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怒rastic My Soul

 「……『よろしくね』って言われてもなあ……」


 さっき、シュウのおばさんにかけられた言葉を思い出しつつ、俺は思わずそう呟いて、506号室のドアの前で頭を掻いた。


「……何か、変なプレッシャーで緊張してきちゃったじゃないかよ……」


 ――とはいえ、ここまで来て回れ右する訳にもいかない。


 覚悟を決めてきたんだ。

 ……シュウとキチンと話をするって。


 ――そう、自分にそう言い聞かせながら、高まる鼓動を落ち着かせようと、息を深く吸い込む。そして、ドアの取っ手に手をかけ、ゆっくりと横に引いた。

 ドアの下のコロがレールを走る小気味よい音がすると同時に、生温かい風が、俺の頬と髪を撫でて通り過ぎていった。


「……」


 俺の視界に映ったのは、窓際に据え付けられた白いベッドと、半分ほど開けられた窓から入る風に煽られて、パタパタとはためく真っ白なカーテン。

 だが――、


「……あれ? ――シュウは……?」


 俺は、ベッドの上に横たわっているはずのシュウの姿が見えない事に、戸惑いの声を上げた。

 が、すぐにその理由に気付く。

 ベッドの中央が、不自然に盛り上がっていたからだ。

 俺は、思わず吹き出しそうになるのを必死で堪えつつ、ゆっくりとベッドへと近付く。


「……おーい、シュウ」

「……」

「見舞いに来てやったぞー。どこだー?」

「…………」

「おーい、出てこーい」

「……………………」


 俺が声をかけても、シュウからの返事は無い。ただ、俺が呼ぶ度に、ベッドの上の盛り上がったシーツが、ビクリビクリと蠢くだけだった。

 俺は、ジト目でシーツの膨らみを睨みつける。


「……」

「……」


 ……それでも、シーツの中身は何も言わない。

 焦れた俺は、中身(・・)に聞こえるように舌打ちをすると、わざと大きな足跡を立てて、ドアの方へ歩を進める。

 そして、すまし顔で聞こえよがしに言ってやった。


「おかしーなー。シュウくんがいないぞ~? どこに行っちゃったのかな~?」

「……」

「残念だなぁ~! せっかく逢いに来たのになあ~」

「……」

「――せっかく古本屋を回って揃えた、『極め角刃』全20巻を貸してやろうと思って、わざわざ持ってきたのになぁ~。……いないんならしょうがない。持って帰っちゃおうかなぁ――」

「――ま、待て、ヒカルッ!」


 その時、俺の背中越しに、シーツが舞い上がる音と一緒に、テキメンに慌てた声が上がった。


「――居るから! オレ、居るからッ! 帰らないでくれ! 頼む……」


 懇願する声に、俺はくるりと振り返る。

 ――今度は、青縞のパジャマ姿で三角巾で左腕を吊ったシュウが、掛け布団を撥ね除けた格好のまま、青ざめた顔でベッドの上で膝立ちしていた。

 だが、俺は、素知らぬ顔で再び前を向き、ドアの取っ手に手をかける。


「……あれ~、おかしいなぁ。何か幻聴が聞こえた上に、幻覚まで見えたぞ~。――疲れてんのかなぁ。帰って寝るべ――」

「げ――幻覚じゃないよ! 居るから! ちゃあんと居るから、オレ――」

「ッ分かっとるわ、ボケェ!」


 頃合いかと、俺は目を吊り上げ、クルリと振り返って怒鳴った。

 突然の怒鳴り声に驚いたシュウは、ビクリと身体を震わせ、目をまん丸くしたまま、ベッドの上で硬直する。

 そんな滑稽なシュウの顔に、こみ上がる笑いをどうにか噛み殺し、俺は仏頂面を湛えながら、ツカツカとベッドに向かって近付いていく。

 そして、俺なりにドスを利かせた声で、縮こまるシュウを猶も怒鳴り立てる。


「な~に、下手なかくれんぼしとんねん! 名前を呼ばれたら、さっさと返事せんかい! 幼稚園の時に、お前が大好きだったユミ先生も言ってただろうが! 忘れたのか、オイ!」

「あ……いや……忘れて――ない……けど……」

「だったら、実践しろやああ!」

「す――スミマセン!」

「あと――!」

「あ――ハイッ!」


 コメツキバッタのように、ペコペコと頭を下げるシュウを前に、俺のテンションは妙に上がり、更に言葉を撒き散らしてみる。


「この野郎、俺がいくら呼んでも出てこなかったクセに、『極め角刃』を持ってきたって言った瞬間にノコノコ顔を出しやがって! ……まあ、そうだよなぁ! お前、あんなに読みたがってたもんなぁ! ――俺が見舞いに来たよりも、『極め角刃』の方がよっぽど大切ってか? ゴラぁ!」

「い――いや! そ……それは違う! 嬉しいって!」

「……『極め角刃』が読めて?」

「いや、だから違うってぇ!」


 執拗にチクチク突っついてやる俺に、顔を真っ赤に染めつつ、遂に絶叫するシュウ。

 

「オレは、マンガなんかより……お前が来てくれて、嬉しいんだよぉぉぉぉっ!」

「……ば、馬鹿っ! 声が大きい……」


 野球部で鍛えられた声帯を存分に駆使したシュウの絶叫に、俺は思わず耳を押さえながら窘めた。


「な……何、そんなバカでかい声で、そんな小っ恥ずかしい事を……」

「言わせたのは、ヒカルの方じゃないかよぉぉぉぉぉっ!」


 更に大音声で捲し立てるシュウ。……心なしか、その目が潤んでいるような気が――しないでもない?

 コッチはコッチで、恥ずかしくて、熱くなった耳が灼け落ちそうだ……。


「分かった! 悪かった! ちょっとからかいすぎた……ごめん」


 とにかく、シュウを落ち着けようと、謝る俺。

 ……あれ? つか、何で俺が謝る流れになってるんだ? だって、そもそも――!


「……て、おい、シュウ!」


 気を取り直した俺は、再び眦を上げると、厳しい口調でシュウに言った。

 俺の言葉に、ハッとしたシュウは、神妙な顔をしながら、ベッドの上に正座する。

 それを見て、俺は人差し指で真上を指しながら言った。――有無を言わせぬ口調で。


「――屋上へ行こうぜ……。久しぶりに……キレちまってるんだよ――先週の件で、な」

 今回のサブタイトルの元ネタは、TVアニメ『スクライド』のエンディングテーマ『Drastic My Soul』です。

 『スクライド』は、主人公・カズマ役の保志総一朗さんが『機動戦士ガンダムSEED』のキラ・ヤマト役を演じる直前の作品で、アツい人間ドラマがめちゃくちゃ心にぶっ刺さりますので、未視聴の方は是非とも観てください(ダイマ)!


 あと……ヒカルが全巻持ってきた『極め角刃』の元ネタは……題名を読めば、まあ、お解りだとは思いますが、鬼め……うわなにをするやめ――!

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