BLUE MONDAI
――それから。
俺と諏訪先輩は、星鳴ソラの未完の8作品の中で、まず、『Sラン勇者と幼子魔王』に手をつける事にした。
星鳴ソラ作品の中でも、もっともブクマ数が多かったから――というのもあるが、諏訪先輩と俺とでプロットの摺り合わせを行った結果、物語の展開に関して、最もお互いの意見が一致した作品だったからである。
ふたりで考えたプロットを手元に置いて、諏訪先輩がタブレットのキーを叩き始めた。
それから、たったの二時間で――魔王シャルルと勇者サバトは、宙ぶらりんになっていた霊山ゴルーグルの絶壁から、かれこれ十ヶ月ぶりに這い上がる事が出来たのである。
早速、書き上がった最新話をのべらぶにアップし……俺と諏訪先輩は仰天した。
更新が途絶えて十ヶ月。一日あたり数百まで下がっていた(それでも、俺にしてみれば十分に凄い数字なのだが……)PV数が、更新した直後からみるみる増えていき、最終的には、一万PV超えという数字を叩き出したのだ。
それは即ち、それ程の多くの読者たちが、『Sラン勇者と幼子魔王』の更新を待ち望んでいたという事だ。
再開に対する反応は上々――!
そして、タブレットの画面を覗き込み、俺と諏訪先輩はニッコリと笑って頷き合う。
液晶画面に映し出されたのは、22ちゃんねるの『のべらぶ板』の最新スレ。
そのタイトルは、こう表示されていた。
――【超朗報】星鳴ソラ先生、エタってなかった!【ファン大歓喜】――
◆ ◆ ◆ ◆
――それから十日が過ぎた。
相変わらず、星鳴ソラ関係は超順調ではあったのだが……、
「ハア……」
学校帰りに寄った『メンターキー・フライドチキン』のテーブルに突っ伏した俺は、浮かない顔で、右手のスマホを恨めしげに眺めていた。
「……まーた、ウジウジと悩んでるのかよ、ヒカル……」
向かいの席に座って、手掴みでチキンに齧り付きながら、シュウが呆れ顔で俺に言う。
「……この前の昼休みに、小田原とホシナキ何とかって作家の話をした後には、人が変わったみたいに威勢が良かったのに、ここ二・三日のお前は、すっかり元に戻っちまったなぁ……」
「……うるせ」
シュウの耳痛い言葉に、俺はムッとして淀んだ視線で睨み返すが、
「はあ……」
大きな溜息を吐くと、再び視線をスマホへと戻す。
――と、バーレルを挟んだ向こう側で、シュウの表情が曇ったのが、視線の端で見えた。
「おいおい……、本当に大丈夫か、お前?」
「……大丈夫くない……」
俺は、掠れた声で答えると、何十回目かの溜息を吐いた。
「はぁ……マヂ無理。リスカしよ……いや、さすがに痛そうだからやんないけど……サゲサゲだぁ……」
「……何があったんだよ? 言ってみろよ」
俺の言葉に、シュウの声が真剣味を帯びる。
「何だ? ホシナキ何チャラの事が上手くいってないのか?」
「いやぁ……お陰様で、そっちは超が付くくらい順調だよ」
「じゃあ、何が――?」
「……連絡が、来ない」
そう答えて、俺は右手に掴んだスマホをブラブラと振ってみせた。
シュウは首を傾げた。
「いや……昨日も今日もLANE送っただろ?」
「いや、お前じゃねえよ」
天然でボケるシュウにツッコミを入れつつ、俺は大袈裟に溜息を吐く。
「じゃあ、誰だよ?」
「……俺のスマホには、家族以外はふたりしか連絡先が入ってねえんだよ。ひとりはシュウ。――で、もうひとりが……」
「……あ。早瀬……」
ハッとした顔で、チキンの骨を振るシュウに、俺は頷いた。
そして、スマホの電源ボタンを押し、LANEの早瀬のトーク画面を開く。
この数日、液晶に焼き付くのではないかというくらいに開きまくったその画面は、今までに開いた時と……寸分違っていなかった。
「かれこれ十日……。早瀬からのメッセージが来ない。オワタ」
「十日も……? つうか、それまでは普通にメッセージが来てたのか?」
「……来てたよ」
訝しげな顔をするシュウに、俺は浮かぬ顔で頷いた。
「……つっても、実質的には、LANEIDを交換した金曜日から、一緒に出かけた日曜日の翌日までの四日間だけだけど……。その間は、普通に会話出来てた」
……まあ。会話と言っても、俺の方は、陰キャ丸出しな敬語口調だったから、“普通”とは言い難い訳だけれど……。
それでも、彼女と意思の疎通が出来ていたのは間違いない。
「ふーん……」
シュウは、俺の言葉を聞くと、眉根を寄せて唸った。そして、新しいチキンに食らいつき、骨ごともぐもぐと咀嚼しながら言う。
「……ほうせ……どうせ、その話の内容は、ヒカルがオレをオトす方法について――とかだろ?」
「あ……いや……まあ……一応、そ、そういう設定だから、ね」
「……ま、それは別に良いけどよ」
骨だけになったチキンの残骸をトレイの端に置いて、指に付いた脂を舐めながら、シュウは言葉を継ぐ。
「じゃあ、月曜までは普通だったんだな。なら……火曜日に、お前が早瀬のご機嫌を損ねるような事をやらかした――そうなるけど」
「……火曜日――いや、無いなぁ」
俺は、必死で当時の状況を思い出すが、心当たりは無かった。
「――そもそも、火曜日には早瀬と会ってない。……ほら、先週の火曜日って、アレだよ。昼休みに、俺とお前と小田原で集まって、あいつから星鳴ソラの話を聞いた日だよ」
「ああ……あの日か。ヒカルが、髪を逆立てて覚醒した――」
……人をスーパーサ〇ヤ人みたいに言うな――と、内心でツッコんだが、話の腰を折りたくなかったので、声には出さずに言葉を続ける。
「……あの日は、放課後は真っ直ぐ部室まで行ったから、早瀬とは顔も合わせなかった。機嫌を損ねるも何も無いよ」
「ふうん――何だか良く分かんねえなぁ」
シュウは頻りに首を傾げながら、ソファの背もたれに寄りかかり、Lサイズドリンクのストローを咥えると、中のコーラを一気に飲み干した。
そして、
「……じゃ、こうしようぜ」
シュウはそう言うと、左手の人差し指で、俺のスマホを指さし、サバサバした顔で言った。
「――ヒカル。今から早瀬にメッセージを打ってみろ。『こんばんは』ってさ」
今回のサブタイトルの元ネタは、桑田佳祐の『BLUE MONDAY』から採りました。
『月曜日』の英語『MONDAY』の綴りを『モンダイ』って覚えてたのは、自分だけですかね(笑)?




