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灰色の世界で見つけた硝子玉

作者: 時雲仁

 ある日世界が終わった。


 ――それは突然だった。


 世界規模の戦争が起きた訳でも、未知のウィルスが猛威を振るったわけでもない。その日は、普段と変わらないごく平凡な一日、そんな中の夕暮れの瞬間だった。


 夕涼みの中、ヒグラシの鳴き声を聞いていたのを覚えている。


 いや……今思えば、その日は少しいつもと違っていたかも知れない。


 喧嘩していた親友と電話で話して仲直りして、気になっていた先輩にばったり出会った店先で二言三言会話して、体調が悪くて長らく入院していたお爺の退院日が決まって……。


 思い出して懐かしんでみるが、どれもこれも既に終わってしまった話だ。


 すべて……そう、全て(・・)が既に終わった話。


 もう永遠に終わってしまって、この先何があってもどうともならない話だ。


 何せ、これをしたのは他でもない"神"なのだから。


 神、創造主、世界の創生者にして絶対なる存在……なにも、こんなタイミングでなくて良かっただろうに。せめて、私が人生を全うした後にしてくれれば良かっただろうに。


 恨みを吐いてみるも、それは言葉としての上辺だけで心は籠っていない。


 どうやら、あの日から私の心と体……私の全てが変わってしまったらしい。


 あの日、強く眩しく直視できない光を見た。


 その光を見た瞬間、体に震えが来た。


 まるで、全細胞の一つ一つがその存在を叫んでいるような気がした。


 "我らが主、真にほむべき方、創造主にして全能の御方――我らが神"


 ラッパの音と共に現れた御方は、その全身が光に満ちていた。


 地は震え、空はその輝きを映し、全ての生命が賛美するのを聞いた。


 "時は来た"


 ――そうして、終わった。


 ……そう、これで終わった。


 その瞬間、それまでのあらゆる事情や何もかもを無視して。


 私に分かったのは、身体が新しくされたと言う事とそれによって生じた幾つかの変化だった。


 一つは、傷付かない体。


 ちょっと転んだり、尖った場所に当たったりは当然の事、思い切ってビルの三十階から飛び降りて見ても怪我は愚か、かすり傷一つなかった。


 そして、減らないお腹。


 あの日以来、お腹が空くと言う事はなくなった。食べる事は出来るみたいだが、放っておいてもお腹は減らないしそれによって何か不都合が生じる事も無い。


 精神面でも変わった。


 悲しい気持ちはあるものの、それは何と言うか……こう袋に二重三重に詰められて一枚の透明なガラス板を挟んで置かれている……と、そんな距離感なのだ。


 感情の起伏が無くなったと言っても良いだろう。


 お陰で狂ってしまう事は無かった。


 ……いや、もしかしたら狂ってしまった方が、幾分か楽だったのかも知れない。


 この世界には自分一人。


 あの日、神の存在を初めて知った。そして、その存在を認めた――と言うより見て感じて変えられて、認める以外の選択肢など無かったが。


 気付くと、自分一人になった世界にあって、世界に残された物はそのままな事に気付いた。


 そこで、神について知ろうと図書館に行った。教会に行った。神社に行った。お寺に行った。よく分からない、マンションの一室に掲げられた新興宗教の"教義"も読み込んだ。


 結果、結論としてあれが"再臨"だったと知った。


 再臨、神が地上に降り立つ事。


 過去降り立った事があるから()臨だ。


 そして、どうやら再臨の時は同時に"裁き"の時でもあったらしい。


 人がその魂の在り方によって、創造主から裁きを受ける日。


 色々調べて色々分かったが、たった一つだけ分からない事があった。


 それは、"なぜ私だけ置いて行かれた"のか。


 裁きの日、終わりの時であれば私も一緒に行くはずだ。そして、その裁きを受けるはずだ。私の家族も知り合いも、隣のおばあちゃんも、テレビで見ていた芸能人も全員そうなのに……。


 しばらくの間、自分と同じ人がいないかと旅もした。


 この世界は破壊されたわけでもなく、ただ単に人がいなくなっただけだ。道はあるし地図もある。となると、問題は移動手段だ。電車は動いていないし自転車は少し面倒だ。


 少し申し訳ないかなと思ったが、三軒隣のお兄さんの新車を借りた。


 途中までは順調だった。


 案外動かしてみれば簡単なものだ。ペダルを踏んだり離したり、時々ハンドルを切れば問題なく動かせる。そんなこんなで、人のいないガランとした街を車で走った。


 ……が、街を出ようとした曲がり角で失敗した。


 曲がった処に、大きなトラックが停まっていたのだ。どうやら、運転手は途中で持って行かれたらしい。道を塞ぐように停まったトラックに突っ込むと、見事に廃車になった。


 そう言えば、途中で黒く焦げた跡の家も何件か見かけた。


 きっと、火を使っていた途中だったのだろう。唯一幸いなのは、火事で困る人が誰もいない事とその殆どが、大きな火事には発展していなかった事くらいか……。


 その後も旅を続けた。


 途中、船に乗ってみたりもした。


 ……外海に出る前に、岸壁に当てて沈めてしまったが。


 そんなこんなで、時間で言えばきっと十年は旅をしていただろう。時の認識が曖昧なので、それが正しいとは言えなくなってはいるが。


 そんなこんなで、最近旅を止めて戻って来た。


 いや、上京して来た――そう言った方が正しいかも知れない。


 沈み始めた夕日を、その一帯で一番高い場所から見つめる。


 高い場所に登るのは怖くはない。


 そこに登るのは、最近の唯一の楽しみを得る為。


 ――あの瞬間の輝きに近い光を見る為。


 そして、仄かに握った願いの為。


 沈み始めた太陽が、その輝きを強くする。


「神様、見つけてくれないかな……」


 天に最も近い場所でそっと呟いた言葉は、その直後吹いた風にかき消された。


 反射的に目を閉じるが、その瞼の中小さく輝く光を見つけた。


 それに急いで目を開くと、そこに見える輝きをジッと見つめた。


「……?」


 その輝きは小さな楕円形をした物から放たれていた。


 目の前まで降りて来たその玉だったが、不意に思い出したかのように落下を始めた。目の前より先は遥か下、地面だ。そのまま落ちて行けば、きっとそのまま……。


「――っつ!」


 慌てて立ち上がると、後を追うように飛び出した。


 確かに見たその"光"を追いかけて。


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