告白へのシナリオ
その日の深夜――日付が変わる間際の時間。自室にて。
「はぁ……」
俺は、机の上に広げた原稿用紙から目を上げると、この日124回目の溜息を吐いた。
そして、頬杖をつきながら、ぼんやりと自室の窓の外へと目を遣った。
「……どうするかなぁ」
俺は、真っ暗な空の中で輝く星々を窓越しに見上げながら、途方に暮れる。
――俺が頭を悩ませているのは言うまでもなく、学校の昼休みに聞かされた、シュウの補習の話だ。
「3教科かぁ……」
シュウの話によると、“赤点投手五冠”古典・英語・数Ⅰ・数A・地理の内、地理と数Ⅰは何とか再試を免れたらしい。……とはいえ、本当に紙一重のところだったらしいが。
ただ、それ以外の3教科は、先生方の温情を最大限に発揮しても救済は難しいレベルで惨憺たる出来で、晴れて追試が決定してしまった――らしい。
その追試の日は、12月22日。――終業式の前日にして、クリスマスイブの前々日だ。
万が一、シュウがその追試で赤点を取ってしまえば、シュウの冬休みと、俺の告白は跡形も無く吹き飛んでしまうのだ。
シュウの了解を取りつけ、諏訪先輩の協力を取りつけ、そして、早瀬の参加も取りつけたというのに、全てが無駄になってしまう――。
そう思い詰めた俺は、矢も楯も堪らない気持ちに襲われた。。
何とか気を落ち着けようと、俺は本棚から一冊のノートを取り出し、耳に挟んでいた赤ペンを手に取って、広げたノートに筆を走らせる。
古典
英語
数A
自分がノートに書いた3教科名を、親の仇のように睨みながら、俺は頭を抱えた。
「古典だけだったら、まだ良かったんだけどなぁ……」
無意識に、そんな恨み言が口を吐いて出てしまう。
――古典だったら、俺がシュウに教えてやればいい。
一応、文芸部なだけあって、俺は古典が得意だという自信がある。正直、プロットの推敲の時間を割かれるのは痛いが、他ならぬシュウの為ならば、自分の睡眠時間をもう少し削ってアイツの勉強を見てやる事に、何の躊躇いもない。
――第一、シュウがクリスマスイブに“補習の補習”で拘束されてしまったら、肝心の『早瀬に告白する作戦』の発動すら出来なくなる……。
「こんな事になるんだったら、もっと早く、アイツの古典を見てやれば良かったなぁ……」
……正に、『後悔先に立たず』ってヤツだ。
だが……、本当の問題は古典ではない。
「……問題は」
俺は独り言ちながら、ノートの『英語』と『数A』の周りを、グルグルと丸で囲った。
「――このふたつなんだよなぁ~」
俺は、英語があまり得意ではない。先月の中間テストでは、何とか平均以上の点は取ったが、人に教えられるほど理解しているとは、とても言えない(……いくつかの選択問題で、分からぬあまりに鉛筆を振って答えを決めた事はナイショだ)。
……数Aに至っては、更にヒドい。
シュウには言っていないのだが、中間テストでの数Aの結果に関しては、全然アイツを笑えない。実は、あと数点というところで、何とか赤点を回避したレベルなのである。
だから、俺が数Aをシュウに教えるという事は、殆ど不可能だ。……むしろ、俺が教えてほしいわ!
――つまり、英語と数Aに関しては、俺は全くの無力なのだ。シュウの学力を上げるどころか、トンチンカンな教え方をして、ますますヤツの学力を低下させかねない……。
「……つか、野球部の仲間に、頭良いヤツは居ないのか……?」
シュウは、野球部の主力のひとりだ。そんな中心人物の危機に、野球部のチームメイト達が手を差し伸ばしても良いのではないか――?
そう思いかけるが、すぐに俺はフルフルと力無く首を横に振った。
――そういえば、野球部の連中は揃いも揃って、シュウに負けず劣らずの脳筋揃いだった……。
「うわぁ……詰んだぞ、これ。――うん、詰んだわマジで……」
俺は、大事な事だから二回繰り返し、天井を仰いだ。
白い天井と、LED照明の白い光をぼんやりと眺めながら、俺は途方に暮れていた。
――クリスマスイブの告白大作戦。
現在、その決行条件に必要な前提フラグは、
①『Sラン勇者と幼子魔王』のクリスマスイブ前の完結
という既存のものに加えて、
②シュウの再試赤点回避×3
という、かなり難易度の高いものが付け加わってしまった状態となってしまった……。
クリスマスイブに、俺が早瀬に告白できる舞台に立つ為には、このふたつの条件をクリアしなくてはならない。
つまり、俺がこなさなければならない“役割”っていうのは――と、俺は再び赤ペンを走らせる。
『①「Sラン勇者と幼子魔王」のプロットの推敲チェックを行いつつ、②シュウが追試で赤点を取ってしまわないよう、あいつの勉強を見てやる……苦手な英語と、死ぬほど苦手な数Aを含む3教科分』
――と、ノートに書き殴り、俺は暫しの間、汚い自分の字とにらめっこをしていたが、
「ふうぅ……」
両手を首の後ろで組んで、椅子の背もたれに体重を預けると、大きな溜息を吐いた。
「……そんな事、俺に出来るか? ――いや、出来まい」
思わず、反語表現を取り入れた弱音が口から漏れ出る。
が、俺は慌てて首を大きく横に振ると、髪の毛に指を突っ込んでわしゃわしゃとかき混ぜながら、大声で叫んだ。
「……出来る出来ないじゃない! やるんだよっ、高坂晄ゥッ!」
――そうだ! やり遂げなければいけないんだ! 俺が自分の目的を果たす為にはっ!
俺は自分を奮い立たせようと、もう一度叫ぶ為に息を大きく吸い込む。
――が、
「……うるっさい、愚兄ッ! 今何時だと思ってんだよッ!」
隣の部屋から、羽海の不機嫌極まる怒鳴り声と、壁にフットスタンプをかましたらしい激しい衝撃音が、俺の部屋壁を激しく揺らし――、
「は――はヒッ! す……スンマセンッした、羽海さんッ!」
睡眠を妨げられて、すっかり不機嫌状態の妹の剣幕に恐れをなした俺は、思わず身を縮こませるのだった……。




