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オレが信じるお前を信じろ

 「……なんだそりゃ?」


 シュウの口から漏れ出た呆れ声に、俺はビクリと身体を震わせた。

 昼休みの中庭の片隅に座る、俺たちふたりの周囲数メートルの空気が、さながら八寒地獄の如く凍てついた気がした。


「――ゴメン、シュウ! ホント、マジでゴメン!」


 俺は、シュウの前で土下座せんばかりの勢いで、深々と頭を垂れる。


「早瀬の誤解を解く事が出来なかった事は、本当に悪かった! ……で、でもさ! 今度からは、彼女が俺の恋愛成就のサポートをしてくれる事になったから、俺とあの子が一緒に居る時間もずっと増える訳じゃん! そういう時間の中で、少しずつ彼女の勘違いを正していく事が出来るなら、結果的にはオーライじゃね?」

「……だから、その間、オレはお前の片想いの相手として振る舞え――お前が言いたいのは、そういう事だよな?」

「……ウィ(はい)

「何でフランス語やねん」

「い……イグザクトリィ(その通り)……」

「て、今度は教授(プロフェッサー)かよ」

「……さーせん……いえ、すみませんでした、工藤さん」


 場を和ませようとしたボケに、真顔でツッコミを入れられた俺は、返す言葉も無くなり、深く項垂れた。

 ――ヤバい、冗談が通じない。……今日のシュウは、マジで機嫌が悪くなっている。……何の相談もせずに、『シュウなら許してくれる』と、心のどこかで勝手に都合良く決めつけて、早瀬に話をしてしまっていたが、見通しが甘すぎたようだ。

 さしものシュウも、『秘かに(おれ)に惚れられている』設定は嫌なのか……いや、普通に嫌だな。少なくとも、俺がシュウの立場だったら、全力で拒否する……うん。


「……」

「……」


 俺たちふたりの間に、気まずい事この上ない沈黙が広がる。まるでエベレストの頂上のように空気が薄く感じられ、俺の呼吸は、浅く短くなる。

 俺の目の前で、シュウがぶすっとした顔で焼きそばパンに齧り付く。差し渡し20cmはある焼きそばパンを、たった二口で完食したシュウは、リスのように頬を膨らませながら、俺をジロリと見据えて厳しい声を発する。


「ほふぁふぇふあ! ほんふぁほほいっふぇ――」

「……工藤さん、畏れながら。――何言ってるか分かりません」


 と、口中に炭水化物を大量に貯め込んだまま、人語を成していない声を張り上げるシュウの前に、恭しくコーヒー牛乳を差し出す俺。


「……」


 シュウは、ぶすっとした表情はそのままで、俺の手からコーヒー牛乳を受け取り、グビグビと呷った。

 ゴクンと、大量のコーヒー牛乳で、口の中のパンと焼きそばを強制的に胃の中に流し込んだシュウは、わざとらしい咳をひとつすると、再び口を開いた。


「……お、お前なあ! そんな事言って、本気でキチンと本当の事を早瀬に伝える気はあるのかよ? いや、そもそも伝えられるのか(・・・・・・・)? なあなあでズルズル先延ばしして、有耶無耶になっちまうのがオチじゃないのか?」

「――そ、それは……」


 シュウの問いかけに、言葉を詰まらせてしまう俺。

 確かに、シュウの言う通りかもしれない。

 決して意志強靱では無い俺の事だ。シュウの言うように、なかなか正直に真相を打ち明ける事が出来ずに、自分に言い訳をしながら、先に先にと時間だけを浪費するだけになるのかもしれない。

 ――でも、


「でも……俺にとっては、千載一遇のチャンスなんだ! 本来、俺みたいな、コミュ障でクソ雑魚ナメクジメンタルな陰キャは、彼女と会話を交わす事も碌に叶わないんだよ。――でも!」

「……でも?」

「――でも今回、あの子があんなとんでもない勘違いをしてくれて、こんな影の薄い俺の存在に気付いてくれて、声までかけてくれた――。確かに経緯はアレだけどさ……それは紛れもない奇跡なんだよ!」

