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 「小説を返しに……?」


 訝しげに訊き返す俺に、「うん」と頷きながら、早瀬は自分のカバンから一冊のハードカバーを取り出した。

 興味をそそられて、俺は文庫本の表紙を覗き込む。


「……『クロス・ハート』? 何か聞いた事があるような無いような……」

「何か、賞を取った事もある本みたいだよ」


 ……早瀬の言葉に、俺はポンと手を叩いた。


「あ~、あれだ! 確か、十何年か前にケータイのサイトで投稿されてたケータイ小説。人気が出て実写映画化までした作品だよ!」


 今は、スマホの浸透で、もうすっかり電子書籍やウェブ小説に取って代わられたが、十数年前は、折り畳みの携帯電話で小説を読むのが流行っていたらしい。

 折り畳みの携帯電話だと、表示される文字数が限られるので、文体や表現方法は普通の小説とは大分違っていたのだが、過剰に堅苦しくなく読みやすいというライトな作風が、当時の女子高生や若者にウケた……らしい。


 ――因みに、“それまでの小説と違う文体”として挙げられるのは、『頻繁な改行』『一文を短く』『会話多用』『一人称視点多用』といった点である。

 ぶっちゃけ、そのあたりの文体は、ケータイ小説の後に盛り上がった“のべらぶ”系のウェブ小説にも引き継がれているから、ある意味ケータイ小説は、ウェブ小説のご先祖様だとも言えるかもしれない……。


 ――閑話休題。


「へ~、そうなんだぁ。さすが文芸部、詳しいんだねぇ高坂くん!」

「い、いやぁ……それほどでも……」


 早瀬から賞賛の眼差しを向けられて、俺は思わず鼻の下を象のように伸ばす。

 と、早瀬が手にした『クロス・ハート』の表紙をしげしげと眺めながら微笑んだ。


「――私、小説みたいな文字ばっかりの本って苦手だったんだけど、この本は読みやすかったよ。難しい字とかがそんなに出てこなくて、スラスラ~って、内容が頭に入ってくる感じでね。面白かった!」

「あ、うん、そうだね。それがケータイ小説の特徴だからね、うん」


 早瀬の言葉に、俺も頷いた。

 すると、早瀬がちょこんと首を傾げる。


「……でも、意外だったなぁ」

「い……意外? な、何が……?」


 俺は、早瀬の呟きに戸惑いながら問い返した。


「あ、えっとね。何か、香澄先輩がこういう恋愛小説を持ってた事が……。何となく、物凄く難しそうな……ジュンブンガク? ――そういうのばっかり読んでるイメージだったから……」

「あ……そういう事か。――確かに」


 早瀬の答えに、俺は思わず破顔した。

 確かに、一見地味なイメージの諏訪先輩から、この『クロス・ハート』のような、ビター且つ甘々な恋愛小説が出てくる事に、普通は違和感を抱くのだろう。

 まあ――俺は、諏訪先輩の“大人気のべらぶ作家・星鳴ソラ”としての顔も知っているから、そこまで妙には感じない訳なんだけど……。


「――でも、髪の毛切ってから、大分印象変わったよね。香澄先輩……」

「え? あ、ああ……そ、そうだね、ウン」


 早瀬に言われて、俺は内心でドキリとしながら頷く。

 彼女は、好奇心で目をキラキラさせながら、言葉を継ぐ。


「何か……前は、本当に大人そうな見た目で、存在感が薄い――お化けみたいって感じだったんだけど」

「あ……う、うん……け、結構、ズバズバ言うね、早瀬さん……」


 早瀬の歯に衣着せぬ言葉に、思わず背中に冷や汗が伝うのを感じながら、俺は引き攣り笑いを浮かべて、曖昧に答える。


「……あ、それはあくまでも見た目の話で、直接話してみると、本当にいい人だったんだけどね」


 そう呟くと早瀬は、「あ、今のは、香澄先輩にはナイショにしといてね」と、伸ばした人差し指を唇の前に当てて、歯を見せて微笑んだ。

 ……そんなさり気ない素振りも、本当に可愛らしいなぁ――。

 そう思って、頬を熱くさせる俺を前に、彼女は話を続ける。


「で――、この前いきなり髪を切って、色を染めたじゃない? それだけなのに、すっかり雰囲気が変わってキレイになった……ううん、元々キレイだったのがハッキリと見えるようになったっていうのが正しいかも」

「……う、うん。そうだね……」

「――何かあったのかなぁ、香澄先輩? 急にイメチェンなんかしちゃって……。ねえ、高坂くんは何か聞いてない?」

「う――」


 考え込む早瀬を前に、俺は思わず言葉に詰まった。

 ……何となく、諏訪先輩のイメチェンのきっかけが、ハル姉ちゃん(自分の姉)だと言う事は躊躇われる。

 でも……。黙ってても、早瀬が諏訪先輩本人に尋ねたらすぐにバレる。――隠してもしょうがないか。

 俺は、キョドって視線を彷徨わせながら、小さな声で答える。


「い……いや……実はあれ、ウチのハル姉ちゃんの仕業なんだよね、うん……」

「え! そうなの? っていうか、香澄先輩とハルちゃんって知り合いだったのぉ?」


 俺の答えを聞いた早瀬は、驚きで目をまん丸にした。

 彼女は興味津々という顔で、その猫のような大きな瞳を見開きながら、俺に向かって身を乗り出してくる。


「ねえ! どういう事? どうして、香澄先輩とハルちゃんが? ねえ、高坂くん! 教えて教えて~ッ!」


 俺は、急速接近してきた早瀬の顔に吃驚した俺は、反射的に身を仰け反らせ、


「う――う……うわああああああっ!」


 バランスを崩したパイプ椅子と一緒に、盛大に後ろにズッコけた。

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