初雪の積もった朝、たくさんの足跡に絶望する俺
朝起きると雪が積もっていた。
どうやら昨日の夜からパラパラと降り始めていたが深夜にかけてどっさりと降ったらしい。
なるほどね、道理で冷えると思ったよ。
窓の外から一面の銀世界を確認すると俺は再びモゾモゾと布団に潜り直す。こう寒いんじゃ布団から出られない。幸い今日は会社も休みなので布団から出なくても誰にも文句は言われまい。
じゃあ、お休みなさいと二度寝を決め込もうとした所で一つの事を思い出す。
今日、ゴミ出しの日じゃないか?
それも生ゴミの日じゃないか?
うわ、まずいな。今日、ゴミを出しそびれたら次の回収一週間後だぞ。
ああ、ゴミ出さなきゃ。
でも寒すぎて布団から出たくないなー。
かと言ってゴミ出さないわけにも行かないしなー。
布団から出ないとなー。
そろそろゴミの回収の人が来ちゃうなー。
でも、布団から出たくないなー。
ふぁぁ、なんか眠くなって来ちゃったなー。
まあ、ちょっとくらいならいいか。
お休みなさい。ぐぅ。
それから目を覚ましたのはそれから随分経ってからだった。
おい、今何時だ。
時計を確認するとゆうに二時間は過ぎている。
頼む間に合ってくれ。
祈るように俺は慌てて生ゴミを纏める家を出た。
降り積もった新雪には、何人もの足跡が一直線に伸びていた。
その全てがゴミの集積場へと向かう足跡だ。
多くの人々がゴミ袋を担ぎ雪を踏みしめ歩んだ道。
それはさながら巡礼の道のようだ。
もう駄目だ。おしまいだ。
もはや、間に合わないのだ。
もう、ゴミは出せない。
絶望。
「は、ははは」
当然じゃないか。
俺は寒いからと言って布団から出なかった。
ゴミを出さなきゃいけないのをわかっていて二度寝した。
俺が寝ている間、人々はゴミ袋を背負い歩きづらい新雪の上を一歩一歩踏みしめゴミの集積所への歩みを止めなかった。
それに対して俺はどうだ。
何人もの足跡によって踏み固められ、歩きやすくなった雪の上を遅れてのこのことやってきただけじゃないか。
こんな男にゴミを出す権利など与えられようはずもない。
新雪に残る無数の足跡からは薄らとゴミ袋を背負い敬虔な信者のようにゆっくりと力強く進む姿が薄らと浮かび上がる。
俺には、俺にはもうゴミを出す資格がない――。
「諦めないで」
こ、これは母さんの声。
「息子よ。お前なら出来る」
と、父さん。
「お前は今までも、いくつもの難題を乗り越えてきたじゃないか」
じょ、上司の木村さん。
「希望はあるわ。自分の力を信じて」
恋人のさよりちゃん。
「オラ、顔を上げろよ」
「何をくよくよしてるんだい」
「兄ちゃん、負けちゃだめだ」
「あなたに勇気を」
「おお、神よ。どうかこの若者に救いを与えたまえ」
魚屋のおっちゃん、八百屋のおばちゃん、それに近所の幼稚園の子供達、実家の飼い猫のみーちゃん、よく前を通る教会の牧師さんまで……。
みんなの、みんなの声が聞こえる。
「さあ、立って」
「息子よ、行くのだ」
「難題を乗り越えろ」
「希望を忘れないで」
「おめぇならやれるさ」
「ほら、がんばんだよ」
「兄ちゃん、がんばれー」
「あなたを信じています」
「神は言っています。ゴミを出せと」
そうだ、俺はここで諦めるわけにはいかない。
ゴミを出すんだ。
さあ、進め、進め。
もう少し、もう少しだ。
ゴミの集積所が見えた。
俺は、
ゴミを、
出すんだ!!!!!
「え、ゴミの集積車? ついさっき行っちゃったよ」
「そ、そんなー」
やっぱり駄目でした。
おしまい