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ヒカルは激怒した

 無駄に長くて退屈なホームルームがやっと終わり、俺はそそくさとカバンに机の中の物を放り込むと、急ぎ足で教室を出た。


 ――『正直ね、作品がエタッてる作家なんて、それこそ腐る程いるのさ』


 また、俺の頭の中で、昼休みの情景がリバイバル上映される。


『のべらぶの作品検索で、“完結作品”で絞ってみれば、すぐ分かる。完結できているのは、全体の十パーセントほどしか無いんだよ』


 昼休み以来、俺の頭の中は、この小田原の話が去来し続けていて、正直授業どころではなかった。




『だから、別に、星鳴ソラが特別に珍しいって訳じゃあない。むしろ、ちょっと調べれば、星鳴ソラ以上に作品を放り出している作家も少なくない事が分かる』

『――じゃあ。何で、この星鳴ソラってヤツだけが、“ヨミナキソラ”だか何だかってあだ名まで付けられて、そんなに叩かれてるんだよ? やってる事は同じなんじゃないのか?』

『そりゃあね、クドー氏――。それは……星鳴ソラの書く物語が、桁外れに面白い(・・・・・・・)からだよ。そこら辺の底辺作品がどれだけエタろうと、それを嘆き悲しむファンは、そこまで多くはない。……もっとも、その数少ないファンにとっては悲劇以外の何物でも無いがね』

『……』

『でも、星鳴ソラは違う。……作品ごとのブックマーク数を見てみたかい、コーサカ氏? 四ケタ五ケタは当たり前だっただろう?』

『う……ウン』

『つまり、それだけ、星鳴ソラと作品のファンは多いという訳だよ。――で、星鳴ソラが作品をエタらせると、その多くのファンが嘆き悲しむ事になる。――その悲しみは簡単に、無責任な(・・・・)星鳴ソラへの怒りへと置き換わり、怒りはヘイトへと昇華する。その結果が――これ(・・)さ』




 そう言いながら、小田原が俺のスマホでネットを開いて、見せてきた画面――昼休みからこっち、それを思い返す度に、俺の肚の中で、何かが熱く爆ぜるのだ。……そう、今のように。

 俺は、廊下を塞ぐ人だかりを目にすると、思わず舌打ちをした。


(チッ……邪魔くせえな。俺は急いでるっていうのに……!)


 と、俺は心の中で毒づきながら、その人だかりの隙間を潜り抜けようとする。

 髪を茶色に染め、チャラついた男子生徒が、目を尖らせて俺を睨んできたが、俺が下から睨み返すと、たじろいだ様な表情になって、目と身体を逸らした。

 一応道を譲ってくれたので、俺はその男子生徒に「……ども」と言って、軽く頭を下げると、そのまま一瞥もせずに先を急ぐ。


 ――部活棟へと。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 俺は、部活棟の旧い廊下を軋ませながら大股で歩き、2階の一番奥の扉の前に立つ。

