Thunderstrike
「ふふふ~♪ どう、ビックリした?」
何故かドヤ顔のハル姉ちゃんの言葉に、俺は素直にコクコクと首を縦に振った。
「び……ビックリするだろ、これは……」
――まるで別人じゃないか? 俺は、思わず目を見開いて、諏訪先輩らしき眼前の美女を凝視する。
「でしょう~! いやぁ~、正直私も、ここまでとは思わなかったわよー」
そう言いながら、エヘンと胸を張ってみせるハル姉ちゃん。
そして、もじもじと身を丸くしようとする諏訪先輩をまっすぐ立たせ、指を差しながら、彼女のイメチェンの解説を始める。
「まずは、私行きつけの美容院に行って、ヘアカットとヘアカラーね。スミちゃんは、真っ黒な髪の毛が腰まで伸びてて、重たい印象だったから、思い切って、ミディアムまでバッサリとカットして、シャギーして、少しだけ茶色に染めたの。それだけでも、全然見違えたでしょう?」
「た……確かに……!」
俺は、ハル姉ちゃんの解説に、大いなる同意を示す。
ハル姉ちゃんの言う通り、以前の諏訪先輩の髪は、長い上に櫛を通していないように纏まりなくボサボサしていた。こう言っては何だが、まるで、テレビ画面から這い出てくる、某怨霊を彷彿とさせていたのだった。
それが、髪を肩の辺りまで切り、キチンとブラッシングした事で見違えた。その上、施したヘアカラーの効果も相俟って、かなり軽い印象を、見た者に与えている……。
感服した俺の様子を見て、ハル姉ちゃんはふふんと自慢げに鼻を鳴らすと、更に解説を続ける。
「美容院の後は、色んなブティックを見て回っての、洋服選びね」
「ほうほう……」
「スミちゃんが着てきた服は、ちょっと地味すぎたから、最終的には、上から下まで全取っ替えになっちゃったけどね……。ええと――まず、下着はぁ……」
「ほ! ほうほう……ッ!」
「ちょ、ちょっと、ハルちゃんさんッ! そ……それは、高坂くんの前では言わないで……!」
ハル姉ちゃんの言葉に、思わず前のめりで身を乗り出した俺。しかし、諏訪先輩は、慌ててハル姉ちゃんの口を押さえる。
ハル姉ちゃんも、ハッとした顔をすると、
「あ、ごめんごめ~ん。さすがに、男の子の前で、下着の話はNGだよね」
軽い感じで謝る。
「と……当然です!」
諏訪先輩は、顔を真っ赤にして、頬を膨らませる。
と、ハル姉ちゃんは、俺の方を見ると両手を合わせて、軽く頭を下げてきた。
「ひーちゃん。残念ながら、下着の話はダメだって。期待させちゃってごめんね~」
「な――何言ってるんだよ! お……俺は別に……し、下着なんかにきょ……興味なんか――!」
――はい、嘘です。
『んなモン、メチャクチャ興味あるわ! 健康的な高校一年生の、ソッチ方面の探究心をナメるなボケェ!』
と、叫び出したい衝動を、必死で心の中に圧し殺し、俺はポーカーフェイスを気取ってみせた。
……そんな俺の顔を、懐疑心満々のジト目で睨む諏訪先輩。……うう、視線が刺さって痛いよう!
「じゃあ、下着の話は置いといて……」
――だが、俺と諏訪先輩の間に流れる重い空気には全く頓着せず、ハル姉ちゃんは、マイペースに解説を続ける。
「――取り敢えず、スミちゃんは、ふたつ良いモノを持ってるから、それを強調する為に、クリーム色のハイネックセーターを着せてみました!」
……ハル姉ちゃん、グッジョブ!
