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スマホ(の電源)を落としただけなのに

 エンドロールが終わり、劇場内が明るくなる。

 三々五々、座っていた観客が立ち上がり、一斉に緑色の非常口灯の灯った出口へと向かう中――、

 俺と早瀬は、座席の背もたれに身体を預けたまま、動かずにいた。


「……良かったねえ」


 ウットリした表情で、涙で泣きはらした目をこする早瀬に、


「……良かった……!」


 頻りにまばたきを繰り返しながら、俺も大きく頷いた。

 ――完全に、油断していた。

 『劇場版・新撰組契風録』の上映が始まる寸前まで、俺は「どうせ、腐女子に媚びた、薄っぺらいBLだろう」と、タカをくくっていたが――上映が始まってすぐ、俺の心は鷲掴みにされてしまった。

 生意気でクールだが、実は極度の寂しがり屋のツカと、一見落ち着いた大人だが、実は独占欲が強くて、我が儘な性格のユタ――。あらゆる事が正反対だが、不思議と惹かれ合うふたりの日常を描きつつ、前世からの縁が複雑に絡み合い、ふたりを翻弄する。

 そんな運命の荒波に揉まれながらも、ますます強くなっていく、ふたりの絆。

 そして、ユタが高杉の刺客・久坂玄人(クロト)の兇弾に倒れ、生死の境を彷徨った際に見せた、ツカの因果をも超えた愛……。

 紆余曲折を経たふたりが、遂に結ばれる夜の描写も、直接的な表現は避けつつも、実に耽美で――男の俺が見ても見惚れてしまう程に美しかった――。


「なんか俺……、BLってヤツを誤解していたのかもしれない……」


 俺は、半分無意識のうちに呟いていた。

 男女の恋愛を書いた作品と決して引けを取らない――いや、赦されぬ恋がゆえに、より一層激しく――そして、美しく燃えさかるのが、BLというものなのではないだろうか……?

 俺は、そんな事を思いながら、映画鑑賞後の感動に浸っていたのだが……、


「で――、参考になったかな、高坂くん?」


 泣き腫らして真っ赤にした目をキラキラと輝かる早瀬の声に、その余韻は妨げられる。


「さ……“参考”って、何が――?」


 耳元で聞こえた早瀬の可愛らしい声とともに、彼女の息が頬にかかり、俺はドギマギしながら横を向く――って、顔近ぇえ!

 視界いっぱいを覆う、早瀬の顔を直視できずに、俺は慌てて目を逸らす。

 もしかしなくても、今の俺の顔は、太陽よりも真っ赤に染まっているに違いない。映画館の中が薄暗い事に、俺は心から感謝する。

 そんな俺の様子にも気付かぬ様子で、早瀬は弾んだ声で捲し立てる。


「そりゃもちろん、高坂くんが工藤くんにアタックする時の参考になったかな? ――って事!」

「う――」


 無邪気な笑みを浮かべつつ、とんでもない事を口走った早瀬に、俺は思わず絶句する。


「何かさ、ツカとユタの関係って、高坂くんと工藤くんに似てるなぁって前々から思っててさ。今回の映画が、高坂くん達の仲を進展させるのに、いいヒントをくれるかもって思ったんだけど……どうだったかな?」

