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1.召喚 1

 1


 ――リエラ王国、謁見の間



 約百年の歴史を持つリエラ王国。

 リエラ王国王城、謁見の間では現在、緊迫した空気に包まれていた。


 召喚した勇者達と急遽行う国王との謁見。

 臣下、側近、騎士団らが慌ただしく動く。

 玉座に座る国王、サンドエル・レックス・リエラはトントンと指で肘置きを鳴らし、苛立ちを露わに眉を顰めている。


 リエラ王国は過去に何度も勇者召喚の儀式を行い、特に問題なく成功させて来た。

 しかし今回召喚された勇者達というのが、明らかに敵意剥き出しであり、将来リエラ王国との関係を築いていく上で国王との謁見が必要であると判断し、急遽この場を設けたのである。


 リエラ王国側からすれば総勢五百人の魔法士を呼び、多額の費用をかけた国の一大行事。

 何としても勇者達との協力関係を築かなければならない。


 過去に召喚した者達は、突然の状況に動揺こそするものの、実に扱い易く従順な者達ばかりであった。

 それもそうだろう。

 突然、全く知らない国へと召喚され、情報は皆無、友人や知人も無く、周りの者達全てが敵となり得る環境なのだから。

 従うしか選択肢はない。


 しかし今回の勇者達はそうではなかった。


 話の流れによっては一瞬でリエラ王国と敵対する可能性があり、状況によってはこの場で彼らを粛清しなければならない。

 今日召喚したばかりだというのに。



 サンドエルは重い溜め息を吐き出し、兵士達が並ぶ扉へと視線を向ける。

 そして兵士達によって謁見の間の大きな扉がゆっくりと開かれていく。


 始めに騎士団長のレイモンドが姿を現す。

 恵まれ体躯に白銀の鎧。

 洗練された鎧を窓から差し込む日差しが照らし、眩いほどの光が反射する。

 まるで映画の主人公が登場したかのように、女性陣の熱い視線を一気に集めていく。

 レイモンドは国王を見据え深く一礼。

 そして赤い絨毯の上をゆっくりと中央へと歩み進めていく。

 その彼の後ろを五人の騎士が続く。


 少し距離を置き二人の男女が姿を現す。


 男の名はケヴィン。

 本日、召喚された勇者の一人。

 薄い赤茶色の長い髪に上質な黒のスーツ、黒のネクタイ。左手には鈍い光を帯びた銀色のジュラルミンケースを持っている。

 スーツ越しにわかる厚い筋肉。

 異様な雰囲気を醸し出しており、不機嫌そうに周囲を見渡しながらこの場に立つ。


 女の名はエレイン。

 彼女もまた、本日召喚された勇者の一人。

 長く艶やかな金髪、透き通るような青い瞳。

 彼女はグレーのパンツスーツを纏いキャリーバックを引きながらゆっくりと視線を動かす。

 その様子は謁見の間にいる者達の反応を観察しているようにも見える。

 口元に笑みを浮かべ、こんな状況でも堂々としている様が不気味さを深めていく。


 一行が入室し中央の所定の位置へと移動するとレイモンドは王に片膝をつき頭を下げる。

 そして騎士達も併せて同じ行動をとった。

 だが召喚された二人は明らかに敬意のない態度。


 ケヴィンはポケットに片手を入れながら、敵意を隠そうともせずに玉座を睨む。

 エレインはというと、持ってきたキャリーバックに腰を落とし腕を組む。

 そしてこれから国王を審査でもするかのようように玉座を見つめていた。


 玉座の横に立つ宰相のベネスが彼らに「王の御前である、頭を下げよ」と指示。

 声が余韻を残し響き渡る。

 その声は騎士、臣下達の顔が引き締まるほどベネスの苛立ちが声に載せられていた。


 空気が一瞬で張り詰めていく。

 だが彼らは態度を改めなかった。それどころか僅かにではあるが、ケヴィンの口端が上がったようにも見えた。


 そんな二人に視線が集まっていく。


 王の前で太々しい態度の二人。

 業を煮やしたベネスは声を張り上げ言い放つ。


「おい!聞いているのか?それとも――」

「――そんな大声で叫ばなくても聞こえてるぞおっさん!もしかして声を荒げ相手が萎縮した状態を作り、交渉を有利に進める手法か?」

「……」

「おっ、当たりみたいだな。王だか何だか知らねぇが、それはお前らの国の話だ。俺はそいつには何の縁もねぇ。為政者ならそのくらいは理解出来るよな?ならば何故俺が頭を下げなければならない?」

