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知己との遭遇

 予想だにしなかった早瀬の出現に、完全に虚を衝かれた俺は、口をぽかんと開けて、振り返った姿勢のまま、石像のように固まった。

 そんな俺を前に、早瀬は、その大きな目をパチクリとさせながら、小首を傾げた。


「……どうしたの、高坂くん? ……ん? ――おーい、聞こえてますか~?」


 と、早瀬は呼びかけながら、俺の目の前で掌を左右に振ってみせる。

 そこで漸く、俺は我に返り、大きく仰け反った。


「は――は、早瀬ぇ……さぁんっ? な……何で……何で、ここにいるのおっ?」

「――オレが呼んだからだよ、ヒカル!」


 俺の問いに答えたのは、早瀬ではなく、病室の奥から顔を出したシュウだった。

 左腕を三角巾で吊り、グレーのパーカーを肩に羽織ったシュウは、爽やかな笑みを浮かべていた。


「お……『オレが呼んだ』って……な、何でだよ?」


 まだ衝撃から立ち直れていない俺は、シュウに向かって、率直な疑問をぶつける。

 それに対して、シュウは右手で首筋を掻きながら、事も無げに答える。


「いやぁ……、この前、オレが事故った時に、お前と早瀬が一緒に遊んでたんだろ? つー事はさ、早瀬にも迷惑を掛けたって事だから、ここは詫び代わりにと思って、LANEで誘ってみただけだよ」

「急な話だったから、ビックリしちゃったよ~」


 シュウの言葉に、早瀬はニコニコと笑って頷いた。


「LANEが来るまで、工藤くんとID交換してた事も忘れてたし……」

「あれだよ。ヒカルのLANEIDを教えた時に、ついでにって交換したじゃん」

「そうそう! 全然覚えてなかったよ~」


 そう言って、爽やかな笑顔を交わすシュウと早瀬。……その様は、仲良くじゃれ合う、お似合いの美男美女カップルにしか見えない。


「……」


 ……俺は、胸の中にモヤモヤとしたどす黒いものが湧くのを感じた。何か……物凄く気分が悪い。

 ただ、そのどす黒いものが、誰に対してのものなのかは――解らない。

 それは、シュウに対してなのか、

 ――それとも……。

 と、その時、


「ねえ……さっきから、気になってるんだけど……」


 口を挟んできたのは、おばさんだ。

 おばさんは、指でシュウと早瀬を交互に指さしながら、微かに期待を込めた表情を浮かべ、おずおずと尋ねる。


「ひょっとして……あなた……早瀬さんって、秀の彼女さん……なの?」

「「へ――?」」


 ふたりは、目をまん丸にしてお互いの顔を見合わせ、次いで、俺の顔を見るや、


「ぷ……ぷははは! そ、そんな訳ねえじゃん、おふくろ! オレと早瀬は、ただの知り合いだよ!」

「ち……違うよ、高坂くん! 私は、工藤くんとは別に――!」


 シュウは、腹を抱えて笑い転げ、早瀬は、慌てた様子で、俺に向かって(かぶり)を振った。


「あら……そうなの。ちょっと残念」


 ふたりの言葉を聞いたおばさんは、安堵ともガッカリしたとも取れる表情を浮かべて苦笑した。

 一方、俺は、


「いや……大丈夫。ちゃんと解ってるからさ……うん」


 早瀬とシュウに向かって、引き攣った笑いを浮かべるのだった。

 ――と、その時、やにわに扉の向こうが騒がしくなった。


「……ほら、お父さん! 何をモタモタしてんのよ! シュウちゃんの病室、ここだってば!」

「ちょっと、うーちゃん! 廊下は走っちゃダメだって、さっきの婦長さんも言ってたでしょ! また怒鳴られちゃうよ!」

「ねえ……ふたりとも、静かにしなさいよぉ! お母さん、また怒られるの嫌だよ~!」


 そんな、(やかま)しい叫びが聞こえたかと思いきや、けたたましい音を立てて、入り口の引き戸が一気に開け放たれた。


「シュウちゃ~ん! 来たよ~ッ!」

「シュウく~ん! 退院、おめでと~っ!」

「だから……病院で騒がないでって言ってるでしょうが!」


 全開になった入り口から、雪崩れ込むように入ってきたのは、見知った顔の女三人である。

 ――つか、マジでうるせえ。

 ハル姉ちゃんと羽海は、肘を張り合って、お互いに牽制し合いながら、シュウに向けて黄色い声を張り上げるし、それを咎める母さんも、すっかり頭に血が上った様子で金切り声を上げてるし……。