「に……似てる? ツカとユタが、俺とシュウにぃ?」


 当惑のあまり、俺は声を裏返した。

 そして、激しく首を横に振る。


「いや……全然似てねえって! シュウはともかく、俺はツカとは全然性格が――」

「ううん、逆だよ、逆」

「……へ?」


 早瀬の言葉に、俺は目を点にした。


「逆って……。俺が、ユタと似てるって事?」

「うん」

「いや……それこそ、全然似てないでしょ? だって俺は、ユタみたいに大人っぽくないし……チビだし……」


 と、激しく頭を振る俺に、早瀬はニコリと笑いかけた。


「外見はね。――私が言ってるのは、内面っていうか、性格的なトコ」

「な……内面? ――性格的……?」


 早瀬の言葉に、俺は更に首を傾げる。


「……それこそ似てないよ。俺は、あんなに束縛強くない――はず」

「そうかなぁ? 学校で見るふたりの雰囲気は、結構似た感じだよー」

「そ……そう――かな? ふぅん……」


 一応、早瀬に対しては『俺がシュウに片想いしている』設定だった事を思い出し、俺は曖昧に言葉を濁した。

 ……これ以上、この話題を続けたら、色々とボロが出そうだ――。

 そう思った俺は、


「――あ、早瀬さん! いつまでも、ここに居たまんまじゃ、映画館のスタッフが掃除できないよ。は……早く行こう!」


 と言って、早瀬の返事も聞かずに席を立った。

 幸い、早瀬も訝しげに思う素振りも無く、「あ、そうだね!」と、俺の言葉に頷き、素直に腰を上げる。

 ――ひとまずは、会話を逸らす事が出来たようだ。



 俺が先頭に立って、場内から出る途中で、俺はふと、ポケットの違和感に気が付いた。

 ……そういえば、ポケットに入れたスマホの電源を切ったままだった、と思い出した俺は、歩きながらスマホを取り出し、電源ボタンを押す。

 じきに明るくなったスマホの画面を、何の気なしにチラリと見た俺だったが――、次の瞬間、


 ピンポン♪

 ピンポン♪ ピンポン♪ ピンポン♪ ピンポン♪ ピンポン♪ ピンポン♪ ……


「――わっ! な、何じゃこりゃあ!」


 突然、狂ったようにチャイムと振動を繰り返しはじめた自分のスマホに驚愕して、俺は思わず叫び、歩む足を止めた。


「え? ど――どうしたの、高坂くん?」


 後ろを歩いていた早瀬が、俺の背中とぶつかりそうになって、驚いた声を上げる。


「あ……ゴメン。――ちょ、ちょっとビックリしちゃって……」

「ビックリ……? スマホが、どうかしたの?」

「あ……いや、大した事じゃないんだけどさ……」


 そう口ごもりながら、俺はスマホの画面を早瀬に見せる。


「な……何か、LANEの未読バッジが、物凄い数になってるんですけど……」


 どうやら、俺がスマホの電源を切っている間に届いていたLANEの新着メッセージが、電源を入れた途端に、一気に雪崩れ込んできたらしい。

 LANEのアイコンに点いた、赤い新着バッジは『12』という数字で止まっている。

 初めて見る表示に驚く俺とは対照的に、早瀬は、


「あー、良くあるよねぇ。私も、しょっちゅうなるよ、ソレ」


 と、涼しい顔で微笑んでいる。

 ――確かに、交友範囲が凄まじく広いであろう早瀬なら、少し電源を落としていただけで、二ケタの未読メッセージが貯まる事など、大して珍しい事ではないのかもしれない。

 しかし、LANEの登録が、家族含めて二ケタいかない俺にとっては、正に未曾有の事態である。


「……何だろう?」


 俺は、何となく嫌な予感を感じながら、とにかくメッセージの内容を確認しようと、恐る恐る指先をLANEアプリのアイコンに伸ばす。

 と、その時――、


  ……チャン チャララ チャン チャン♪ チャン チャララ……


「う、うおっ!」


 実にいいタイミングで鳴り始めたスマホに、俺は仰天した。


「な……何だよ、今度は――!」


 ビックリした様を、早瀬にガン見されてしまった格好になった俺は、恥ずかしさと苛立たしさで、思わずスマホに毒づく。

 そして、スマホの画面を覗き込んだ俺の目に飛び込んできたのは、発信者の『ハル姉ちゃん』という名前だった。


「は――ハル姉ちゃん? 何だよ……冷やかしの電話か何かか?」


 今朝、出かける前に、俺の事をさんざんイジッてきたハル姉ちゃんの姿を思い出し、俺は思わず舌打ちした。

 わざわざ電話をかけてまで、俺をからかい倒したいのか……と腹立たしくなって、着信拒否してやろうとしたが、――LANEに12件ものメッセージが送られてきていた事に思い当たって、考え直す。

 ――本当に、何かあったのかもしれない……そう思い当たったのだ。

 俺は、ゴクリと唾を飲み込むと、緑のボタンを押し、スマホを耳に当てた。


「――はい、もしも――」

『あ! ――やっと繋がった! 何してたの、ひーちゃん! 電話かけても繋がらないし、LANEの既読もつかないし!』


 電話の向こうから、ハル姉ちゃんの上ずった声が聞こえてきた。

 その声に、いつものハル姉ちゃんの声とは違う、真剣な響きを感じた俺の心臓の音が、やにわに高くなる。

 俺は、唐突に目眩を覚えながらも、努めて落ち着こうと、敢えてゆっくりと言葉を吐く。


「な……何してたって――、映画を見てただけだけど……。映画館じゃ、スマホの電源を切るモンで――」

『あー、もういいわ! ひーちゃん、今すぐ帰ってきて! 大変なの!』

「た……大変?」


 ハル姉ちゃんの絶叫にも似た声に、俺の胸に満ちる不安の靄が、ますます濃くなっていく。

 ……正直、その先は聴きたくない。そう思った。

 だが、訊かない訳にはいかない。――それも解っていた。

 だから、尋ねた。浅い呼吸と共に――。


「……大変って、な……何があったんだよ?」

『ひーちゃん……落ち着いて聴いてね……』


 止めてくれ。それじゃ、まるでフラグだよ……。

 そう、心の中で懇願する俺をよそに、ハル姉ちゃんから告げられた内容は――

 想像していたよりも、ずっと悪い事だった。


『シュウくん――シュウくんが……部活の帰りに、トラックに撥ねられて……病院に運ばれたの――!』

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― 新着の感想 ―
[一言] めちゃめちゃいい所で終わってしまった。 そうなんですよね。腐女子向けのアニメだからと思って見てなかったものがあとから見るとすごい面白いことって結構あるんですよね。むしろ腐女子の方々が好きな物…
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