「貴様、王に対してそのようなことを。無礼であるぞ、口を慎まんか若造がっ!」

「口を慎むのはお前の方だろう?貴様は外交をしたことがないのか?俺がどこの国に所属し、そして何者なのか把握しているのか?貴様の態度と言葉次第では何万人もの命が散ることもある。それを理解した上で言葉を選ぶべきだ。まさかとは思うがそのくらいの頭もないのか?」


 ケヴィンは意味深な言葉を並べ、ベネスを嘲笑。


 腕を組み顎を上げながら周囲を見渡す。

 強者が持つ特有の雰囲気を纏い、まるでこの世界の覇者であるかのような不敵な態度。

 この場にいる全てを敵に回しても構わないとでもいいたげに、見下すような眼差しを向ける。


 正論を返されたベネスは奥歯を噛み締め、敵意を露わに言葉を返す。


「貴様は何を言っておる?勇者召喚の魔法で詳細など把握出来ないことも知らぬのかッ!」

「勇者召喚魔法?ぷっ、あはははは」

「何がおかしい?」

「今どきそんな魔法使っている国あったんだな。ならあれは次元連結魔法じゃないんだ?随分と魔法レベルが低いんだな?」

「ふふっ、そうですわね。まさか今時、召喚魔法を使っているなんて信じられない!そんな国あったのね。古代文明の国にでも来た気分!」


 エレインが口元を抑えながら嘲笑う。


 それと同時にリエラ王国の者達が「次元連結魔法だと?」「聞いた事がない」「召喚魔法をレベルが低い?」と騒ついていく。


 ケヴィンの言う次元連結魔法。

 勿論そんな魔法は存在しない。

 ケヴィンが身を守る為に考えた虚言であり、リエラ王国に対しての牽制の意味もあった。


「ほぅ、次元連結魔法だと?聞いた事がない魔法だがどのよう魔法なのだ?」

「簡単に言えば空間を繋ぐ魔法だ。召喚魔法の上位版と言えば分かりやすいか?そもそも七百年前に開発された魔法だから、少なくてもおっさんらが使っている魔法とはそのくらいの差があると考えていい」

「な、なるほど。空間を繋ぐ、か」

「あぁ、今時大軍を率いて遠征するなど時代遅れだろ?そんなことをしていたら無駄に金を使うだけだからな」

「……」

「それで?俺は仕事中だったんだけど、それが何故召喚されてここにいる?お前ら、詳しく”釈明”してくれるんだろうな?そいつが国王なんだろ?」

「国王様に向かってそいつとは――」

「――待てベネス、この者は我が国の客人である。それにこれからは”互いに協力する”身でもあるのだ。態々事を荒立てる必要もなかろう」


 国王は冷静な表情で憤慨するベネスを見据え、王としての余裕を見せる。

 ベネスは王に咎められ「ハッ、失礼致しました陛下!」と応え、怒りの矛先を収めた。


 エレインはそのやり取りを、ふっくらとした厚い唇を指でポンポンと触りながら静かに観察していた。

 そして彼女はこれまでのケヴィンの立ち回りを見て楽しそうに目を輝かせ笑みを溢す。


 ベネスは一呼吸置き、落ち着きを取り戻す。

 そして彼の口から今回召喚した経緯について淡々と説明されていく。


 その内容は端的に言うと、魔王軍の脅威によってこの国の安全が脅かされており、曰く魔王を倒せるのは召喚した勇者しかいないという。

 故に“平和の為”に“協力”して魔王を倒して欲しいという話だった。


『平和の為』『協力』


 実に耳障り良く使い勝手が良い言葉が並ぶ。

 ベネスは良心に訴えかけるような言葉を並べ、あたかも美談のようにも聞こえるが、肝心なところには一切触れず、自国の利益しか考えてない話だった。

 この時点でケヴィンはリエラ王国に対して信用出来る国ではないと判断した。


 ベネスの取り繕った話を聞き終えた頃には、ケヴィンは腹を抱え高笑いをしていた。

 その笑い声が隅々まで響き渡る。

 そしてケヴィンは側にいたレイモンドを見据え、


「いやぁ、久しぶりに笑わせてもらったわ。要はお前らの尻ぬぐいみたいなもんだろ?何だよお前、ここに来る途中『栄誉あることだ』なんて言っておきながら結局はお前らの尻ぬぐいか?この国では尻ぬぐいが栄誉あることなのか?」

