点は赤いバツのほとり
それから暫くの間、俺は諏訪先輩と一緒に、『Sラン勇者と幼子魔王』の最後の追い込みにかかりきりになっていた。
諏訪先輩が家でプロットを練り、翌日の放課後までに俺がその推敲と監修、そうして仕上げたプロットを元に、諏訪先輩がタブレットで執筆し、部活が終わるまでに“のべらぶ”に更新――。そして、その夜、諏訪先輩が家で次回更新分のプロットを練り――(以下繰り返し)。
その構想下書きとプロット推敲と執筆更新のサイクルを2系統作り、互いを車輪のように回転させながら、平日の間は毎日繰り返した。
ストックなどは作る暇も無く、書き上げたら即時にサイトにアップする――文字通りの“自転車操業”だったが、毎平日更新――つまり、週に五回の更新がなされる事に、星鳴ソラファンはいたく歓喜しているようだった。
チラリと覗いたアクセス解析では、『Sラン勇者と幼子魔王』の日別アクセス数が20万PVを優に超え、総合ランキングでも一桁に食い込んでいて、自分が関わっている作品が、いかに化物なのかをまざまざと思い知ったのだった……。
――だが、俺にはその事でビビる暇も、喜ぶ余裕も無かった。
週五更新をしても、完結まではまだ字数を費やさなければならず、諏訪先輩との約束である『クリスマスイブまでに完結』を果たすには、タイムリミットギリギリだったからだ。
だから、俺は睡眠時間やら、食事時間やら、ゲーム時間……はちょっとだけ――やらを削って、その浮いた時間をプロットの推敲へと当て、更新のスケジュールが滞らないように頑張っていた訳だが――、
――問題が発生した。
◆ ◆ ◆ ◆
それは、クリスマスイブまで一週間を切った日の昼休みだった。
「ヒカえも~ん! 助けてぇ~!」
食べ終わった弁当箱を片づける間も惜しんで、自席で赤ペンを耳の間に挟んでプロットとにらめっこをしていた俺の耳朶に、気持ちの悪い裏声が届いた。
「……どうじだんだい、シュウ太ぐん? ……って、何させるねんッ!」
某国民的未来ロボットのだみ声を再現しようとして、盛大に喉を痛めつつ、俺は答える。
声の主は、昼休みに入った直後に、職員室に呼び出されていたシュウだった。
シュウは、勧められてもいないのに、当然のように俺の前の席に腰を下ろし、俺の顔を涙目で見ながら訴える。
「ヤバいよヤバいよ……」
「……へーそりゃ大変だね、○川くん」
俺は、プロットに赤を付けながら、頭を抱えるシュウの呟きに適当な相槌を打つ。……ぶっちゃけ、話を聞いている暇が惜しい。
だが、そんなつれない俺の態度にも気付かぬ様子で、シュウは話を続ける。
「オレさ……今、放課後に補習をやらされてるじゃん」
「ん? ああ、そうだったな、うん」
原稿用紙を捲りながら、俺は適当に頷いた。
ここ最近のシュウは、先の交通事故で入院していたせいで発生した勉強の遅れを取り戻す為に、放課後に各科目の補習を受けていた。
元々、野球とは正反対に勉強が大の苦手だったシュウが、放課後になると精根尽き果てた顔でフラフラと歩くのを、俺は笑いを噛み殺しながら労ってやっていたのだが――。
「――それがどうかした? ……ひょっとして、さっき呼び出された理由もそれ関係?」
「……うん」
俺の問いかけに、沈んだ表情のシュウが小さな声で答えた。
シュウらしくもない弱々しい声に、俺は思わずプロットに落としていた目を上げる。
「……先生に何か言われたのか?」
俺の問いに対し、首を小さく縦に振ったシュウは、溜息をひとつ吐いて、口を開く。
「まあ……オレ、バカだからさ。補習を受けてもチンプンカンプンなんだよ。……つか、普通の授業もあんまり分かんないんだけどさ。――でもまあ、何とか昨日で補習は全部こなしたんだけど――」
そこまで言うと、シュウは制服のポケットから四つ折りにした紙の束を取り出し、広げると俺に渡した。
「最後に補習の理解度テストってのを受けたんだけど……その結果がソレで――」
「……う、うわぁ――」
シュウから渡された紙を一枚一枚捲りながら、俺は思わず嘆声を上げる。
「……これはひどい」
……それしか感想が出なかった。
どの紙の上にも、大きな×印が満開の桜のように咲き乱れていたからだ。
紙を破らんばかりに突き立てられたであろう赤ペンの筆痕が、採点をしていた時の先生の心情を、これ以上なく雄弁に物語っていた……。
「だから、わざわざ昼休みにお呼び出しを食らってたのか……」
「うん……」
「……怒られた、よな?」
「いや……むしろ、呆れられてた……」
「だよなぁ……」
確かに、この惨状を目の当たりにしたら、怒る気力も消え失せるだろうなぁ……。
俺は手を伸ばすと、シュウの肩をポンポンと叩いてやった。
「まあ、ドンマイ! そんな事もあるさ! つか、そんな事で気を落とすなんて、お前らしくもないぞ!」
「……オレが気を落としてるのは、そんな事じゃないぜ」
「――へ?」
シュウの言葉に、俺は目をパチクリさせる。
すると、キョトンとした俺に向かって、突然シュウが頭を下げた。
「スマン、ヒカルッ! クリスマスイブ……遊びに行けないかもしれない……!」
「ふぁ……ファッ――?」
シュウの言葉に、俺の顎はすとーんと落っこちた。
俺は、思わずシュウの両肩を掴み、大きく揺すりながら叫んだ。
「あ――遊びに行けないって……ど、どういう事だよっ?」
「じ……実は……」
俺に揺さぶられるまま、頭を振り子のように前後に振りながら、シュウは鎮痛な表情で答える。
「実は……あんまり結果が酷いから、追試になっちゃったんだよ」
「つ……追試ぃ?」
「そ、そう……。で、もし、また赤点だったら――」
シュウはゲッソリとした顔と声で、絶望に塗れた言葉を吐いた。
「……また赤点を取っちゃったら、冬休み返上で、補習の補習をさせられるって話に……。と、当然……そうなったら、クリスマスも無し……」
「……マジでか……」
俺は呆然として、シュウの肩から手を放し、力無く椅子の背もたれに背中を預けた。
「それじゃ……クリスマスイブの計画が――」
そう呟くと、俺はシュウと同じ様に机の上に両肘を乗せて頭を抱えた。
そして、俺たちの口から、同時に同じ言葉が漏れる。
「「ヤバいよヤバいよ~……」」
――甲高いダミ声で。