 ……この506号室が個室で良かった。

 でなければ、同室の患者さん達にナースコールを16連射されて、たちまちの内に、さっきの婦長さん率いる看護師一個中隊が、俺たちの排除の為に駆けつけてくる事であろう。

 ……正直ここは、さっきと同じく、全力で他人のフリをしたいところだが、その願いは叶わなかった。

 先頭で部屋に乱入した羽海が、目敏く俺を見付けて、目を吊り上げたからだ。


「あ――ッ、愚兄みっけ!」


 そう叫ぶや、力強い踏み込みで俺との間合いを詰めると、目にも留まらぬ速さで、俺の鳩尾に捻りを利かせた右拳を叩き込んだ。


「ぐぶ――ッ!」


 慈悲の欠片もない一撃に、俺は堪らず、身体をくの字に折る。

 そんな俺の頭上から、羽海が憤怒に満ちた声を投げつけた。


「アタシたちが、あの婦長(オーク)に捕まってる間に姿を消しやがったと思ったら……何、ひとりで抜け駆けしてシュウちゃんと一番に会ってんだ、コラぁっ!」

「い……いや……、あ、あの騒ぎって、俺、無関係じゃん……! お前らが、勝手にはしゃいで――で、ででででで!」


 妹にアント○オ猪木ばりの卍固めを極められ、俺の抗議の声は、途中で苦痛の声に変わる。


「うるさぁい! 愚兄のクセに生意気だぁ!」

「じゃ……ジャイアニズム反た……い痛つつつつッ!」


 羽海の容赦の無い締め上げに、俺の脇腹と肩が悲鳴を上げる。

 と、


「ちょっと、羽海ちゃん。ちょっとやり過ぎ。そろそろ止めてあげな」

「――! あ、シュ、シュウちゃん! ゴメン!」


 シュウの鶴の一声は、羽海には効果覿面だった。上ずった声を上げたかと思ったら、あっさりと卍固めを解く。

 病院の床の上に崩れ落ちる俺には目もくれず、羽海は科を作りながら、シュウを上目遣いで見た。


「……ごめんなさい、シュウちゃん。ちょっと、やり過ぎちゃった……カモ」

「うん。言われたらすぐに止めて、羽海ちゃんは偉いな!」

「うぇ、うえへへへへ……」

「……い、いや、謝る相手が……違くね?」


 シュウの言葉に、溶けかけの雪だるまのような表情を浮かべる羽海に、俺は息も絶え絶えで抗議をするも、当然の様に無視された。

 ――と、


「しゅ、シュウくん!」


 突然、雷に打たれたかのような声を上げたのは、ハル姉ちゃんだった。

 棒立ちになったハル姉ちゃんは、ワナワナと震えながら、早瀬を指さして、シュウに尋ねる。


「こ……この子――! 一体誰なのっ? ま――まさか、か……彼女ッ?」

「「か――彼女ォッ?」」


 ハル姉ちゃんの悲鳴に近い声に、羽海と母さんも目を剥いて叫んだ。……いや、羽海はともかく、何でアンタも加わっとんねん、母さん……。

 シュウは、目を瞬かせながら、三人の顔を見回すと、堪えきれずに吹き出した。


「いや、違うって! ――何だよ、おふくろといい、みんなといい……!」


 と、シュウは苦笑を浮かべつつ、手のひらを上にして早瀬を指しながら、皆に向けて言った。


「この子は、まあ、ひょんな事(・・・・・)から知り合った学校の友達で――」

「あ、ひゃい!」


 突然、喧しい某新喜劇みたいな俺たち家族を目の当たりにして、呆然とした様子だった早瀬は、シュウの言葉でハッと我に返ってコホンと咳払いをすると、ペコリと頭を下げた。


「えっと……はじめまして! 私は――工藤くんや高坂くんと同じ高校で同じ学年の、早瀬結絵っていいます。ええと……よろしくお願いし――」

「は、はやせ! 早瀬っていうの、あなた?」


 早瀬の挨拶を、興奮した様子で途中で遮ったのは、ハル姉ちゃんだった。

 ハル姉ちゃんは、目を爛々と輝かせながら、早瀬に近付き、鼻息を荒くしながら、こう尋ねた。


「あなたが早瀬ちゃんねっ! この前、ウチのひーちゃんとデート(・・・)したっていう……あの、早瀬ちゃんッ!」

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