「……ヒカル――」

「俺は、こんな奇跡を逃したくはないし、こんな好機(チャンス)を無駄にする気もないよ。――約束する、俺は絶対に早瀬の誤解を解いて……そして、俺の本当の気持ちを彼女に伝える――! 絶対に!」

「……」


 すっかり頭に血が上った俺は、湧き上がる興奮に身を任せて、思いついた事を一方的に捲し立てた。

 そんな俺を、シュウは黙ったまま、驚いた顔で見つめるだけだった。

 そんなシュウの顔を見て、俺は少し冷静になり、彼に向かって深々と頭を下げた。


「だから――俺に協力してくれ、シュウ! 正直、『男の俺に片想いされてる』って設定、確かに気色悪くてしょうがないと思うけど……。こんな事、お前にしか頼めないし、お前にだからこそ頼むんだ! ――何とぞ、宜しくお願いしまぁぁぁぁぁぁあす!」

「……」


 俺は、90度に腰を折り、中庭の地面とにらめっこしながら、無言で腰掛けたままのシュウの気配を窺う。アイツがどんな様子なのかは、顔を伏せているので分からないが――呆れ顔か怒り顔のどちらかなのは、容易に予測がついた。

 ――と、「はあぁ~……」という、馬鹿でかい溜息が、俺の耳朶を打つ。

 そして、


「――まあ、良いよ。分かった」

「え――?」


 シュウの返事に、俺は驚き、伏せていた顔を上げる。

 想像よりもン十倍も呆れ果てた顔をして、苦笑いを浮かべる、シュウの精悍な顔が目に入った。

 シュウは、肩を竦めて片目を瞑ると、穏やかな声で言う。


「他ならぬヒカルの頼みだ。――それに、そんなに真剣な顔で頼まれちゃあ、親友(・・)としては無碍にも出来ないしな……」

「シュウ……それじゃあ――」

「ああ」


 と、シュウは大きく頷いた。


「――協力するよ。その代わり、必ず早瀬の誤解を解いて――キチンとアイツに告れよ。そんなに急がなくてもいいけど――なるべく早くに、な」

「――う、うん、もちろん!」


 シュウの言葉に、俺は思わず声を上ずらせながら答えて、首を大きく縦に振った。

 そんな俺の様子に、シュウの顔は苦笑いを増した――と思ったら、急にその顔は険しくなった。


「あと、今話してて気になったんだけどさ……」

「え……? な、何だろ――いや、何でしょう?」


 真剣な口調になったシュウに、ビビりつつ聞き返す俺。無意識に敬語を使っている……。

 シュウは、そんな俺をジロリと一瞥し、言葉を継いだ。


「ヒカルはさ、自分の事を過小評価しすぎだよ」

「か……過小評価? ――そうか? ……いやぁ、でも――」

「でももヘチマもねえよ」


 と、戸惑う俺の言葉を遮り、シュウはキッパリと言う。


「お前は、良いヤツだよ」

「そ――そうかぁ?」

「そうだよ」


 半信半疑で聞き返す俺に向かって、力強く頷いてみせるシュウ。


「でなきゃ、オレが親友として認めてない。――いいか? ヒカルが自分自身を低く見るって事は、そんなお前と親友やってるオレも低く見てるって事なんだぞ」

「い――いや、違う! 俺はともかく、シュウの事は決して低くなんか見てな――」

「だったら、自分をそんな風に低く言うのも止めるんだ。――いいな?」

「……うん」


 シュウの有無を言わせぬ圧の籠もった言葉に、俺は小さく頷く。

 と、シュウは、フッとその表情を和らげた。


「――本当に、もっと自分に自信を持っていいんだよ、ヒカル。お前と接していく内に、早瀬の方からお前に惚れてくる可能性だって少なくはないと、オレは本気で思ってるぜ」

「そ……そうかなぁ……?」


 俺は、シュウの言葉に照れて、ポリポリと頭を掻いた。面と向かって、そんな事を言われると面映ゆいというか、何というか……。


 ――だが、他ならぬシュウにそこまで言われた事で、俺は少しだけ自分に自信が持てた気がしたのだった。

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