表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/217

白目

 「……ごめんなさい。もう、大丈夫です」


 余り気味の袖で目元を拭いながらはにかみ笑いを浮かべて、早瀬が諏訪先輩から離れたのは、子供のように泣きじゃくり始めてから10分程経ってからだった。


「……落ち着いた?」


 そんな彼女に、スカートのポケットから取り出したハンカチを手渡しながら、諏訪先輩は優しい声で訊いた。

 早瀬は、「はい」と答えてニコリと微笑むと、俺の方を振り返った。


「高坂くんも、ごめんね。いきなり泣き出しちゃったりして……ドン引きでしょ?」

「へ? あ、いやいやいやいや! ドン引きなんてとんでもないッ! 寧ろ、眼福でした……」

「……ガンプク?」

「あ! い、いやいや、コッチの話! アハハハ……」


 キョトンとした顔で首を傾げる早瀬を前に、慌てて笑って誤魔化す俺。彼女の後ろから、諏訪先輩がジト目で睨んでいるのが垣間見えたが、全力で見ていないフリを決め込む。


「でも……ドン引きはしなかったけど、まあ、ビックリはしたかな。ど、どうして泣いちゃったの? 早瀬さん……」

「うーん……何でだろうね。正直、自分でもよく分からないけど……多分、安心したのかな、私」

「安心……?」

「――うん」


 早瀬はちょこんと頷くと、ポツポツと話し始める。


「私、ずっと怖くて、哀しくて……。『高坂くんが怒ってる。嫌われちゃったかも』……って。気にしてたんだけど、自分から話しかけるのが怖くて、ずっとモヤモヤしたまんまで。――昨日も、せっかく高坂くんがLANEを送ってきてくれたのに、気付くのが遅れて、返せずじまいだったし……」

「あ、そういえば……」


 そうだった。俺の送った――正確にはシュウが俺のフリをして――LANEが未読スルーされてたんだった……。

 てっきり、俺の方が嫌われて、無視されてるんだと思い込んでたけど――、


「あれは、単に気付いてなかっただけなんだ……?」

「うん……」


 早瀬は、しおれた花のように項垂れると、小さな声で答える。


「……私のLANEって、色んな人からどんどんメッセージが届くから……。高坂くんからのメッセージのすぐ後に、他の子からのメッセージが入っちゃって、それで新着通知が埋もれちゃったみたい。――結局、今朝になって、ようやく高坂くんからのメッセージに気が付いて、慌てて返信しようとしたんだけど、時間が過ぎちゃったなぁ……って思ったら、それも出来なくって……」

「そういう事かぁ……」


 早瀬の言葉に、俺は納得して、うんうんと頷いた。『他の人からの新着通知に流されて、メッセージを見逃す』なんて、メッセージ自体が殆ど届かない俺じゃ絶対に起こらない事だけど、交流範囲バリ広の早瀬だったら、いかにもあり得そうな事だった。

 と、早瀬がまた泣きそうな顔になったので、俺は慌てて笑顔を拵える。


「あ! そ、そういう事だったら、全然大丈夫! お、俺は全然気にしてないからさっ、早瀬さんも元気出して――」

「……『俺は全然気にしてない』ねえ……」


 早瀬の後ろから、ボソリと声が聞こえてくる。


「……さっきまで、この世の終わりみたいな顔してたのは、どこのどなただったかしらね……」

「ゴホッ! ゴホ、ゴホォッッ!」


 ちょっとぉ! 余計な事を言わないでほしいんですけどぉ、諏訪先輩ッ!

