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鈍感♥フレーズ

 夕方のミックジャガルドは、今日も大盛況だ。

 学校帰りの俺とシュウは、大きな窓に面したカウンター席で並んで座っていた。


「……って訳だよ、うん」


 俺は、先程の部室での顛末をシュウに話し終えると、小さな溜息を吐いて、クリーム色のテーブルとにらめっこする。


「……成程ねえ」


 項垂れる俺の横で、シュウはLサイズコーラのストローを咥えていた口を離すと、静かに呟いた。


「それで、その先輩に怒鳴られて、お前は為す術も無くスゴスゴと出ていった――って訳か」

「……うん……」


 『スゴスゴと』という、そこはかとなく棘を感じる文言に、心秘かにカチンときたが、紛れもない事実でもあるので言い返す事も出来ない。

 俺は、テーブルに額が付かんばかりに項垂れた頭の角度をますます下げる。

 そんな俺の様子を横目で見ながら、シュウはポテトを摘まんで口の中に放り込む。


「……そうかぁ」


 ポテトを咀嚼しながら、シュウは小さく呟いた。

 そんなシュウに、俺は恐る恐る尋ねる。


「でさ……俺は結局、昼休みの時にお前に言われた事を果たせないままなんだけど……。そしたら、やっぱり――」

「ん? 昼休みの時? ……何か言ったっけか、オレ?」


 怯えた目で見る俺を一瞥したシュウは、その横顔に訝しげな表情を浮かべ、首を傾げた。

 俺は力無く頷く。


「言ったよ……。『諏訪先輩を誘え』って。それで、『誘えなかったら、二度と協力しない』――とも」


 俺はそう言うと、シュウの横顔を上目遣いで見上げる。

 シュウは、キョトンとした顔をしていたが、おもむろに目を見開くと、大きく首を横に振った。


「いや? オレはそんな事、一言も言ってねえぞ?」

「……え?」


 意外な答えに、俺は目をまん丸にする。


「え……いや、言ってたじゃん、お前! 昼休みに――」

「オレが言ってたのは、『()()()()()()()()()()()()()、二度と協力しない』だよ」

「……あ」


 シュウの言葉に、俺はハッとする。

 そんな俺の様子に、シュウは優しい苦笑を浮かべた。


「――結果はどうあれ、お前はちゃんと勇気を出して、先輩にお願いした訳だ。……まあ、結果はバットの先っぽに当たった凡フライってところだけど、見逃し三振よりはずっとマシだ」

「……そ、そうか。――じゃあ」

「うん」


 シュウは、目を輝かせた俺に微笑みかけて言う。


「今までのお前だったら、グジグジしたまんま進歩無しで足踏みしてるだけだったからな。昔に比べれば、大した進歩だよ。……だから、もう少しは協力してやるさ」

「……良かったぁ~」


 俺は、大きく安堵の息を漏らすと、微かに湯気を立てるカフェラテに口を付けた。

 ……本当に良かった。

 諏訪先輩をあそこまで怒らせた上に、シュウにまで見放されたら、俺の前途は、ブラックホールよりも真っ暗になっていたところだった……。


「……それにしても、なあ」


 安心すると同時に、部室での出来事がフラッシュバックのように俺の脳裏に浮かび、俺は腕組みして唸った。

 そんな俺の仕草を見て、シュウは怪訝な表情になる。


「……どうした?」

「いや、諏訪先輩の事なんだけどさ……」


 俺は首を傾げながら、頭に浮かんだ疑問を言葉にする。


「……何で、俺がクリスマスイブの予定を聞いた時に、あんなリアクションを取ったのかなぁって……。何か、いつもの諏訪先輩らしくないっていうかさ……」

「……!」


 俺の言葉に、シュウの目が微かに細くなった。

 そして、まじまじと俺を見ながら、独り言のように呟く。


「つうか、それって……もしかして――」

「ん? ……『もしかして』って、何だよ?」

「……気付いてないのか、お前?」


 訊き返した俺の顔を、まるで宇宙人に遭遇したかのような顔で凝視するシュウ。

 珍獣を見るかのような目を向けられて、俺はさすがにカチンときて睨み返す。


「だから、何がだよッ? さっきから、訳の分からない事を言ってよぉ……! 言いたい事があるのなら、ハッキリ言ってくれよ!」

「うわ、マジで気付いてねえよ、コイツ……。鈍すぎる(・・・・)……」


 キレた俺を前に、顔を引き攣らせるシュウ。

 シュウは、俺の顔から視線を外すと、遠い目で窓の外を眺めながら、しみじみと言う。


「まあ……、ヒカル(おまえ)が鈍いのは、今に始まった事でも無いか……」

「だーかーらーっ! 鈍い鈍いって、一体何の事だって訊いてるんだけどさぁ!」

「……それはさすがに、オレの口からは言えないなぁ――」


 焦れて声を荒げる俺を尻目に、シュウは涼しい顔でストローを咥え、音を立ててコーラを啜った。


「……それは、お前自身で気が付かなきゃならない事だよ。――オレや、他の奴から聞くんじゃなく、な」

「だから……それが何なのか、全然分からないから、こうやって途方に暮れてるんだろうが……」

「だから、それくらいは自分で察しろよって事だよ」

「……」


 けんもほろろなシュウの言葉に、俺は途方に暮れて、髪をわしゃわしゃと掻き乱す。

 そんな俺の傍らで、シュウは再び摘まみ上げたポテトを口に運び、手に付いた油を丹念に舐めながら、大きな溜息を吐いた。


「……にしても、フベンだよなぁ」

「――不便? 何の事?」


 シュウの呟きに、俺は顔を上げて首を傾げる。だが、シュウの様子を見て、すぐに頷いて答えた。


「……ああ、確かに。ポテトは美味いけど、手に油が付くのは嫌だよな。ベタベタするし、ポテトの匂いが指に残るし……」

「――いや、違えよ」


 俺の答えに、怪訝そうな表情を浮かべて、首を横に振った。


「ポテトは食った後に、指に付いた油と塩を舐めるのがいいんじゃねえかよ。むしろ、『そっちの方がメイン!』まであるぜ」

「いや、さすがにソレは無い」


 俺は、シュウの言葉に力強く否定する。――と、俺は眉根を寄せると、掌をシュウに向けて制止すると、首を傾げた。


「……待て。何でいきなりそんな話になった?」

「え? そりゃあ、お前がいきなりポテトの油がどうのこうのって話をし始めたから――」

「いや、それはそもそも、お前が『不便だよなぁ』とか言い出したから――って、そもそも、何が不便だって?」

「あ? そりゃ、もちろん……お前の先輩の事がフベンだなぁってイミで……」

「はぁ?」


 シュウの言葉に、俺は更に首を傾げる。


「何だそりゃ? 何で諏訪先輩が不便……んん?」


 そう言いかけて、俺の脳内を稲妻が走る。

 俺は、頬を引き攣らせながら、おずおずとシュウに確認する。


「……シュウ、もしかして、“不憫(ふびん)”って言いたかったの?」

「あ、そうそう。それな。――惜しい!」

「……全然違うじゃねえかよぉ!」


 あっけらかんと頷くシュウを前に、思わず俺は頭を抱えた。

 そして、頭を抱えつつ、眉根を寄せる。

 頭の中に浮かんだ疑問は、ますます膨れ上がるばかりだった……。


 ――っつうか、……そもそも、何で諏訪先輩が“不憫”なんだ……?

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