スクールダスト・クルシイダース
「は……ぁ?」
俺は、シュウの提案――というか命令――を一瞬理解できずに、口をあんぐりと開けて呆然とし、
「……いや! 無理無理無理無理ィイイイイイッ!」
一瞬後、その言葉の意味を理解して、光速の速さで、何度も首と掌を横に振りまくった。
「お――俺から早瀬にLANEのメッセージを送るぅッ……? 無理! 絶ッッッ対にMURYYYYYィッ!」
「……取り敢えず、ジョ〇ノなのかディ〇なのかハッキリしろ」
目を白黒させながら錯乱する俺を、ジト目で眺めながら、シュウはポテトを口に放り込む。
「……つうかさ、ぶっちゃけ、もうそれしか無えだろ。早瀬の気持ちがどうなのかなんて、オレらが幾ら考えても分からねえんだからよ」
「う、うう……」
「だったら、もういっそ本人に直接訊いてみる方が手っ取り早いだろ? ほれ、分かったら、サッサと打て打て」
「だ……だぁーっ! な……何で、お前はそんなに単純なんだよぉっ!」
脳天気に催促してくるシュウに、俺は怒鳴った。
「そ……そんなに簡単に言うなよ! 俺みたいな陰キャはなぁ! 早瀬みたいな可愛い女の子とは、本来会話する事すら烏滸がましいってモンなの! 彼女から話しかけられるのならともかく――俺から声をかけるとか……融けるわ!」
「融けるって……お前は、太陽の光で消滅する吸血鬼か。――あ、じゃあ、お前は〇ィオ確定な」
「ディ○様は、あれで子持ちのリア充だ。俺なんかとは違うぜ」
「……いや、どこで張り合っとんねん、お前」
……うう、シュウにまともにツッコまれてしまった……。
「――だからって、ずっと早瀬からの連絡を待ち続けている訳にもいかねえだろ。……最悪、このままフォースアウトって事もありうるぜ」
「……ひょっとして、フェードアウトって言いたい?」
「おお、それそれ」
確かに、シュウの言う事は間違っていない。……単語は間違っているが。
俺は、ドリンクのストローを咥えて、メロンソーダを啜りながら、フルフルと力無く頭を振った。
「……折角、早瀬と一緒に出かけるくらいの関係になれたから、それを失うのは辛いけど……。だからと言って、俺から連絡するのは……怖い」
「怖いって……お前――」
「……お前には分からねえよ、多分」
俺は俯いて、トレイの上に敷かれた『アルバイト募集』のチラシとにらめっこしながら、呟くように言った。
「一年生にして野球部のレギュラーを勝ち取って、高身長の爽やかイケメンなお前にはさ……。お前にとっちゃ、他人とコミュニケーション取るなんて、キャッチボールくらい簡単な事なんだろうけど、俺にはそうじゃないんだ」
「……何だよ、そりゃ」
テーブルの向こうから届くシュウの声色に、微かな怒気が籠もったのが聴いて取れたが、俺は構わず話を続ける。
「……分からねえだろ? 勇気を出して声をかけたのに、陽キャから『はぁ、何コイツ?』みたいな半笑いを返された時の惨めさとか、見下されたような対応された時の悔しさとか……」
「お前は……自分が好きになった早瀬も、そういうヤツらと同じ類の人種だと――言うのか?」
「あ……いや! そうじゃ……そうじゃ――ないけど……」
シュウの言葉に、ハッと気付いて、慌てて首を横に振るが――俺はまた俯いてしまう。
「あの娘は、そうじゃない。確かに、少し――いや、大分思い込みが激しいし、服装のセンスはアレだけど……悪い娘じゃない。それは、確信できる」
「じゃあよ――」
「……でも」
何かを言いかけるシュウの言葉を遮って、俺は言葉を継いだ。
「――それだけに、万が一にでも彼女との距離感を見誤って、あの娘に幻滅されたり、ヒかれたりでもしたら……多分、俺は耐えられない。……それが、怖いんだ……」
