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HANG UP THE SMARTPHONE

 コンコンと、控えめがちなノックの音が聞こえた。

 俺は、ベッドの毛布を引き上げ、頭からすっぽりと被り、ノックが聞こえないフリをする。


「……ヒカル。私はこれから、シュウ君の病院に行ってくるから、留守番をお願いね」

「……」


 ドアの外から、母さんの声が聞こえてきたが、俺は応える事なく、狸寝入りを決め込む。

 ――何故、シュウの付き添いに母さんが行かなければいけないのかは、言われなくても分かっている。

 シュウの母親は、確か海外出張の真っ最中だ。帰ってくるのは、来週の日曜日だって言ってた。

 もちろん、事故の事を聞いたら、急いで出張を切り上げるだろうが、それでも帰ってくるまでには数日かかるだろう。

 だから、その間の付き添いを、以前から親しいウチの母さんが引き受けるのは、当然の事だ。


「……入れ替わりで、遙佳と羽海ちゃんを家に帰すから、帰ったら、みんなで一緒にごはんを食べてね。テーブルの上に用意しておいたから、レンジでチンするだけでいいからね」

「……」

「お父さんの分は、別にとってあるからね。テーブルの上のコロッケは、全部食べちゃっていいから」

「……」

「……何があったのか知らないけど、何時まで拗ねてる気よ。もう、高校一年生でしょ、ヒカル?」

「……」

「遙佳から、電話で内容を聞いたけど、シュウ君だって、別に悪気があった訳じゃ無いんだから……。ほんの些細な悪戯なんだから、ここはひとつ、ヒカルが大人になって――」

「うるさいなぁ! 早く行ってこいよ!」


 母さんの説教が始まり、俺は耐えられずにベッドから跳ね起きると、枕を掴んで、ドアに向けて投げつけた。

 枕は、ドアにぶち当たると、ポスッという腑抜けた音を立て、力無く床に落ちる。

 ドアの向こう側で、母さんが溜息を吐く気配がした。


「……じゃあね。早く機嫌を直しなさいよ」


 という、母さんの言葉に舌打ちした俺は、再びベッドに横たわり、アンモナイトのように身体を丸める。

 背中とドア越しに、母さんが階段を降りていく音を聞きながら、俺はグッと唇を噛み締めた。

 ……やり場の無い怒りが、沸々と沸き起こる。


「何で……何で俺が悪いみたいな感じになってるんだよ。悪いのは、どう考えてもシュウの野郎の方じゃねえかよ! なのに何で、全部俺が飲み込まなきゃいけないみたいな感じになってんだよ!」


 拳をつくって、毛布をポスポスと殴りつけながら、俺の胸中は、次第にヒートアップしてゆく。


「んだよ、『大人になって』って……! 言いたい事を肚ん中で圧し殺すのが大人だってか? つか――俺ってそんなにガキっぽいかよ……。つか、まだ俺は十五だ! ガキっぽいじゃなくて、ガキなんだよ! チクショウめーッ!」


 俺は、肚の底から思いっ切り叫ぶと、ベッドに仰向けに寝転んだ。


「……分かってるよ、俺だって」


 白い天井を睨みつけながら、俺は独りごちる。

 ――そうだ。

 俺だって分かってるんだよ、わざわざ言われなくっても。


「俺が笑って赦してやれば、丸く収まるなんて事は……さ」


 だが、それは出来ない。……いや、したくない。

 ――いや、してはいけない気がするんだ。

 ただ――、

 それがどうしてなのかは、俺自身にも分からない……。


「だーッ! クソォッ!」


 頭がこんがらがってきた俺は、苛立たしく吼えると、もう一度頭から毛布を被り、固く目を瞑ったのだった。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 ピンポン♪


