To Tell the Trues
病院の屋上には、晩秋の涼しい――寧ろ、少し寒い風が吹き、干されたシーツをはためかせていた。
冷たい風に当てられた俺は、ブルリと身体を震わせ、上着を着てくれば良かったと、心中秘かに後悔する。
パジャマ姿のシュウが気になって、チラリと振り返るが、ヤツはしっかりと暖かそうなウインドブレーカーを、肩に羽織っていやがった。
「……あ、あの、ヒカル……寒くないか? そんな格好で……」
シュウは、心配そうな顔をして、おずおずとした様子で俺の事を気遣う。
「あ……良かったら、オレのウインドブレーカー、着るか? 別にオレは平気だから――」
「だーっ! 要らねえよ! お前が着とけっ、入院患者!」
羽織っていたウインドブレーカーを脱ごうとし始めるシュウを、慌てて強い口調で拒絶した。……確かに寒いけど、さすがに、パジャマ姿の怪我人から、上着を剥ぎ取るような真似はしない。
俺に一喝されたシュウは、萎れたタンポポのような顔をして、脱ぎかけたウインドブレーカーを肩にかけ直した。
「さて……」
俺は、ゴホンと咳払いをして、本題に入る。
「……一応確認するけど――シュウ、俺が何でキレてるか……その理由は、しっかりと把握してるんだよな?」
「あ……うん――いや、ハイ……」
俺の言葉に、ハッとした顔をしたシュウは、俯きながら小さく頷いた。
そんなシュウに、冷たい視線を送りながら、俺は静かに問いを重ねる。
「じゃあ……何で怒ってるのか、説明してみ」
「あの……オレが……事故に遭って……、本当は全然平気だったのに、お前にドッキリを仕掛けたくなって、重体だと思わせた事――」
「……それで?」
「……そ、それで、お前を物凄く心配させた事……です」
「――そうだな。……あとは?」
「あ……あとは……?」
俺の言葉に、シュウは当惑の表情を浮かべた。
だが、すぐにハッとした顔になって、右手の人差し指を立てて言った。
「そ――そうか! お、オレが馬鹿やって巻き込まれた事故のせいで、お前が早瀬とのデートを切り上げなきゃいけなくなった事――!」
「ちっげーよ!」
シュウの確信に満ちた答えを、俺は慌てて否定する。
俺の絶叫に、シュウは目を見開いて、身を縮こまらせる。
「――! あ、違うの……?」
「違えよ! は、早瀬とはデ、デデ――デートでも何でもねーし! ただ、映画を観に行ったっていうか……引きずり込まれて鑑賞に付き合わされたっていうか……て、そういう事じゃ無くって!」
自信に満ちた自分の答えを俺に否定され、意外そうな顔をするシュウ。俺は、ブンブンと首を横に振りながら、興奮して捲し立てる。
「親友が事故に遭ったなんて聞いたら、たとえ早瀬とのデートだろうが何だろうがうっちゃって、お前の所に駆けつけるに決まってんじゃねえかよ! 言わせんな恥ずかしい!」
「!」
俺の口走った叫びに、シュウは目をまん丸くして驚いていた。――驚くなよ。お前よりももっと驚いているのは他でもない――俺だ。
正直、ここまでぶっちゃける気は無かったのだが、つい、口が滑った。
だが、これで箍が外れてしまった。――もう、止まらない。
「――やっぱり、お前分かってねーわ! 全然分かってねーよ! 俺があの時、どれだけお前の事を心配してたのかなんてさ!」
「……」
「子どもを助けようとしてトラックに撥ねられたなんて、本当にお前らしいよ。何が馬鹿らしいだ! 誇れよ! そんな理由で命張るなんて、他のヤツにはそうそう出来る事じゃない。……少なくとも、俺にはとても無理! だから俺は、お前が事故に遭った事を咎める気なんて、さらさら無い!」
