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こいごころを、君に

 「……どうしたの、高坂くん? 急に静かになっちゃって?」


 長机の向かい側に座る早瀬が、心配そうな表情を浮かべて尋ねてきた。

 俺はビクリと身体を震わせると、頬を引き攣らせながら、無理矢理笑顔を作ろうとする。


「い……い、いや……なななななんでもない――です、ハヒ」

「……お腹が痛いんだったら、我慢しない方がいいよ?」


 安心させるつもりが、ますます心配させてしまったらしい。

 俺は慌てて、千切れんばかりに首をブンブンと横に振りまくった。


「い、いや! 大丈夫! ダイジョーブっすハイッ!」

「……変なの」


 早瀬は、俺のリアクションに思わず吹き出した。

 そして、口元を押さえて笑いを堪えながら、俺に頭を下げる。


「て、笑ってごめん。――何だか、今の高坂くんの反応が面白くって、つい……」

「あ……あ、ダイジョーブっすハイ!」

「ぷっ! な……何で二回繰り返したのぉ? くふふふ……っ!」


 俺のリアクションが彼女の笑いのツボにハマったらしく、早瀬は身体をくの字に折り、お腹を抱えて笑い出した。


「あ……あははは……はは」


 俺は取り敢えず、彼女に合わせて笑い声を上げるが、その笑い顔は引き攣りまくっているのが、自分でも分かった。

 ――そう、今の俺には、早瀬と談笑する程の余裕など残っていない。

 もしも、パソコンの様に、俺の脳内をタスクマネージャーのプロセスで見れたのなら、CPUもメモリもディスクも、100パーセントで高止まりしたまま、真っ赤っかになっているに違いない。

 そして、俺の脳内をフル稼働させている原因は――言うまでもなく、


『告 白 す る』


 という、ただひとつのコマンドだった……。



 ――早瀬結絵に告白する。


 それは、今の俺が目指している目標だ。

 その目標に辿り着く為に、親友(シュウ)に、『俺がシュウに恋心を抱いている』という“嘘”の片棒を担いでもらう様な事までして、俺とシュウとの仲を勘違いしている(まあ、ベクトルが逆だっただけで、あながち的外れでも無かったようなのだが)早瀬との縁を、苦労して繋ぎ続けたのだ。


 そもそも、陰キャで、シュウ以外には連む相手も居ないような俺と、学年一の美少女で、常に周りに人だかりが出来ているような人気者の早瀬とは、所属するカテゴリが全く違う。

 本来だったら、今みたいに同じ部屋で談笑する事すら、到底叶わぬ事だったに違いない。

 


 ……だったら別に……


 ふと、俺の心の中に、ある考えが過ぎる。

 次の瞬間、俺は慌てて(かぶり)を振って、脳裏に浮かび上がりかけた思考を追い出した。


 ――この期に及んで、何ヘタレた事を考えようとしてるんだ、俺は!


 俺は心の中で、気弱になった俺自身を叱責すると、大きく息を吸い込む。


 ――言う!


 もう決めた。

 俺は……今、この場で早瀬に想いを告げる!

 せっかく、諏訪先輩が俺の為にここまで舞台を整えてくれたんだ。この唯一無二の大チャンスを逃してはいけない!

 逃しちゃダメだ。逃しちゃダメだ。逃しちゃダメだ。逃しちゃダメだ。逃しちゃダメだ。逃しちゃダメだ逃しちゃダメだ逃しちゃダメだ逃しちゃダメだダメだダメだダ――



「――で、『実は』何なの?」

「へ――へぇっ?」


 汎用ヒト型決戦兵器に乗り込む前の某中学生のように、『逃しちゃダメだ』を何度も暗唱して、固めた決意を更に強固なものにしようとしていた俺の思考を、あっさりと断ち切ったのは、早瀬の声だった。

 暗示が解けて、我に返ってしまった俺は目をパチクリさせながら、すっかり毒気を抜かれた顔で、頭の上に『?』マークを浮かべる。

 そんな俺を前に、早瀬はその大きな目を輝かせながら、興味津々で尋ねてきた。


「だから。高坂くん、さっき『実はさ……』って言いかけてたじゃん。その続きを聞きたいなぁって」

「あ……ああ、そ……そういえば……」


 ……あれ? 俺、何を言いかけてたんだっけ?

 ――あ、そうそう。

 クリスマスイブの事だ。


「あの……実はね。――今度のクリスマスイブに、俺とシュウでどこかに出かけようって話をしてて――」


 ――あ、

 間違えた。

 そもそも、諏訪先輩の立てたお膳立てに乗って、今この場で早瀬に告白するんだったら、当初予定してたように、クリスマスイブにシュウと出かける話をして、早瀬を誘い出す必要はもう無いんだ。

 ……俺が今口にすべきは、ソッチじゃない!


「あ! そ……その! そうじゃなく――」

「きゃあぁ~っ!」


 が――遅かった。

 頬を熟れたリンゴのように真っ赤に染めた早瀬は、その澄んだ瞳をキラリキラリと煌めかせながら、ランカーバスも斯くやというような勢いで、俺の話に全力で食いついてきた。


「く……クリスマスイブ! 高坂くんと! 工藤くんが! お――お出かけぇっ!」


 そう絶叫するや、彼女は俺の方に大きく身を乗り出し、机の上に乗せていた俺の右手を固く握り締める。


「――! ……? ――ッ?」


 右手の知覚神経が、温かな体温と柔らかな感触を脳髄に伝えた瞬間、俺の自我は音を立てて崩壊した。


「お……おふぅ? ……ふふぇ……!」


 俺は、身体をダイヤモンド(硬度10)……いや、ロンズデーライト(硬度10♯)よりも硬く強張らせ、死にかけの金魚のように口をパクパクさせながら、ひたすら言葉にならない声を上げる。

 一方の早瀬は、握った俺の手をブンブンと振り回しながら、キャピキャピとはしゃぎまくっていた。


「すごーい! スゴいよ高坂くん! クリスマスイブに、好きな人と一緒にお出かけするなんて! ロマンチックだよ~! ……しかも、工藤くんもオッケーしたって事はさ……ミャクありだよ~!」

「あ……えと……その……」


 ……まあ、確かに脈はあるのだが。それも、大動脈くらいにぶっとい脈が……。

 俺は、色々な要因で遠のきかけた意識を必死で呼び戻すと、早瀬に向かって慌てて頭を振った。


「あ……でも、俺が言いたいのは、その事じゃなくて――!」

「うん、分かってるよー!」


 俺の言葉に、早瀬が満面の笑みで力強く頷いた。

 ……あ、分かってる? ひょっとして、俺の心の声が通じ――、


「イザという時の、告白の言葉が分からないって言うんでしょ!」

「え……? いや……そのあの……」


 ……まあ、確かに分からない。

 この状況から、君に告げるべき告白の言葉が……。

 ――って!

 違う、そうじゃない……。


「大丈夫だよ、高坂くん! 私も一緒に、絶対成功できる告白の仕方を考えるから! ……まあ、私も告白した事は無いから、分かんないっちゃ分かんないんだけど。――でも、BL本はいっぱい読んでるから、安心して任せて!」

「えあ……そ……そうじゃ……そういう……アレじゃ……」

「がんばろ、高坂くん! えいえいおーっ!」

「え……ええ……ェィェィォー……」



 ……すみません、諏訪先輩。


 やっぱ告白するの、無理っぽいッス……。

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