ミックの中心で哀を叫ぶ
俺とシュウは、学校からほど近いファーストフード店・ミックジャガルドに立ち寄った。
夕飯時というにはもう遅い時間だったが、会社帰りのサラリーマンや、ポテトを摘まみながらキャピキャピ囀る、ケバいメイクの女子高生など、客の数は多い。
俺たちは、注文した品を載せたトレイを手に、キョロキョロと辺りを見回し、ちょうど良いタイミングで空いたテーブル席を見付けて、すかさず確保する。
前に座っていたサラリーマンのおっさんの尻の温もりが仄かに残ったソファに、ちょっとだけ顔を顰めつつ腰を下ろした俺は、向かいの席に座ったシュウの持つトレイを見て、呆れたように言った。
「……いっくら、野球部だからって、相変わらず良く食うよなぁ」
「え? フツーだろ、こんくらい」
シュウのトレイには、チーズバーガーが6つ、ポテトとコーラのLサイズがそれぞれ2セット、誇張なしに溢れんばかりに盛られている。チーズバーガーなんて二段重ねだよ……。見ているだけで胸やけがする。
「俺にとってはフツーじゃないんですけど……」
俺は、照り焼きバーガーの包装紙を剥きながらツッコむ。
シュウは、ジーッと俺の前のトレイを見て、心配そうな顔をした。
「……その言葉、そっくりそのまま返すわ。お前、たったそれっぽっちで夕飯足りんのかよ?」
「……いや、世間一般的には、こっちの方がフツーなんだよ」
俺は、シュウの言葉に首を傾げながら言葉を返すが、少し気になって、自分の手元に目を落とす。
照り焼きバーガーに、MサイズのポテトとSサイズのシェイク――もちろん1セットだけ。……うん、どこにも問題は無い――よな?
「いやあ、足りねえだろ。もっと食わねえと、いつまで経っても背が伸びねえぞ」
「どこのおかんだよお前」
俺は、シュウの言葉にムッとして、ジト目で睨む。
「……悪かったな、タッパがたった165cmしか無くってさ」
「あ、悪い。地雷踏んだ、オレ?」
「踏んだよ、思いっ切り! 俺の心に、深い深いクレーターが刻まれたわ、このウドの大木めッ!」
俺は、頬を膨らませて思い切り毒づく。
シュウは、「ごめんごめん」と軽い調子で俺に謝りつつ、早くも平らげた一個目のチーズバーガーの包装紙を丸める。
「でもさ……折角、オレが奢ってやったんだから、ポテトをLサイズにしても構わなかったのによ」
「……いや、今『ポテト全品150円キャンペーン』中だから、MでもLでも値段変わらないよな」
俺のツッコミに、シュウは「バレたか」と苦笑いを浮かべた。
そんなシュウに苦笑を浮かべつつ、俺はシェイクにストローを刺し、一口啜る。――が、粘度が高くてスライムのようになっているシェイクは、啜ってもなかなか俺の口の中まで上がってきてくれない。
――前から思ってたけど、飲みづらいにも程があるぞ、このシェイクって奴は……美味しいんだけど。
俺は、舌と唇と横隔膜に力を加えて、何とかイチゴ味のシェイクを吸い上げようと悪戦苦闘する。
「……でさ」
――と、シュウが、ポテトを摘まんだ後の指先を舐めつつ口を開いた。俺は、ようやく上がってきたストロベリーシェイクの冷たさと甘ったるい味を舌先で堪能しつつ、上目遣いでシュウを見る。
「ん? ふぁふぃ?」
「――あのさ」
シュウは、言葉に出す事を、らしくもなく躊躇っている様子だったが、意を決したように表情を引き締めると、俺に向かって言った。
「――放課後、早瀬と何を話してたんだ?」
「ブフォォオッ!」
直球過ぎるシュウの問いかけに、俺はストローを咥えたまま、思い切り噎せた。その弾みで、口中のシェイクが気管と鼻の奥に入り込み、俺は悶絶する。
「――! んがっぐぐっ! ゴホッゴホッ!」
「お――おい! 大丈夫か、ヒカルッ!」
シュウは、覿面に慌てた様子で俺の横に回り、必死で俺の背中をさすりつつ、自分の飲みさしのドリンクを差し出した。
俺は、碌に考えずにシュウからドリンクを受け取り、ストローから思い切り中身を吸い込む。
次の瞬間、
「――! ッ! んんーッ?」
俺の喉と食道の粘膜は、炭酸による無慈悲な総攻撃に晒された。俺は迂闊にも、シュウが飲んでいたのがコーラLサイズだったのを失念していたのだ――。
痛い! シュワシュワがメッチャ痛え!
「う――うわわわ! ま、マジで大丈夫か? だ、誰か! 誰か水をぉ!」
更にテンパったシュウは、恥も外聞も無く、野球部の声出しで鍛え上げられた声帯をフル活用して、周囲に助けを呼んでいる。
(……止めてくれ、シュウ……。メッチャ恥ずい……!)
俺は、必死でシュウのシャツの胸元を掴んで、そう訴えたつもりだったが、炭酸による深刻なダメージを受けた俺の声帯は全く仕事をしなかった。
「ひ、ヒカルぅっ? く、苦しいのかッ? おいっ、死ぬなアアアアア!」
そんな俺の様子を見たシュウがますますテンパる。そのただならぬ様子に、周囲の客達が心配顔で、続々と俺たちのテーブルへと集まってくる……。
『……いや、死なねーよ、バーカ』と、思い切りツッコみたいのに、声を上げるどころか、身体を動かす事もままならず、騒ぎばかりが大きくなる。
その内、お医者様でも呼ばれてしまうんじゃないか――俺は、喉の痛みと恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら、ただただそれを心配していたのだった……。