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ヒカルの怒(ど)

 「は……は――」

『? もしもし? もしもーし?』

「は……は……」

『……あれ? 繋がってない? 電波悪いのかなぁ……』

「あ――ち……ちが――」

『……もう一回掛けなおした方が良いかなぁ……』

「! あ――あの! だ、大丈夫! 聞こえてるよ、早瀬さん!」


 ようやくまともに声が出た。突然の早瀬の声にビックリしたせいで、声帯が麻痺してしまい、まともな仕事をしなかった……。


『あ、良かった! ちゃんと聞こえてるんだね!』


 スマホのスピーカーの向こうから響く、早瀬の可愛らしい声が弾んだ。まるで本人が耳元で囁いているようなクリアな音声に、俺の心臓も、まるで悪路を走破するオフロードカーのように、激しく跳ね上がる。

 まったく……最近のスマホの性能はすげえぜ。技術革新バンザイ!


『もしもーし? あれ? やっぱり、電波遠い?』

「あ……ご、ごめん! つい、意識があらぬ方に……」


 テクノロジーの進歩に快哉を叫んでいる場合じゃ無かった事に気が付いて、俺はスマホを耳に押し当てる。


「び……ビックリしたよ。――早瀬さん、いつの間に俺の電話番号を知ったの?」

『えー、そんなのカンタンだよ。だって、私と高坂くん、LANEID交換してるじゃん。高坂くんは、電話番号公開設定にしてるから、それ見たらすぐだよー』

「で、電話番号公開設定? そ……そんなのあるのか……」


 知らなかった。今の今まで、LANEにそんな項目がある事なんて……。


『私は、変な電話が良くかかってきちゃうから非公開に設定してるけど、高坂くんも非公開にしといた方が良いかもね!』

「そ……そうだね。そうするよ」


 早瀬の有り難いアドバイスに、電話越しに大きく頷きまくる俺。――まあ、LANEIDなんか、殆ど交換した事も無いし、する未来も皆無な俺には、あまり関係無い事なのかもしれないけどね……。


『まあ、LANE友だったら、LANE通話って手もあるんだけど、私、今月ちょっとパケ死にしそうだから……。電話だったら、話しホーダイプランで、通話無制限だしね』

「ふ、ふーん……そうなんだ……」


 LANE通話? ……そんなのもあるのか? えぇい、LANEの機能はバケモノかっ!


『て……そんな事より、工藤くん、大丈夫だったの? トラックに撥ねられて、三十メートルくらい吹き飛んだとか言ってたけど……』


 と、尋ねる早瀬の声に、心配そうな響きが混じる。


「……いや、俺、そこまでは言ってないような気がするんだけど……。だ――大丈夫だった……いや、そこまで大丈夫でも無いか……。ウチの母さんから聞いたんだけど、左脚の骨折と、頭を強く打っただかで、当分の間は入院生活らしいからね……」

『頭――? だ、大丈夫なの、それ?』


 早瀬が驚いて息を呑んだのが、スマホ越しにも分かった。

 俺は、思わず微笑みを浮かべて答える。


「まあ……一応CTだかなんだかを撮った結果、異常無しっぽいから、平気でしょ。寧ろ、打ち所が良くて、メガネかけたガリ勉キャラになって戻ってくるかもよ」

『あははは……』


 俺の冗談に、乾いた笑いを返す早瀬。……愛想笑いかな?


『じゃあ、元気そうだったんだね。――良かったぁ』

「そ……」


 ――俺は、昼間の病室での出来事を思い出して、口ごもる。


「――そうだね……」

『……どうしたの?』


 俺の声の調子が変わったのを、耳敏く聞きつけたらしい早瀬の声が、怪訝な響きを帯びる。


『――何か、あったの、高坂くん……?』

「……いや」


 何でもないと答えようとした俺の口が、中途で動きを止める。


「……」

『……』


 俺と早瀬の電波越しに、気まずい沈黙が流れた。

 ――が、


『……何か、あったんでしょ? 高坂くん』


 その沈黙を破ったのは、早瀬の方だった。

 真っ直ぐな彼女の言葉に、俺はドキリとして、思わず訊き返す。


「……何で、解るの?」

『だって……高坂くんの声が……哀しそうに聞こえたから……』


 ……おいおい。

 何だ、この()は? エスパーか何かですか?

