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告白下手の高坂くん

 「だ――だから、その件は、もう大丈夫なんで、ハイ!」


 俺は、諏訪先輩のリアクションに不可解なものを感じながらも、もう一度同じ内容を繰り返した。

 そして、背筋をピンと伸ばすと、深々と頭を下げた。


「――というか、先輩の気持ちもロクに考えないで、変な事をお願いしようとしてしまって、申し訳ございませんでした!」

「え……? わ、私の……気持ち?」


 俺の言葉を聞いた諏訪先輩が、何故か声を裏返す。

 それにも構わず、俺は言葉を継いだ。


「はい……。先輩の都合も一切考えずに、『クリスマスイブに、俺の告白の手助けをして下さい』なんていう、自己中極まりないお願いをして、先輩に嫌な気分を抱かせてしまって……すみませんでした!」


 俺は、そう一気に捲し立てると、もう一度深々と頭を下げる。


「……」


 それに対して、先輩は何も言葉を発しないままだった。

 殺風景な文芸部の部室に、重苦しい沈黙が垂れ込める。

 ――あ、ここで一句。



 静けさや 俺を苛む 先輩の圧 ……字余り。



 ……いや、下手な俳句を捻ってる場合か!

 沈黙に耐え切れなくなり、俺は恐る恐る顔を上げて、諏訪先輩の表情を窺い見る。


「……うっ!」


 先輩は机に頬杖をつき、その頬を膨らませて、憮然とした顔で俺を睨んでいた。

 その凍てつく波動(しせん)に中てられた俺は、全身を石に変えられたかの様に硬直させる――メデューサの首に見つめられたケートスの様に。


「…………ふぅ」


 そして、諏訪先輩は頬と肺に溜まった空気を一遍に吐き出すかの様な大きな溜息を吐くと、頬杖をついたままで俺に尋ねた。


「じゃあ……クリスマスイブには、あなたと早瀬さんと……あなたの心友の三人で出かけるって事なのね?」

「……え? あ、ああ、はい。――そのつもりです」

「心友って、野球部の工藤くんの事よね?」

「あ、はい。同じクラスで幼馴染の……工藤秀です」

「……一年生にして野球部のレギュラーになった、あの工藤くんよね?」

「あ……まあ、はい」

「爽やかで、背が高くてハンサムで、高坂くんとは真逆な、あの工藤くん――」

「だから、そうですってば! 俺とは正反対の、陽キャの権化みたいな、あの工藤秀ですッ!」


 諏訪先輩のしつこい言葉に、俺は思わず言葉を荒げた。

 すると、諏訪先輩は表情を和らげ、手で口元を押さえながら言った。


「ぷっ……ごめんなさい。今回の仕返し(・・・)で、高坂くんをからかってみようと思ったら、反応が面白くって、ちょっとやり過ぎちゃったわね」

「あ……い、いえ。大丈夫っす……」


 諏訪先輩の口から漏れた“仕返し”という言葉に、瞬時にして怒りは引っ込み、俺は慌てて頭を振った。今回、俺がやらかした件の“仕返し”ならば、たとえこの何倍以上の事をされても文句は言えない。

 こんな、からかわれる程度の事で済めば、むしろ御の字だ。

 それよりも――俺は、先輩の笑顔を見て安心した。

 どうやら、先輩のご機嫌は、さっきまでよりも少し良くなった様だ……。

 ――と、


「……あ」


 諏訪先輩は、何かに思い当たったかの様に表情を変え、その眉根に皺を寄せた。


「でも、それって……」


 そして、オズオズといった様子で、俺に訊く。


「もしかして……早瀬さんが高坂くんの誘いを受けたのって、工藤くんの方が狙いなんじゃ――」

「あ、それは無いです。はい」

「――え?」


 浮かんだ懸念を秒で否定された諏訪先輩は、キョトンとした表情を浮かべ、俺の顔を見た。

 ――まあ、俺たちのフクザツな事情を知らない人が普通に考えれば、そういう思惑だと読み取るわなぁ。

 だが、違うんだな、コレが。


「……まあ、フクザツ(・・・・)な事情がありまして、早瀬にそういう意図が無い事は確実なんです。それは、シュウも承知してます」

「……そうなんだ。……良く分からないけれど」

「でしょうねえ……」

「……?」


 諏訪先輩は更に首を傾げながらも、それ以上突っ込んでくる事はしなかった。

 俺は、心の底で安堵しながらも、ふと気になって、諏訪先輩に訊いてみた。


「で……そ、それが何か……?」

「……うん」


 俺の問いかけに、諏訪先輩は少し躊躇う様な素振りを見せたが、


「……あの、さっきの話なんだけど」


 意を決した様子で口を開いた。

 今度は、俺が怪訝な表情を浮かべる番だった。


「あ、えっと……さっきの、話――」

「私が……あなた達三人と一緒についていって、高坂くんのこ……告――白のサポートをするって話よ……」


 先輩は目を伏せて小さな声で言う。

 俺は、その言葉を聞くと、慌てて頭と手を横に振った。


「あ! だ、だから――その話はもう大丈夫なので……忘れて下さ――」

「う、ううん。……そ、そうじゃなくて」


 諏訪先輩は、俺と同じ様に頭を振ると、さっきよりも更に小さな声で、ボソボソと言う。


「……や、やっぱり、高坂くんの言う通り、私も一緒に行こうかな――って……」

「へ?」


 先輩の発した意外な言葉に、俺は呆気に取られた。


「え? ど……どうしたんですか、突然? あの、俺に気を遣ってくれてるんだったら……大丈夫なんで、その――」

「え、えと……そうじゃなくて!」


 諏訪先輩は、いつもの先輩らしくもない、弱気な様子で、机の上で組んだ両手の指を忙しなく動かしながら、心なしか早口で捲し立てる。


「その工藤くんが協力してくれるって言っても、やっぱり男の子じゃ、早瀬さん――女の子の心の機微はなかなか分からないでしょ? ――だから、私が一緒について行ってあげた方がいいかなぁ、って思ったの」

「ま……まあ、確かに……」


 諏訪先輩の説明を聞いた俺は、彼女の突然の心変わりに戸惑いながらも、小さく頷いた。


「確かにシュウは、筋金入りの野球バカで、今まで女っ気がありませんでしたから、無骨でガサツで鈍感なところがありますからね……」

「――それ、高坂くんにだけは言われたくないんじゃないかしら、工藤くん」

「え? そ……そうですかね?」

「……自分で気付いてないし」


 諏訪先輩は、大きな溜息を吐くと、言葉を続ける。


「……それに結局、高坂くんの言う通り(・・・・・・・・・)、クリスマスイブには何の予定も無さそうだしね、私」

「……結構根に持ちますね、先輩」

「あら、当然でしょ?」

「……スミマセンッした!」


 辟易して、思わず舌に乗せてしまった俺のツッコミを鋭く切り返された俺は、土下座せんばかりに深々と頭を下げるしかなかった……。


「……だから」


 諏訪先輩はマグカップに残ったブラックコーヒーを一気に飲み干すと、苦笑いにも似た表情を浮かべて、俺に言った。


「私も助けてあげるから、絶対クリスマスイブに、自分の気持ちを早瀬さんに伝えるのよ。……それだけは約束して、高坂くん。――いいわね?」

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