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凍った時間を溶かすのは今

 「え……? て、手伝うって……な、何で?」


 俺の宣言に、諏訪先輩は当惑した表情を浮かべた。


「何でって……そりゃあ。このままじゃ、いつまで経っても先輩の……星鳴ソラの作品が完結しそうもないから。だから、俺が先輩のお手伝いをして、作品を完結させようと――」

「へ……? あ、いや――」

「もちろん、俺が先輩の代わりに作品を書くって訳じゃないですよ。最早悔しくも何ともないくらい、俺なんかの筆力じゃ、先輩の描写力には遠く及ばないし、作風を似せて同じ味を出そうとしたって無茶な話ですし」

「……いや、その」

「――まあ。俺が出来る事といえば、先輩が考えたプロットを読んで、主題やら何やらがブレてそうだったら指摘するとか、読者目線でよりよい展開を提案してみるとか……。そういう、編集みたいなスタンスで、作品を見ていく感じでいこうかな――って。……それとも、もっと違うスタンスの方がいいですか? 先輩は――」

「い――いやいや! そういう事じゃなくてっ!」


 俺の言葉を遮って、諏訪先輩が声を荒げた。

 彼女は、頭の上に無数のクエスチョンマークを浮かばせながら、俺に食ってかかってきた。


「な――何で、高坂くんが、私の作品の完結を手伝うとか、そういう話になるのよ? き……気持ちはありがたいけど、貴方は私の……星鳴ソラの作品とは、何の関係も無いじゃない……!」

「いや、関係はありますって」

「――?」


 即座に返した俺の答えに、戸惑う諏訪先輩。

 俺はスマホに、のべらぶの星鳴ソラのマイページを表示させ、先輩に向けて見せながら言った。


「……俺は、星鳴ソラの作品のファンなんですよ。戦記物の『紅蓮の戦旗は栄光と共に』も、ラブコメの『転生したら彼女の家のネコになっていたんだが……』も、正統派恋愛ものの『愛と呼ぶには(から)すぎる』も、ハイファンタジーの『聖剣は語らず、ただ斬るのみ』も、その他の作品も全部……」

「……」


 諏訪先輩は、俺の言葉を黙って聞いている。椅子に座ったまま俯いていて、長い前髪が簾のようにその顔を隠しているので、先輩がどんな表情をしているのかは、俺からは見えない。

 俺は、そんな彼女には構わず、なおも言葉を継いだ。


「……さっきも言いましたけど、そんな、俺が好きな作品たちが、『エタッている』という理由だけで、無責任に貶され馬鹿にされているのが嫌なんですよ。何が何でも、作品たちを納得のいく終わりまで導いて、星鳴ソラを“読泣ソラ”だ何だと呼んで、からかい混じりの批判をしている奴らの鼻を明かしてやりたい――あ……いや、それだけじゃないな」

「……え?」


 不意に俺が言葉を付け加えた事に驚いたように、諏訪先輩が顔を上げた。


「何より……コイツら(・・・・)の為なんですよ」

「コイ……ツら……って?」


 俺の言う意味を計りかねて、首を傾げる諏訪先輩に、俺はスマホの画面を指さして言う。


「それはもちろん……星鳴ソラの作品の中で生きている(・・・・・)、登場人物達です」

「――!」

「……考えてもみて下さい」


 ハッとした顔をした諏訪先輩に、俺は、まだ小さかった頃の羽海を宥めた時のような声で諭す。


「先輩が……作者(星鳴ソラ)が先を書き進めない限り、作品の中の時間は決して進まないんですよ。『転ネコ』のサトルは迷子になったまま、いつまで経ってもマリの家に帰れないし、『Sラン勇者と幼子魔王』のふたりは崖の縁で宙ぶらりんになったままだし、『紅蓮の戦旗』のシャリブールは、キスカ将軍の大剣で串刺しになったまんまなんです」

「……」

「ずっとフリーズしっ放しの作中キャラ達を再び動かせるのは……この世で作者(あなた)ひとりだけなんです、諏訪先輩!」

「……私……だけ――」


 俺の言葉に、眼鏡の分厚いレンズの奥で、諏訪先輩の瞳が大きく見開かれる。

 そんな彼女に、俺は「そうです!」と力強く頷きかけて、更に言葉を続けた。


「頼みます、星鳴ソラ先生! 貴方が生み出した8作品のキャラ達に、終わりを迎えさせてあげて下さい! それが、俺をはじめとした、ファンのみんなの願いでもあるんです! 微力ながら、俺も先輩と一緒に頑張りますから!」

「――高坂……くん」


 諏訪先輩は、僅かに潤んだ目を見開いたまま、俺の顔をジッと見つめてくる。

 身内以外の女性から見つめられた経験が殆ど無い俺は、先輩の真っ直ぐな視線を受けて、大いにたじろいだが、ここまで威勢良く啖呵を切っておいて、今更ヘタれる訳にもいかない。左胸でバクバクと心臓を跳ね回らせながらも、頑張って彼女の目を見つめ返す。

 長い時間だったように感じたが、多分、十秒も経っていなかっただろう。


「……分かった」


 彼女は――小さく頷いた。


「――高坂くんの言う通り……もう一回、頑張ってみる。――私には、生み出したキャラ()達の物語を書き切る責任がある、か。……うん、そうね」


 彼女はそう呟くと、フッとその表情を緩める。


「本当に、あなたの言う通り……。そんな事にも気付かないなんて――私もまだまだね」


 そして、諏訪先輩はニコリと俺に微笑みかけ、俺にペコリと頭を下げた。


「ありがとう、高坂くん。私の――私の作品の事を、そこまで思ってくれて。私、頑張るわ……読者(あなた)の為にもね」


 ――トクン


(……あ、あれ?)


 いつもの諏訪先輩とは雰囲気の違う、険の取れた柔らかな微笑みをまともに見た俺は、胸の中が微かにざわめいたのを感じて戸惑う。

 ……なんだろう、この気持ち――?


「……それじゃ、高坂くん……」


 そんな、俺の心の中に立った(さざなみ)も知らず、いつもの無表情に戻った諏訪先輩は、スッと右手を差し出して言った。


「作品の完結に向けて、一緒に頑張っていきましょう。――これから宜しくね。……高坂くん」

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