 俺は、わざとらしい咳払いで、外野(諏訪先輩)の雑音を必死に掻き消す。

 だが幸い、早瀬の耳には、諏訪先輩の呟きは届かなかったようで、彼女は穏やかな表情で言った。


「……だから、そこら辺が私の勘違いだって分かって……本当にホッとしちゃって。そしたら、ずっと押し込めてた何かが噴き出ちゃった感じ……なのかな、多分。――やっぱり変だよね、私。えへへ……」


 そう言うと、彼女はまさに天使の様な微笑みを俺に向ける。


「でも、本当に良かったぁ。 高坂くんが怒ってないって事が分かって。……勇気を出して、高坂くんに会いに部室(ここ)まで来て良かった!」

「フェッ? あ――、うん、そそそうだねぇ!」


 お日様の様に朗らかな表情を浮かべる早瀬を前に、俺はドギマギしながら、水差し鳥のようにコクコクと首を振った。

 そして脳内で、(あれ、何だこの流れ?)と、頻りに首を傾げていた。


 ――何で早瀬は、そんなに俺との事を気にしているのかな?

 ――もしかして、これはアレじゃね? ……ラブコメで良くある、フラグってヤツ!

 ――乗るしか無くね? このビッグウェーブに!

 ――いやいや! こんなに可愛い早瀬が、俺みたいな、何の取り柄も無い十把一絡げのモブ相手に、そんな感情を……。

 ――いや、でも、この流れは、そういう事なんじゃね……!

 ――いやいや、あんまり調子に乗るなよ、俺!

 ――そうそう! ちょっとトイレに行って、鏡を見てこいよ。ついでに顔を洗って目を醒ましてこい!

 ――ちょ、おま! いくら俺だからって、俺の事をそこまで悪し様に言う事ぁねえだろう! 俺のクセにッ!

 ――これもう分かんねえな……。


 ……やにわに脳内で開催された『第372回・俺連合臨時会議』に、大いに心を乱される俺。

 と、


「……あ! もうこんな時間! 私、もう帰らなくちゃ!」


 早瀬が慌てた声を出して、上の空の俺の横をすり抜けて、部室の扉を開けた。

 そして、くるりと振り向くと、俺と諏訪先輩に向けて、ペコリと頭を下げると言った。


「あ――あの! お邪魔しました! それと……ありがとうございました、センパイ! ハンカチは、洗ってから返すんで!」

「あ、うん。いつでもいいわよ」


 そう言って、早瀬に微笑み返す諏訪先輩。


「――高坂くん!」

「……え? あ、はいぃっ! ななな何でしょうっ?」


 急に声をかけられて、俺はビックリして目を丸くする俺に、早瀬は満面の笑顔を向けた。


「またLANEするね! あの話(・・・)も進めないとだからねっ!」

「あ……う、うん」


 俺は、引きつり笑いを浮かべながら頷いた。また、早瀬とLANEでやり取りが出来るのは、文句無しに嬉しいんだけど……“あの話”って、(シュウ)の話だよなあ……。


「……“あの話”?」


 あーっ! 諏訪先輩! その辺りには食いつかなくていいですッ!


「……あ、ごめんなさい。それは、高坂くんのプライベートに関わる事なんで……」

「ふうん……、まあ、いいけど」


 諏訪先輩は、興味無さげに鼻を鳴らしたが、


「……それよりも、少し気になったのだけど――」


 と、俺と早瀬の顔を見回しながら、眼鏡のレンズをキラリと光らせる。


「あなたと高坂くんって、その……どういう関係なのかしら? ひょ……ひょっとして、その――」

「ファッ! せ、先輩ぃっ?」


 な……何をいきなりぃ! ――と、突然ぶっ込んできた諏訪先輩の言葉に俺は仰天して、思わず素っ頓狂な声を上げた。

 ……だが、心のどこかで、俺の一部は喝采を上げた。――よくぞ、俺が訊きたくても訊けない事を、ズバリ訊いて下さった! ――と。

 俺はゴクリと固唾を呑みながら、恐る恐る、早瀬の方を見る。


「えと……私と、高坂くんの、関係ですか……?」


 早瀬は戸惑うかのように、その大きな目をパチクリさせていたが――ニッコリと笑って答えた。


「――はい! もちろん、共通の趣味(・・・・・)を持つ、いいお友達(・・・・・)です!」

「――ですよねえええええええ!」


 早瀬の答えに、俺は叫びながら、大きく頷いた。



 ――白目を剥きながら……。

 『白目』です。

 『はくじつ』じゃなくて『しろめ』(笑)。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