「――ハッ?」


 俺は、突然鳴ったチャイム音に、慌てて飛び起きた。

 ――どうやら、不貞寝している内に、本格的に寝入ってしまったらしい。

 辺りを見回すと、部屋はすっかり闇に包まれていた。

 そして、真っ暗な部屋の中で、机の上の一部分だけが煌々と明るい光を放っていた。


「……スマホか」


 光っていたのは、スマホの液晶画面だった。俺はベッドから降りると、机の上のスマホに手を伸ばした。

 ロック画面を解除すると、ホーム画面の中央に、四角いウインドウが浮いている。


『YUE♪さんからメッセージが届いています』


 画面は、そう表示されていた。


「え……? は、早瀬……ッ?」


 その一文で一気に目が醒めた俺は、慌ててメッセージをタッチする。

 LANEが起動し、YUE♪のトーク画面が表示された。


『どうだった、くどーくんは?』


 という、今まさに受信したメッセージが、吹き出し型のウインドウに書かれている。


「あ、やべっ!」


 ……そういえば、映画館でロクな説明もしないで別れたっきりだった。

 俺は、慌ててスマホの画面をタッチし、テンキーボードを起ち上げると、手早く文字を入力する。


『あ、ハイ。大丈夫でした。ピンピンしてました』


 ……相変わらず敬語口調なのは、言わない約束だ。

 僅かに震える指で送信ボタンを押してから、僅か十秒後、


 ピンポン♪


「……て、早ッ!」


 俺は、ビクッと身体を震わせながら、スマホを覗き込む。


『良かった~(≧∀≦) こうさかくんから何にも来ないから心配してたよー』


 というメッセージのすぐ下で、嬉し泣きしているネコのスタンプが、ピョコピョコ動いていた。早瀬らしい、可愛らし……くはないな、このブサネコ……。

 ……と、そんな事を言ってる場合じゃない。俺が連絡しなかったから、早瀬はずっと心配してたんだ。――悪い事をしたな……。

 俺は、


『ごめんなさい。ちょっと色々あって、ご連絡が遅れました』


 と打ち込み、雰囲気を和らげる為に、何かのキャンペーンの時にダウンロードした、ジト目のウサギがペコペコ頭を下げるスタンプを続けざまに送る。


 ピンポン♪


『かわい~ヘ(~。^)/』


 今度は、丸顔のキャラがサムズアップするスタンプと共に、そんなメッセージが送られてきた。


「……いや、可愛いのは、君の方だよ……」


 俺は、すっかりほっこりした気分になって、思わず顔を綻ばせる。

 ……もし、この部屋に他の人が居たら、スマホの光に照らし出された、だらしない事この上ない俺の顔を目の当たりにして失神していた事だろう。

 と、


 ピンポン♪


 再び、スマホが鳴った。

 すかさず、食いつくように画面に凝視する俺。

 新しいメッセージは、こうだった。


『ねえ、今、だいじょうぶ?』


 大丈夫? ……て、何が?

 一瞬、頭の上に大きな『?』マークが浮かぶ俺だったが、気付いたら、


『ハイ! 大jobッス!』


 と打ち込んでしまっていた。


「あ、やべっ! 打ち間違えた……。何だよ、『大job』って……」


 慌ててオロオロするが、『覆水盆に返らず』ならぬ、『送信メッセージ未送信に返らず』だ。一度送ったメッセージは、取り消せない……。

 ――と、


 チャン チャララ チャン チャン♪ チャン チャララ……


「う――うわぁっ!」


 突然、手に持ったスマホが軽快な音を奏で出し、仰天した俺は、思わず放り出した。


「あ――ッ! やばっ……」


 思わず悲鳴を上げた俺だが、幸運にも、放り投げたスマホはベッドの上に落ち、軽く弾んだだけで済んだ。

 やれやれと胸を撫で下ろした俺は、ベッドの上で鳴り続けるスマホを拾い上げ、液晶画面に表示された数字の羅列を見る。


「……だ、誰からだろう?」


 画面は、今着信している電話番号を表示していたが、見た事のない番号に、俺は戸惑う。

 ウチの家族、或いはシュウからだったら、電話帳に登録済みだから、名前が表示されるはず。――だが、今、スマホの画面には、11ケタの数字が煌々と輝いているだけだ。

 登録されていない電話番号からかけてきている着信……そんな得体の知れないモンに出る義理も度胸も、俺には無い。

 それに。

 今は、早瀬との楽しい楽しいLANEトーク中である。


「……切っちゃえ!」


 俺は即断し、スマホの画面の下に表示された赤と緑のボタンを押した。

 ――緑色の方(・・・・)を。


「あ……間違えた――」


 ……良くあるよね。緊張と焦りのあまり、思ったのと逆の行動を取っちゃう事って。――今の俺が、正にそれだった。

 いっけなーい、てへぺろ☆


「……じゃねーよ! ど、どどどどうするんだよぉっ!」


 と、焦りまくっても後の祭り。

 俺に残された選択肢は、『間違って通話状態にした電話に出る』しか無かった……。

 俺は、ふるふると手を震わせながら、恐る恐るスマホを耳に当てる。


「……も……もし……もし?」

『もーっ!』

「――ッ!」


 その一言を聞いた瞬間、俺の目は驚愕で見開かれた。

 この……鈴を転がす様な、可愛らしい声は……!

 間違いない……。


『電話に出るの遅いよぉ、高坂くん!』


 ――早瀬結絵だ……!

今回のサブタイトルの元ネタは、CHAGE and ASKAのアルバム『GUYS』収録の曲『HANG UP THE PHONE』から採りました。

 ジャズっぽいメロディラインで歌い上げる、チャゲアスの隠れた名曲です。

 え? チャゲアス率が高い? ……だって、しょうがないじゃん、好きなんだから!

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