気鬱のやり場
本当に色々ありすぎた日曜日の翌日――。
登校した俺は、机に鞄を置く間もなく、血相を変えたクラスメート達に囲まれる事になった。
級友達は、クラス全員の注目を浴びるという人生初の経験で、生まれたての子鹿のようにブルブルと怯える俺に向かって、次から次へと質問を浴びせまくった。
曰く――、
「――おい! 工藤が車に轢かれたってマジかよ!」
「大丈夫なの、工藤くん……?」
「つか、工藤が轢かれたのは、車じゃなくて特急列車だったってマジか?」
「え、そうなの? オレは、部活の練習中に、150キロのストレートが頭に直撃したって聞いたけど……」
「だからぁ、直撃したのは、150キロのストレートじゃなくて、150キロで走ってきたトラックだって――!」
「――あたしが耳にしたのは、トラックの方が大破して、運転手が病院送りにされたって話だったけど?」
――などなど。
どうやら、みんなが耳にした情報が錯綜しすぎて、もはや訳が分からん事になっているようだ。噂が噂を呼んだ上に、余計な尾ひれが付きまくって、雪だるま式にデマと誤情報が絶賛拡散中の模様である。
稀に良くある『伝言ゲームの法則』ってヤツだ。
……つかさあ、
いくらあのシュウでも、さすがに特急電車や150キロのトラックにぶつかったら、入院じゃ済まねえよ。そのぐらい、常識で判断していただきたいものだ……。
結局俺は、朝のホームルームが始まるまでの間、嘘・大げさ・紛らわしい、そしていい加減極まるクラスメートのシュウ安否情報を、ひたすら修正する事に忙殺される事になった。
(――何で、朝っぱらからこんなに疲弊せなアカンのや! ……しかも、昨日、俺にあんなに酷いドッキリを仕掛けやがった、あの野郎の為に……!)
俺は、そんなやり場の無い苛立ちと怒りを覚えながら、石臼で挽き潰されるように、精神力をゴリゴリと削られていくのだった。
が、俺が一通り、皆の誤解を解き、やっとの事で『シュウはトラックに轢かれたけれど、軽傷でピンピンしている』という正しい情報を浸透させた後は、朝の多忙っぷりが嘘のように、俺の境遇は一変した。
授業の合間の休み時間、仲の良いクラスメート同士が三々五々集まって、あちこちでバカ話や恋バナやスマホゲームで盛り上がっている間、絵に描いたように孤立した俺は、ポツンと自分の机で小さくなっていた。
教室はこんなに騒がしいのに、俺の机の周囲だけは、まるで静かな湖畔の森の奥の如き静寂に包まれている……。
…………久しぶりだ、こんな疎外感。
いつもだったら、俺の隣にはシュウが居て、やれ昨日観たTVがどうの、やれ算数が悪魔の学問だだの、やれ駅前のタコ焼き屋のソースがマジ美味えだのと、下らない話をしているのだが――、今日の俺の隣には、不自然なスペースがぽっかりと空いているだけだ。
(……つまらないな)
あいつ一人いないだけで、俺はクラスでこんなに孤立してしまうのか……。
――心外極まる事だが、如何にいつもの俺がシュウの存在に救われていたのかを、否が応にも思い知らされる。
同時に、俺の筋金入ったコミュ障っぷりもだが……。
(……て、そんな事を、いつまでもグジグジ考えても仕方が無いよな……)
俺は、滅入りがちになる気分を何とか奮い立たせようと、両掌で自分の頬を軽く叩いた。
現実問題として、今この場にシュウは居ないのだ。居ないヤツの事をアテにしていてもしょうがない。――そうだろ?
これから暫くの間、俺は一人っきりで、授業の間の休み時間や、50分もある昼休みを過ごさなければならないのだ。のっけからこの調子では、俺の精神力はとても保たない。
何か……何か無いか?
このぼっち時間を、周りに怪しまれる事無く過ごし、次のチャイムまで凌げる妙手は――。
俺は、行き場の無い視線を窓の外に向け、「お空キレイ」を装いつつ、必死で思案を巡らせる。
と――、
「――っ!」
画期的な打開策が、まるでニュータイプに目覚めたどこかの天パの様に、俺の眉間の間を稲光となって走った。
俺は、自分の灰色の脳細胞の冴えっぷりに驚嘆を覚えつつ、善は急げとばかりに、思いついた作戦を早速実行に移す。
「……ふぁああ」
俺は、大げさに欠伸をして、両手を頭上に上げた。
「……な、なぁんか眠くなってきちゃったなぁ。うん、眠くて眠くてしょうがないぞう。――ちょっと、寝てようかなぁ~、うん」
俺はさり気なく……そして、周りにハッキリと聞こえるように呟くと、わざとらしい欠伸をしながら、机の上に突っ伏す。
――そう、
これぞ、必殺技『ボッチの呼吸・壱の型 寝狸』である(今名付けた)!
説明しよう!
これは、いかにも眠くてしょうがない体を装い、机の上へ身体を伏せる事で、周囲の視線を躱す効果が期待でき、尚且つ、他人と接触せずひとりでいる事に対して、「寝ているから」という無理のない理由付けが可能。更に、周囲に「寝ている人を起こしてはいけない」という心理を励起する事で、ATフィー○ドばりの心理的防御壁の構築も出来るという、攻防一体の絶技なのだ(ナレーション・千○繁)!
(ふははははは! 我、勝てりッ!)
俺は、伏せた顔に不気味な笑いを浮かべつつ、胸の中でガッツポーズをする。
――『一体、何に勝ったんだ?』という、至極真っ当で冷徹なツッコミが頭を過ぎったが、華麗にスルーを決め込んだ。
――とにかく、この技を駆使すれば、休み時間は当分凌げる。
案外、チョロいじゃねえか……。
「……」
「…………」
「……………………」
――つまんね。
やっぱり、アイツがいないと……。
今回のサブタイトルは、あの大人気マンガ『鬼滅の刃』から――あ、ごめんなさい! 石は投げないでぇっ!
 




