嫌い嫌いもファンのうち
小田原は、俺にスマホの画面を指し示しながら、顔を真っ赤にしながら捲し立てる。
「……十月に、星鳴ソラが更新を再開して以来、平日の夕方に新しい話がアップされていたのに、ここ一週間、全く更新がされていない。……確かに、これまでも更新されない日は時々あったけど、一週間続けてと言うのは再開以来初さ」
「……う、うん」
口から唾を撒き散らしながら声を荒げる小田原を前に、思わず身体を縮こまらせる俺。――それは、小田原の唾から身を守ろうとする防衛行動というのもちょっとはあったが、小田原の星鳴ソラに対する憤懣の勢いに、後ろめたさを感じたからだ。
何せ、再開してからの“星鳴ソラ”は、もはや諏訪先輩ひとりのものでは無くなっている。何を隠そうこの俺も、諏訪先輩の練ったプロットの推敲を手伝ったり、アイディアを出したりしているのだ。
正に今、クライマックスを迎えようとしている『Sラン勇者と幼子魔王』で、ラスボスにあたる“法王ナスティール”を、魔王シャルルの生き別れた双子の兄にしようと提案したのも、この俺だ。
――手前味噌かもしれないが、あの設定が加わったお陰で、魔王と法王の因縁が綺麗に繋がり、その間で板挟みになる勇者サバトの苦悩にも厚みが増したのだと自負している。
正直、『Sラン勇者と幼子魔王』が書籍化でもされた暁には、“原案協力”として、俺の名がクレジットされてもおかしくないくらいの貢献をしているのだ。
……それだけに、今回の“星鳴ソラ”の更新中断には責任を感じてしまう。
「――まったく、ふざけた話だと思わないかい、コーサカ氏!」
「は――はい……」
「ずっと、ずーっと、彼の更新を待ち続けて、ようやく更新を再開したかと思ったら、いよいよクライマックスというタイミングで、何の断りも前触れもなく更新中断! ――まったく、星鳴ソラは、自分の作品を待ち焦がれている数万のファンの心を、どれだけ弄ぼうというのかねぇ? ――キミもそう思うだろ、コーサカ氏?」
「う……うん……まあ……」
目の前で思いの丈をぶちまける小田原の前で、俺は曖昧に言葉を濁した。
小田原の憤懣は、実に良く理解できるのだ。多分、俺が“単なる読者”でしかなかったら、彼と同じ様に、星鳴ソラに対して無責任で自分勝手な文句を言っていた事であろう。
――そういえば、さっきも覗いていた“のべらぶ”の『Sラン勇者と幼子魔王』の感想欄も、ここ数日で随分荒れていた。
とはいえ、殆どは新規読者の賞賛の言葉と、更新が途切れ、音沙汰がない作者への心配と激励の言葉で占められていたが、中には罵倒や詰問に近い“感想”もあった。
――特に強烈だったのは、昨日の夜に投稿されていた、ある読み専読者の感想だった。
元々、“蒼空 (そら)翔る真なる熾天使”とかいう、イタい事この上ない中二病ペンネームを名乗るその読者は、熱狂的とも言える星鳴ソラのファンらしく、更新する度に歯が浮くような激賞の感想を寄せてくれていたのだが、ここ数日更新が途絶えている事にひどく立腹したらしく、星鳴ソラへの批判と抗議と懇願の心情を、字数制限ギリギリの文量を以て、滔々と送って寄越してきたのだ。
その鬼気迫る怪文は、一読した瞬間「長ッ! そして、怖ッ!」とドン引きさせる程の破壊力を有していたのだが、俺には星鳴ソラのアカウントへのユーザー権限は無いので、その感想に対して、謝罪も反論も削除も出来なかったのだった。
「と……取り敢えず、スミマセン」
居たたまれなくなった俺は、思わず小田原に頭を下げてしまう。
「……は? 何でキミが謝るんだい、コーサカ氏?」
「あ……いや……何となく……」
突然謝罪の言葉を述べた俺に、小田原はキョトンとした顔で首を傾げた。――まあ、小田原は俺の事情を知らないのだから、当然の反応である。
彼は、慌てて誤魔化す俺の顔を、まるで頭が可哀相な人を見るような目で見た後、先程の怒りが再燃したのか、眉を吊り上げ、茹でダコのような顔色になって、再び口角泡を飛ばし始める。
「更に腹が立つのは、星鳴ソラ自身から、今回の中断に関するコメントが無い事だね! 活動報告や何かで、一言でもいいから、今回の件に対するお詫びや事情説明でもしてくれれば良いのに、一切音沙汰無しだからね……」
「……」
「それで無くても、星鳴ソラ――いや、ここは敢えて“読泣ソラ”と呼ぼうか――には前科があるもんだから、ファンの皆も不安なんだよね。――だから、その心配が頂点に到った途端に、こんなクソスレが雨後の筍みたいに生えてくるんだよ」
そう、吐き捨てるように言うと、小田原は俺のスマホの画面を指でビシビシと叩く。
俺は、小田原の太い指が今にも液晶画面のガラスを突き破るのではないかと、気が気でない。
――と、さすがに怒り疲れたのか、小田原は微かに息を弾ませながら、やや声のトーンを落として言った。
「――まあ、この22ちゃんねるの連中のアンチコメは、歯に衣を着せなさすぎるというか、さすがに酷いとは思うのだけれどね、逆に言えば、それだけ“星鳴ソラ”の作品を期待している人間が多いという証拠でもあると思うんだよ」
「そ……それは確かに――」
小田原の言葉に、俺はドキリとした。
確かに、『“好き”の反対は、“嫌い”ではなく“無関心”』と言うではないか。
アンチもファンのひとり――そういう考え方もあるのかもしれない。
――と、小田原が胸を張り、鼻の穴を広げながら、自慢げに言った。
「とはいえ……星鳴ソラ氏が22ちゃんねるを見ていないという可能性も高いのだけどね。もしそうだったら、星鳴ソラにボクらの声が届いてないって事だろ? ――そう思ったボクは昨夜、思いの丈を込めた渾身の感想を、『Sラン勇者と幼子魔王』の感想ページに貼り付けてやったのさ」
「へ……っ?」
小田原の言葉に、俺はハッとして顔を上げる。
……まさか?
――そんな俺の表情の変化にも気付かぬまま、小田原は鼻高々といった様子で言葉を継ぐ。
「まあ、感想欄にも字数制限があって、ボクの気持ちを全部書き切れた訳じゃ無いんだけどねぇ。まあ、半分くらいは伝えられたかな――って……」
「――て、あのクソ長感想の主は、お前だったのかよぉおおッ!」
驚愕のあまり、俺は思わず大声で叫んでいた。
俺の豹変を目の当たりにした“蒼空翔る真なる熾天使”は、ビックリした顔で、その小さい眼をまん丸にしていたのだった――。




