承諾された魔物達は皆、喜びを露わにし、跪き頭を下げた状態で右手を心臓に当て、呪文のような文言を呟いていく。
すると魔物達の足元に魔法陣が浮かび、右手から光の球体が現れる。
そして目を開けているのが辛くなるほどの強い光を放ち、瞬く間にケヴィンの胸の中へと入っていった。
初めて見る光景に驚くケヴィンとエレイン。
「なぁリヴ。これ初めて見るんだけど、やった時あったか?」
「はい、マスター。(内緒で)やりましたよ!
マスターは(寝てましたし)あの状態だったら覚えてないのは仕方がないと思います!」
「あー、そうか。酔っ払ってた時とかか。まぁいいや、皆宜しくな!」
そのやり取りを呆れた顔で見つめるエレイン。
(まったくケヴィンったら。あれは完全に勘違いしているわね。あんな魔法陣を使ってまですることが、単なる仲間になる為って言うのは無理があるじゃない!肝心のところで抜けているわよね?)
新たな主人を前に屈託のない笑顔を見せる魔物達。
そしてリヴの他にもケヴィンの知らぬところで忠誠の誓いはされており、昨日の行進に参加している魔物達は全てケヴィンに忠誠を誓っていた。
生涯の命を捧げる配下を着々と増やすケヴィン。
そんなことになっているとは知らずに高笑いし、ティアに「何回も魔王って言いそうになんなよ!」と突っ込んでいた。
本人の知らぬところで着実に魔王に近づいているのに、あっけらかんとしたケヴィンの態度。
それを見ていたエレインは、可笑しくて笑いが止まらなかった。