「……」
解ってる。
今の俺が、どれだけヘタれてダセえ事をほざいてるのか……十二分に解ってるよ。でもさ……。
俺は、そう考えながら、テーブルの上に置いたスマホをボーッと見つめていた。
と――、
「お! おい、ヒカルッ!」
突然、シュウが勢いよく立ち上がって、俺に上ずった声をかけた。
つられて、俺も顔を上げる。
「え――? ど、どうした、いきなり――」
「おい! 噂をすればナンチャラだ! あれ、早瀬じゃないか?」
「フ――ファッ?」
シュウの叫び声に、俺は仰天した。
慌てて、シュウが指さした方に振り返る。
やにわに、自分の心臓がバクバクと、破裂せんばかりに脈動するのを感じながら、俺は必死で、彼女の小柄な姿を探し求める。
――が、
「……居ねえじゃん」
目を皿のようにして見てみても、彼女の姿は狭い店内の何処にもいなかった。
ガッカリした俺は、肩を落として、文句を言おうとシュウの方へと振り返り、
「何だよ、シュウ。早瀬なんて、影も形も無いじゃんかよ! 一体、誰と見間違えた――え? ……は?」
――すました顔で、俺のスマホを手に、何やら打ち込んでいるシュウの姿を目にした俺は、言葉を喪った。
「へ……? は――? ちょ、おま……な、何をして……」
「……はい、送信~」
「おいいいいいいいっ! シュウゥッ? そ……送信って――何を、誰に送ったぁああああっ?」
唐突なシュウの行動に、俺は動転しながら、その手から自分のスマホを奪い取った。
スマホの画面には当然のように、LANEの『YUE♪』とのトークページが開いていて、『こんばんは~』というメッセージが、今まさに送信された事を表示していた。
俺は、「ああああああああああああっ!」と絶叫しつつ、顔面を真っ赤にしたり真っ青にしたりしながら、テーブルを乗り越えて、シュウに詰め寄る。
「シュウウウウ、テメエエエエエ! な……何してくれちゃってんのぉぉぉぉぉおおおっ!」
「いや、だってさ。あのまんまじゃ、いつまで経っても動けなかっただろ、お前。だから、手伝ってやったんだよ。まあ、皆まで言うな。この礼はクリスピーでいいぜ」
「て、お前、まだ食うのかよ――ッじゃなくてェェェェ!」
俺は、泡を食って、必死でスマホを操作する。――が、LANEでは、一度送信済みになったメッセージの取り消しは――出来ない……。
終わった――。
俺は、ガクリと首を落とし……燃え尽きた――真っ白に……。
「ハイハイ。さっさと観念して、返信を待ちましょーねー」
「……シュウ、お前……俺の話を、聞いてなかったのかよ……」
「それは、こっちのセリフだ、ヒカル」
「……へ?」
恨み言を零した俺だが、シュウからの意外な言葉に戸惑った。
シュウが、さっきまでとは打って変わった真剣な目で、俺の事を睨んでいた。
「……な、何だよ……?」
その眼力に、思わず気圧される俺。
シュウは、大きな溜息を吐くと、低い声で言った。
「……この前、オレはお前に言ったじゃねえかよ。『オレが信じるお前を信じろ』――ってよ」
「あ……」
「お前は、もっと自分に自信を持って良いんだよ。……それとも、オレの言う事は信用できないか?」
「い――いや……。そういう訳じゃ……」
「――だったら」
シュウの言葉を前に、しどろもどろになる俺。シュウは、そんな俺に優しい微笑みを見せた。
「四の五の言わずに、大人しくスマホが鳴るのを待ってるんだな……ヒカル」
……
…………
……………………それから、三十分後――
俺とシュウは、共にガックリと肩を落として、テーブルに突っ伏していた。
「「……返事どころか、既読も付かね――しッ!」」




