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めぐり逢いソラ

 そして、その日の放課後。


「……だから、そんなミエミエのウソに、ボクは踊らされたりしないって言ってるじゃないか」


 部活棟の古い廊下をギシギシと鳴らしながら、小田原がグチグチと文句を言う。


「まあまあ、小田原くん。そう言わないで。一先ず会うだけでもいいからさ」


 俺は、今にも踵を返して帰りそうな小田原を何とか文芸部の部室に連れて行こうと、必死で宥めすかす。

 俺の声に、隣を歩くシュウも大きく頷いた。


「そうだよ。ここまで来たんだから、もう少し歩いて、自分でウソかどうかを確かめりゃいいじゃんかよ。どうせ、お前帰宅部なんだから、放課後ヒマだろ?」

「お――おい、シュウ! それは言い過ぎ――」

「むっ! ヒマだろとは失敬な!」


 シュウのデリカシーの無い言葉に、俺は慌てて制止するが間に合わず、小田原の耳にはしっかり届いてしまったようだった。


「ボクには、速やかに帰宅して、『棒不利』の3巻を読破するという、重要な使命があるんだ!」

「あれ? お前が読んでるのって、『ニト転』とかいう小説じゃなかったっけか?」


 首を傾げるシュウを、小田原は鼻で笑って言う。


「ブフン! 『ニト転』は、5時間目の間に読み終えたさ。一番後ろの席になったメリットを最大限に活かさないとね」

「へえ……偉いな、お前。授業中に、ちゃんと本を読んでるなんて――」

「いや、そのりくつはおかしい」


 感嘆するシュウに、呆れ顔でツッコむ俺。


「授業なんだから、ちゃんと授業を聞かないとダメだろ。何でラノベを読んでて、偉いなんて感想が出てくるんだよ……」

「いやぁ、俺だったら、午後の授業は完全に昼飯で摂った栄養を身体に定着させる為の、昼寝の時間だからさぁ」

「――だから、授業を受けろよ、赤点大王……」


 あっけらかんとしたシュウに、思わず顔を引き攣らせる。

 そして、それはもうひとりも同じだった。


「……やっぱり、ボク帰っていいかな?」

「だーっ! ちょ、ちょい待って! ほら、もうすぐ着くから! ほら、もう着いた!」


 俺は、回れ右しようとする小田原の背中を、そうはさせじと両掌で押す。小田原の背中の贅肉に、俺の手が沈み込み、その不快な感触に顔を歪めながら、彼の身体を2階の一番奥の部屋の前まで押し込んだ。

 扉に貼られた『文芸部』の紙が、例によって剥がれているのを直しながら、俺は作り笑いを浮かべて、小田原を手招く。


「さ――さあ! ようこそ、文芸部の部室へ! か……歓迎するよ、小田原クン!」

「……」


 テンションアゲアゲで声を張り上げる俺の顔に向けて、汚れた眼鏡越しにねちっこい視線を投げかけてくる小田原。

 作り笑いを引き攣らせる俺に、小田原はボソリと言った。


「……さっきの話――ここの副部長が、星鳴ソラだって話がウソだって分かったら、その時点でボクは帰るからね。クドー氏の英語がどうのとか、もうボクには関係無いから。いいね?」