「何だとっ!貴様」

「――恥ずかしくないのかよ。一応、金貰って騎士みたいなことやってんだろ?それでこの話っていうのは要約すると、お前らじゃどうしようもないから、余所者になんとかして貰おうっていう内容だ。それにしちゃ随分と傲慢な態度だなお前?お前らが無能だから今の状況になっているって理解してねぇんじゃないのか?あー、やっぱり見た目通りそこまで考える脳みそねぇか。脳筋そうな顔してるしな。 しかしお前ら、こっちの都合なんか考えずに身勝手に呼んでおいて、未だに詫びのひとつも言わずに傲慢で品がなくて礼節すらない。本当にどうしようもない屑だな」


 あからさまな挑発。

 ケヴィンは明らかに意図を持ってこのようなことを言った。


 レイモンドという男は思慮深くない。

 考えるよりも先に身体が動き、本能のままに反応してしまうような男である。

 故に挑発に乗ってしまう。

 その為ケヴィンが話を終える前には既に身体が動いており、レイモンドが勢いよく飛び出していた。


 激情でその目は血走り、ケヴィンへ向かって襲いかかっていく。

 唸るような低い声を上げながら、巨躯が床を踏み抜く。その姿、まるで獰猛な獣。

 獲物を狙う視線は一点を捉え、拳を振り上げ、全体重を拳へと乗せ振り下ろす。

 感情を剥き出しに、混じりのない純粋な暴力で眼前の男を仕留めにかかっていく。


 対峙しているケヴィンは冷静だった。

 慌てる素ぶりもなく笑みを溢し、すっと両足を肩幅まで開き、腰を落とし手を広げ待ち構えると……


 ケヴィンの表情が一変。


 背筋が凍りつくような瞳、空間が歪むような重圧を漂わせ、恐ろしいほど濃密な殺気を纏う。


 眼前まで迫るレイモンドの拳。

 耳に届く不気味な風音。

 ケヴィンは眼前の拳を吸い込むように往なし、一瞬で手首を掴かむ。その流れを利用し腕に力を加えた。

 その刹那――

 重力を無視するかのように浮かぶ巨躯、残像を伴らいながら高速で弧を描いて床へと激突。


 その衝撃に空気層が波紋のように広がり、殴るような強風が全身を通り抜けていく。

 鳴り響いた重低音が静寂を作り、新たな張り詰めた空気を生み出す。


 皆が目を見開いて固唾を飲み込む。

 目の前で繰り広げられた信じがたい出来事に、心臓が早鐘を打ち言葉を失う。

 ケヴィンはそんな状況を見て、楽しそうに笑みを浮かべた。


 そして床に伏せるレイモンドは自分の身に起きた状況を把握出来てはいなかった。

 朦朧とする意識の中、立ち上がろうとするが――ドゴッ、ドゴッ。と、顔を蹴られ容赦無い追撃が待っていた。


 ケヴィンはレイモンドの髪を掴みあげ、彼の顔の状態を見ながら、

「んー、何かバランスが悪いな。こっち側にも何発か蹴り入れとくか」

 と無表情で呟き、左側の顔面を蹴り上げた。


 レイモンドの悲鳴にもならないような声。

 追撃によって再び床に頭を叩きつけられ、鼻と口から大量の血を吐き出す。

 白い大理石に血が溜まる。

 身体を支える力、闘う気力すらも削ぎ落とされていく。


 謁見の間はそんな状況に静まり返る。

 血の落ちる音がポタリ、ポタリと響く。

 騎士団員達は目の前で起きたことに驚きを露わにし、明らかに腰が引けていた。

 つい先ほどまで怒り眼差しを向けていたベネスは、口を開け何か発しようとしている。

 しかし驚きのあまり声を上げることが出来ず、唇を動かすのが精一杯だった。


 ケヴィンはレイモンドの頭を足で踏み付け、それからゆっくりと周囲を見回す。

 室内に緊張が走った。

 皆、彼の起こす行動に息を飲む。

 息をすることすらも躊躇してしまう雰囲気のなか、唖然とした表情を並べる王国の者達を見据え、頰に虚ろな笑みを漂わせながら、


「なるほど、これが貴様らの客人へのもてなしか?しかしまぁ随分と舐められたものだ。こんな文明の遅れた小国。犬小屋みたいなちんけな謁見の間しか持てないような国が、我々に戦争を仕掛けるとはな」


 顔が青ざめていくベネス。


 そしてエレインはケヴィンの言葉にニヤリと悪戯な笑みを浮かべていた。


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