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Lecturer Hunter

 さて――。

 諏訪先輩が、シュウの数Aの“講師”として名乗りを上げてくれた事で、シュウの再試対策は1教科を残すのみとなった。

 そう、英語である。

 諏訪先輩も、英語はそんなに得意ではないとの事で、他人に教える自信は無いと言う。――もっとも、諏訪先輩は諏訪先輩で、“星鳴ソラ”として、『Sラン勇者と幼子魔王』の執筆という大仕事がある。

 現在、クライマックスを迎えている『Sラン勇者』だが、クリスマスイブまでに完結させる為には、毎日投稿が絶対となる。

 数Aだけでなく、英語の講師も諏訪先輩に頼むとなれば、期日までの『Sラン勇者』の完結が危うくなるのだ。これ以上先輩に負担を強いる訳にはいかない……。


 ――だが、天は俺を見捨てはしなかった。

 『灯台もと暗し』とは良く言ったもので、シュウの英語特別講師を依頼するに格好の人物が、俺とシュウの所属する1年B組の中に居た。――しかも、コミュ障で、シュウ以外とは滅多に絡ま――絡めない俺が、少々不本意ながら(・・・・・・・・)親しく言葉を交わした事のある奴だったのだ。


 ……だが、


「はぁ~……」


 昼休みになり、いよいよシュウの講師候補をスカウトする段になって、気乗りのしない俺は、深い溜息を吐いた。


「……やっぱり、別の奴にしようぜ、シュウ……」


 俺は尻込みしながら、傍らに立つシュウを見上げて言った。


「え? 何でだよ? 今更になって」


 俺の言葉に、シュウは驚いた顔で訊き返してきた。


「昨日は、『メインクーン我にあり!』とか言ってノリノリだったクセによ……?」

「……『天運我にあり』な。何で、身体のデカい猫でノリノリになんなきゃいけないんだよ。……あ、でも、猫は可愛いよな、うん」

「――で、何でだよ?」

「……」


 くそう、シュウめ。俺がメインクーンで話をはぐらかそうとしたのに、ノリやがらない……。

 シュウの追及が逸れない事を悟った俺は、もう一度大きく溜息を吐くと、本音を漏らす。


「いや……、よりによって、アイツに頭を下げてお願いしなきゃいけないっていうのが、どうも気が乗らなくて……」

「つっても、他に居ねえだろ? 時間もねえし……」

「いやぁ……そりゃまあ、そうなんだけどさぁ」


 踏ん切りがつかない俺とは対照的に、サバサバしたシュウの横顔を見上げながら、俺は首を傾げて尋ねる。


「つか、お前こそ平気なのかよ。アイツに教わる事にさ」

「うん。別に平気だけど?」

「……あ、そうなの……」


 教えを請うシュウ自身が抵抗を感じないと言うのなら、俺が口を挟む余地は最早無い。

 俺は、今度こそ観念して、肩を落としながら、目的の男の席へと向かった。


「あ……あのぉ~、今いいかな?」

「…………」


 俺が声をかけたそいつ――小田原翔真は、タコさんウインナーを摘まんだ箸を、口の前に運ぼうとしたところで動きを止め、埃と皮脂が積もった眼鏡の奥の小さな目を動かし、俺の事をジロリと横目で睨んだ。


「――何だい、コーサカ氏? ボクは今、豪華なランチを楽しんでるところなのだが?」

「豪華なランチ……ねえ」


 俺は、思わずそう呟きながら、ラノベの文庫本が積み上げられた机の真ん中に置かれた弁当箱をチラリと見やった。

 ……まあ、ウインナーに唐揚げに玉子焼き、それにのり玉ふりかけがまぶされたご飯という、オーソドックスな弁当で、到底“ランチ”などという小洒落たモンではなかったが、焼きそばパンとコーヒー牛乳という、代わり映えのしない献立の俺たちに比べれば、全然マシだといえた。

 ――と、小田原は、大きな口を開けてタコさんウインナーを口の中に放り込むと、くちゃくちゃと耳障りな咀嚼音を立てながら言った。


「……どうしたんだい、コーサカ氏にクドー氏。君たちの方からボクに声をかけてくるのは、随分と久しぶりの事じゃあないかい?」

「……実は……その……」

「実はさ、お前に英語を教えてほしいんだ、オレ」


 俺が言い淀む間に、シュウがあっさりと用件を切り出す。

 シュウの言葉に、小田原は胡乱げな表情を浮かべる。


「……英語? 何で?」

「いやぁ~。実はオレさ、補習のテストで赤点取っちゃってさ。22日の再テストでもう一回赤点取っちまったら、冬休み返上で補習の補習を受けなきゃいけなくなっちゃったんだよぉ。そうならないように、勉強しなきゃなんだけど……」

「……それで、このボクに英語を教えてほしいっていう事なのかい?」

「そう、それ!」

「ヤだよ」


 得たりと大きく頷いたシュウの言葉を、小田原はあっさりと切り捨てた。

 それを見た俺は、慌てて口を挟んだ。


「い……いや、小田原……クン! 即答しないで、もうちょっと考えてみてもらってもいいかなぁ?」

「別に、考えるまでもないけど。……何でボクが、クドー氏の為に貴重な時間を費やして、英語を教えてあげなきゃいけないんだい?」

「で……でも! 俺たちと小田原クンは……その、く、クラスメートじゃないか!」


 俺は、小田原の言い草に、への字を書こうとする口角を無理矢理上げて、傍目から見たら絶対に気色悪がられるような作り笑いを浮かべながら、言葉を継いだ。


「そ……それに、キミは、この前の中間テストで、英語の成績が学年一位だったんだろ? す……スゴいじゃん!」


 最後の一言は、紛れもない本心だ。

 小田原も、俺の言葉に真実の響きを聞き取ったのか、やや顔を綻ばせると、ブフンと鼻を鳴らした。


「――まあね。ボクは帰国子女ってヤツで、13歳までアムェリィカに住んでいたからね。日本の高校で習う程度の英語なら、ヴェリィイーズィーさ」


 何だ、その発音。腹立つ。

 俺は、こめかみに青筋が浮くのを感じながらも、作り笑いを絶やさぬように、渾身の力で表情筋を引き攣らせながら、もう一度小田原に頼む。


「いや~、さすがです~、オダワラ・サン! ……で、つきましては、その素晴らしい英語力で是非とも、苦境のただ中にある我々をお助け頂きたい、と――」

「だから、ヤだよ」


 揉み手をしながら頼み込む俺の耳に、小田原の簡潔かつ無慈悲な答えが飛び込んできた……。

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