「あ……ああ、モチロンいいとも! だって、嘘じゃないからね!」


 小田原の疑心暗鬼たっぷりの言葉に対し、俺は自信満々で胸を張ってみせる。そりゃ、嘘なんかじゃないから、当然だ。


「――入りまーす」


 俺は、力を込めて引き戸を開けると、ふたりを後ろに引き連れて、部室の中に入った。


 カタカタ……カタカタカタ……


 すっかり聞き慣れたタイプ音が、部屋に響いている。

 俺は、いつもの席でいつものようにキーボードを打っている眼鏡をかけた横顔に、いつものように声をかける。


「お疲れ様です、諏訪先輩」

「……うん、お疲れ様、高坂くん」


 俺の挨拶に、いつもと同じ様に答えた先輩は、いつもとは違って、タブレットを見つめていた顔を上げると、俺たちの方に向けた。


「ええと……あなたが高坂くんの心友さん――工藤くんね。はじめまして」

「あ――は、はい! はじめましてです……って、はじめましてでしたっけ……?」


 諏訪先輩に優しく微笑みかけられたシュウは、挨拶を返しながら、首を傾げた。


「何か、何回か会ってるような気がするんすけどね。……ヒカルから、しょっちゅう先輩さんのお話を聞いてるからですかね……?」

「あら……高坂くんが? どんな話をしたのかしら? ひょっとして、陰口でも言われてるのかな? ――気になるわね」

「あ! ……いや、そ……そんな陰口なんかじゃ……ないっすよ!」


 諏訪先輩の言葉に、俺は慌てて首を横に振る。

 シュウも、俺の言葉に何度も頷きながら言葉を添えてくれた。


「そ……そっす! そんな悪口なんかじゃ無いっす! む――むしろ逆で――」

「ぷっ! ――あ、ごめん。冗談よ」


 シュウの弁明に、諏訪先輩は愉しそうに顔を綻ばせた。

 そして、シュウの傍らでまばたきもせずに立ち尽くしていた小田原の顔に、その目を向ける。


「で――あなたが、英語が得意で、工藤くんの勉強を見てくれるっていう……」

「あ……お、小田原翔真。16歳の乙女座……血液型はAB型です、ハイ」


 いつもらしくもない、気を呑まれたような、上ずった声で答える小田原。……ていうか、何故に星座と血液型を答えたし。占いでもしに来たのか、お前……。

 ――と、小田原はハッとして、慌てて首を横に振った。


「あ! い……いや! ボクは、クドー氏に英語を教えるなんて気はサラサラ無くって……」

「あら? そうなの?」


 小田原の言葉に、眉を顰めて首を傾げる諏訪先輩。


「じゃあ、どうしてここに……?」

「あ……それはですね……。こい――小田原クンが、先輩が“星鳴ソラ”だって事をなかなか信じないんで――」

「だ――だから! その証拠を見せてもらいに来たんです、ハイ!」


 説明しようとする俺の言葉を遮って、興奮で顔を茹でダコのように真っ赤にした小田原が、ズイッと一歩前に出る。

 そして、ビシッと指を諏訪先輩に突きつけると、甲高い声で叫んだ。


「ぼ――ボクは信じない! あんなにスゴい小説を書く星鳴ソラが、ボクと同じ高校生で……、しかも、先輩みたいな女の子……女子だなんて! 絶対に、ボッチが過ぎて拗らせが悪化したコーサカ氏のウソに決まってる! あ――アンタが星鳴ソラだって言うのなら、その証拠を見せて下さいよ!」


 ……この野郎。人をボッチの拗らせ野郎呼ばわりしやがった。――あながち根拠が無いともいえないのが悲しい……。

 一方、某裁判を逆転する人よろしく、自分に向けて真っ直ぐに指を突きつけている小田原を前にして、諏訪先輩は当惑の表情を浮かべる。


「しょ……証拠? そう言われても、何を以て証拠とするか――」


 と、困ったように周囲を見回す諏訪先輩だったが、机の上のタブレットに目を留めると、微かに目を見開いた。


「――じゃあ、これなら信じてもらえるかな……?」


 そう呟くと、先輩は机の上に立てていたタブレットを手に取り、画面をタッチしながら小田原の前に画面を向けて差し出した。

 怪訝な表情を浮かべる小田原。


「……これは?」

「――星鳴ソラのユーザーページよ」

「なッ――!」


 あっさりと答えた諏訪先輩の言葉に、小田原は飛び出さんばかりに目を剥いた。

 引ったくるように、諏訪先輩の手からタブレットを引ったくると、食い入るように画面に見入る。


「あ……執筆中小説はいじらないでね。今、今日更新の分を書いてるところだから……」

「……」

「お、おーい……小田原? 聞こえてるかぁ……?」

「…………」


 彼の尋常ならざる反応に顔を引き攣らせながら、諏訪先輩とシュウが声をかけるが、小田原は石化したかのように、画面を睨みつけたままピクリとも動かない。

 さすがに心配になって、俺も小田原に声をかけようと、その肩に手を置いた――その時、


「お――おい、小田わ――」

「す、す、すわせんぷわいっ!」

「う……わぁっ!」


 突然、絶叫した小田原に押し退けられた俺は、バランスを崩して尻餅をつき、尾てい骨を強打し悶絶する。


「い……いででで……」

「あ、おい! 大丈夫か、ヒカル!」


 俺を気遣ったシュウに助けられながら立ち上がる俺の目に、パイプ椅子に座る諏訪先輩に、鼻息荒く詰め寄る小田原の背中が映った。

 俺は慌てて上ずった声を上げる。


「お、おい、小田原! 止めろ! 諏訪先輩が怯えてる――」

「あ……あのッ!」


 俺の制止も全く耳に入っていないかのように、目を血走らせた小田原はジリジリと、椅子に座ったまま身を竦ませる諏訪先輩に近寄っていく。


「あの……す、諏訪センパイ……っ!」

「ひっ……な、何……かしら……お、小田原……くん……?」


 徐々に距離を縮める小田原を前に、諏訪先輩はその白い顔をますます蒼白にしながらも、気丈に訊き返した。

 そんな彼女に、小田原はより一層目を大きく剥くと――勢い良く、その汗ばんだ掌を差し出した。


「す、諏訪センパイ――いえ、星鳴ソラ先生ッ! ずっとファンでふッ! あ……握手して下さぁああいッ!」

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