「……ヒカル」
「だけど!」
すっかり頭に血が上った俺は、吹く風の音に負けまいと、更に声を張り上げる。
「だからって、俺をコケにしようとして、ドッキリを仕掛けた事は許せねえ! あの時も言ったけど、俺がどれだけお前の身を案じて、一分でも一秒でも早く病院に着けるように急いだと思ってんだよ?」
「……うん、本当にごめん……」
シュウは、蚊の鳴くような声で俺に言うと、そのでかい図体を小さくした。
「本当に心配したんだぞ! お前がどういう容態なのか全然分からなくって……万が一、お前が死んじまったらって思うと――今にもおかしくなりそうで、必死で頭ん中でその考えを打ち消しながら自転車を漕いだりして……!」
「……うん」
「だから、それがドッキリで、お前がピンピンしてるって分かったら、その心配とか不安とかが一気に怒りに変換されたんだよ。だから――」
俺は、そこで一旦言葉を切ると、大きく息を吸い込んで、――今まで溜まりに溜まった様々な思いを全部込めたものを、肚の底から一気に吐き出した。
「今の俺の怒りの大きさは、俺がどれだけお前の事を心配してたかの裏返しなんだよ! それが分かったのなら、二度と、命がどうのっていう不謹慎な冗談で、俺に心配かけさせるような真似すんじゃねえぞバ――――――――カッ!」
「――っ!」
俺の心の叫びに、シュウは目を見開き、ピンと背筋を伸ばす。
一方、思いの丈を精魂込めてぶちまけた俺は、ゼエゼエと息を切らしながら、もう一度シュウの顔を睨みつけ、言葉を継いだ。
「あと、もうひとつ!」
「――ハイ!」
俺の言葉に、シュウは顔を引き攣らせつつ、もう一度直立不動になる。
そして、俺はツカツカとシュウに歩み寄ると右手を振り上げ――、
爪先立ちになって、その肩にポンと手を置き、静かに言った。
「――無事で良かった。……ホッとしたよ」
「! ひ、ヒカル……」
「……ホントは、日曜日にすぐ言いたかったんだけど、お前があんなコトするから言いそびれちゃった」
「……」
「――早く治して、学校に来いよ。……やっぱ、お前がいないとつまらないからさ」
「……う、うう……」
俺の掌に、雫が二・三滴、当たって弾けたのを感じた。
おや……雨かな?
「……っ!」
何の気なしに上を振り仰いだ俺はギョッとする。
「うう……うううう~……」
あのシュウが、整った顔をクシャクシャに歪めて、まるで昔の頃の様に涙を流していたからだ。
俺は、久しぶりに見たシュウの泣き顔を見て、大いに狼狽えた。
慌てて目を逸らし、見なかったフリをすると、
「よ――よし! 話は終わりだ! ……っつーか、屋上寒いな! は……早く、下に戻ろうぜ――」
と、わざとらしく明るい声を出しながら、歩き出そうとする。
――が、
「……ちょっと待って」
シュウの右手が伸び、俺の腕を強く掴んだ。
「ひゃ――ひゃいっ?」
俺はビクリと身体を震わせ、声を裏返した。
……シュウの言葉のトーンに、何とも言えない凄味を感じたからだ。
俺は、口の端を引き攣らせて、無理矢理笑い顔を作りながら、恐る恐るシュウに尋ねた。
「ど……どうしたの、シュウくん? お……俺の話は、もう終わったんだけど……」
「……お前の話は、な」
シュウは、頬を伝う涙を拭いもせずに、俺の目をジッと見つめて言う。
俺は、さっきとは打って変わった……正に蛇に睨まれた蛙状態で、身体を硬直させたまま、シュウの口から紡がれる言葉を聞くしか無い……。
そんな俺を前に、断固とした決意を秘めた様子で、シュウは静かに言った。
「実は……オレも、お前に言いたい事があるんだ。ヒカル」