俺は、諏訪先輩に気取られぬよう、必死で目を逸らしつつ、諏訪先輩の盛り上がった胸部を視界の隅で捉えて確認すると、心の中でハル姉ちゃんにサムズアップした。
「ボトムスは、ブラウンのプリーツスカートで、可愛らしさと大人っぽさを同時に表現してみました♪ 靴は黒のショートブーツね。これでシックさをマシマシっ!」
「マシマシ……って、ラーメンじゃないんだからさ……」
俺は、ハル姉ちゃんの言葉のチョイスに呆れる一方、服を選ぶセンスには感服していた。
どことなく大人っぽい諏訪先輩のイメージに、良く合ったコーディネートだ――と、素直に思った。
「――それでねぇ。最後は、化粧品選びね。やっぱり、『顔は女の命』だから」
そして、ハル姉ちゃんの解説は、先輩の顔回りに及ぶ。
「……って言っても、そっちはほとんど弄ってないんだけどね。軽くファンデ塗って、眉を整えて、肌が青白すぎるから、頬にチークを塗って、薄くリップを引いたくらい。……スミちゃんはまだ若いし、元々きれいな顔してるから、それだけでも充分なんだってぇ」
「き……キレイなんて……。そ、そんな事ないです」
ハル姉ちゃんの言葉に、頬を真っ赤に染めた諏訪先輩が、激しく頭を振った。
「い……今まで、誰からもそんな事を言われた事がなかったし……。あれは、ただの店員さんのセールストークだと思います……」
「え~、そうかな? 私も、スミちゃんはキレイな顔立ちだと思うよ。今までは、ファッションに頓着しない格好だったから見えなかっただけで。――まあ私は、この前、スミちゃんの顔を見た瞬間、判ったけどね。『この娘は、ダイヤの原石じゃ~!』――って」
ハル姉ちゃんは、そう言って首を傾げると、クルリと俺の方を向く。
「ね? ひーちゃんも、そう思うでしょ?」
「ふぁ、ファッ?」
いきなり質問を振られて、俺は声を裏返した。
「な……何だよ、いきなり……!」
俺は、目を白黒させながら、やにわに左胸が熱くなるのを感じていた。
ハル姉ちゃんは、ニヤニヤ笑いを浮かべながら、俺の脇を小突く。
「で……どうなの? スミちゃんの事、キレイだって思う~?」
「ど……どうって言われても……なぁ」
俺は、返答に詰まって、目を泳がせる。――と、偶然、諏訪先輩とまともに目を合わせてしまった。
その瞬間、諏訪先輩は顔全体を真っ赤にして、眼鏡の奥の目を伏せる。
――俺は、諏訪先輩の挙措に思わず目を奪われ、
「……良い」
……気が付いた時には、そう口走っていた。
そんな俺の呟きを耳にした瞬間、諏訪先輩は目を大きく見開いて、ビックリした顔を俺に向ける。
「――ッ!」
「ほらぁ! ひーちゃんも良いって言ってるじゃない!」
ハル姉ちゃんが、心底嬉しそうに、諏訪先輩の手を握ってピョンピョンと跳ねた。
「自信持って! こう見えてもひーちゃんは、毎日私を見て、目が肥えてるんだからね。そんなひーちゃんのお墨付きなんだから、大丈夫だよ~!」
「……おい、ドサクサに紛れて、さり気に自分をアゲるなよ、ハル姉ちゃん……」
俺は、冷ややかな目で跳ね回るハル姉ちゃんを見る。
と、
「……高坂くん」
諏訪先輩が、俺の事を呼んだ。
俺は、何気なく諏訪先輩の方に目を向け、
「あ、はぃ……」
思わず言葉を喪った。
何故なら……、
「……ありがとうね、高坂くん。――嬉しいわ」
そう言いながら、屈託のない微笑みを浮かべた諏訪先輩の顔を見た瞬間、特大の稲妻が俺の心を切り裂いたからだ――。
今回のサブタイトルは、AC/DCの『Thunderstruck』から採りました。
因みに『Thunderstruck』の意味は雷鳴。『Thunderstrike』だと、『ひどく驚かせる』という意味になる様です。
ラストのヒカルの心情にピッタリですね!
『Thunderstruck』は、本家AC/DCバージョンもいいですが、BEATCRUSADERSのカバーバージョンもイイですよ(≧▽≦)
 