 スマホを耳に当てた俺は、泣きそうになりながら苦笑を浮かべる。


『ねえ……、私で良かったら、話してみて? ――ううん、話して、高坂くん』

「……早瀬――さん。あれは、俺とシュウの問題だから、君には関け――」

『関係、あるよ!』


 逡巡する俺に、早瀬が強い口調で言った。

 その言葉に、俺の胸は高鳴る。

 ……そんなに。そんなに、早瀬は俺の事を心配してくれてるのか。――ひょっとして、俺の事を……!


『だって……、私は、高坂くんと工藤くんをくっつける為に、頑張ってるんだから! ふたりの問題は、私の問題でもあるの!』

「……そういう意味っすかぁ。――デスヨネー」


 早瀬の言葉に、俺は脱力してベッドにへたり込むが――それでも、彼女が俺なんかの事を気に掛けてくれているのは、少し……いや、メチャクチャ嬉しい。

 ……じゃあ、お言葉に甘えようかな。


「……実は――」


 と、俺は早瀬に、昼間の出来事を話し始めた。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 「――と、いう訳で。ブチ切れた俺は、ガキみたいに泣き喚きながら、シュウの病室を飛び出してさ。家に帰って不貞寝してたんだ」

『……そっか』


 一部始終を聞いた早瀬は、そう呟くように言った。

 俺は、無意識に下唇を噛むと、掻き集めた空元気を総動員して、殊更に声のトーンを上げる。


「……でもさ! 確かにアレくらいの事で怒った俺も、大人げなかったよ。シュウも、トラックに轢かれて大変だったんだから、ここは俺が我慢して、一緒に笑って……笑ってやれば――良かったんだよな……ウン」


 そう、半ば自分に言い聞かせるように呟きながらも――、心の中のもう一人の俺が、『違う!』と、両手で大きなバッテンを作りながら叫んでいるのが分かった。

 分かってるよ。……本当は、そんな事なんか思っちゃいないんだ。正直に言って、いくらシュウといえど、とても赦す気にはなれない。

 ……でも、そうするべきなんだよ。俺が我慢すれば、それで済む――。


『……高坂くんは、それでいいの?』

「――え?」


 突然、ボソリと発せられた早瀬の言葉に、俺は虚を衝かれた。

 そんな俺の戸惑いをよそに、早瀬は淡々と言葉を紡ぐ。


『本当は、そんな事思ってないんでしょ? 高坂くんは、まだ、工藤くんの事を許せないって思ってる』

「…………何で、分かるの?」

『うーん……何となく、かな? よく分からないや』

「何となく……か」


 早瀬の答えを聞いた俺は、思わず苦笑いを浮かべる。


「はは……すげえな、早瀬さん。――まるで、俺の心の中が分かるみたいだ……て、あ、いや……何か変な事言ったよな、俺……」


 俺は、早瀬の気分を損なうような事を言ってしまった気がして、慌てて取り繕う。

 幸い、スマホのスピーカーからは、鈴を転がす様な彼女の笑い声しか聞こえてこなかった。

 俺は、ゴホンと咳払いをすると、大きく頷いた。


「……そうだね。やっぱり俺は、今日のシュウを許す気にはなれないよ。――人の心配を何だと思ってやがるんだ、あの野郎は!」

『……そうだよっ。工藤くんはひどいよ。許さなくていいと思うよ!』


 俺の怒声に、賛同を示す早瀬。


『高坂くんが折れる事じゃない。親友の高坂くんが、あんなに物凄く心配してたっていうのを、工藤くんにはもっと思い知ってもらわないとダメだよ!』

「……“あんなに”って、そんなにだった……?」

『“あんなに”だったよ!』


 早瀬の声が力を帯びたのが、電話越しからも分かった。


『映画館で、電話を受けた時の高坂くんの顔色……真っ白を通り越して、もはや透明だったもん! 駅に向かって、物凄い勢いでダッシュしていったし……』

「そ……そんなにだったかなぁ……?」


 早瀬の言葉に、照れて頬をかく俺。


『そうだよぉ。それを見て、私、キュンときちゃったモン!』

「きゅ――キュン……っ?」


 キュンときた……! そ、それは、もしかして……フラグ立った――?


『うん。高坂くんの……工藤くんに対する(・・・・・・・・)愛の深さをビンビン感じちゃって、キュンキュンしてたぁ~』

「あはははははははは、デスヨネー!」


 俺は、乾いた笑いを上げながら、ベッドに頭から突っ伏した。

 今回のサブタイトルの元ネタは……言うまでも無いですね。

 アニメ化もしたマンガ『ヒカルの碁』です(笑)。

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