 いつものように、『文芸部』の張り紙の剥がれを直し、引き戸の取っ手に手をかけた俺は、目を閉じ、大きく深呼吸をして、昂ぶる心を落ち着けようとする。

 左胸の心臓が、激しく跳ね回っているのを感じる。いつもより急ぎ足で、ここまで来たからなのか――いや、違う。これは多分……。

 ――俺は、目を開けると、最後に大きく息を吸って、殊更にゆっくりと引き戸を開けた。


 ――カタカタ ……カタッ


 部室に足を踏み入れた俺を、いつも通り、軽快なキータッチ音が迎える。

 いつも通りの位置で、無表情でタブレットを見つめてキーボードに指を這わせる、いつも通りの諏訪先輩を視界に収めた俺は、


「……お疲れ様です」


 と、いつもよりトーンを落とした声で挨拶をすると、いつもとは違う、彼女と向かい合う位置のパイプ椅子に腰を下ろした。


 ――カタカタ、カ……


 キータッチ音が途切れた。

 机の向こうの諏訪先輩が、チラリと顔を上げる。いつもと違う、俺の位置(ポジション)に、怪訝な表情を浮かべつつ、彼女は口を開いた。


「……お疲れ、高坂くん。…………どうかしたの?」

「……『どうかした』って、何がです?」


 俺は、敢えて素っ気ない態度で、問いを問いで返してみせる。

 諏訪先輩は、いつもと少し違う俺の様子に、少し戸惑ったようで、眼鏡の奥の瞳を大きく見開く。


「あ……その――いつもと座る場所が違うから、どうしたのかな? ……って」

「別に、俺が何処に座っても構わないでしょう? ――どうせ、俺と先輩以外に来る部員もいないんですし」

「……何かあったの、高坂くん……?」


 俺の挑発的な返しに、諏訪先輩は眉を顰めて首を傾げた。

 そんな彼女に対し、俺はブレザーのポケットからスマホを取り出しながら、再び問いを問いで返してみせる。


「……『何かあったの?』って、どうしてですか?」

「何か……怒ってる感じがする。いつもの高坂くんっぽくない。――だから、何かあったのかな、って」

「怒ってる……ええ、そうですね、怒ってます」


 あっさりと認めた俺の言葉に、諏訪先輩はビクリと身体を震わせた。

 だが、俺はそんな彼女の様子には構わず、淡々と言葉を継ぐ。


「実はですね、昨日、ネットでのべらぶを読んでて、すごく面白い作品を書く作家さんを見付けたんですよ」

「! ……のべ……らぶ……」


 “のべらぶ”という単語に、諏訪先輩の顔が強張ったが、俺は猶も話を続ける。


「その作家さんは、本当に色々なジャンルの話を書いていて、どれも本当に面白かったんですよ。ファンタジーからラブコメから戦記ものから……。作品によって、一人称と三人称で書き分けてたり、語り口も全然違うんですけど、よく練られた文章なので、どの作品も、頭にスッと情景が浮かぶ感じで……」

「……」


 諏訪先輩は、口をギュッと結んで、黙って俺の言葉に耳を傾けている。


「で、その作家さんの“連載中”作品を、全部読んだんですけどね……夜中の二時までかかって――」


 俺は、そこで一旦言葉を切って大きく息を吐く。そして、机の向こう側で目を伏せている諏訪先輩を一瞥すると、再び口を開いた。


「でも……残念な――とっても残念な事に、その全作品が、途中で止まっちゃってるんですよ! 決まって、七万字いくかいかないかくらいでね。――俗に言う『エタッた』ってヤツです」

「……」

「お陰で、俺は睡眠不足と欲求不満ですよ! 全部が全部、物凄く面白い小説だったのに、どれ一つとして、結末が分からない! 多分、ずっとこのまんまなんでしょうね……。それで、物凄くモヤモヤしちゃいまして、とっても怒ってます!」

「……う」

「――ところで」


 言葉に詰まった様子の諏訪先輩を前に、俺は口調を変え、口元を綻ばせてみせてから、彼女に向かって尋ねる。

 先輩は、ハッとした顔で顔を上げると、強張った表情筋を無理矢理動かして、ぎこちない微笑らしきものを浮かべてみせた。


「……な、何かしら、高坂く――」

「前から気になってたんですけど、先輩は、いつも何を書いてらっしゃるんですか?」

「――! そ、それは……しょ、小説を……」

「あ、それは分かってます。俺が訊きたいのは――」


 俺は、そこまで言うと、スッと表情を消す。諏訪先輩の肩が、ビクリと跳ねた。

 それを見ながら、俺は低い声で先を続ける。


「――先輩が書いている作品は、8作品の内(・・・・・)のどれですか? って事です」

「ッ――」


 諏訪先輩が息を呑んだ気配を感じながら、俺は言葉を舌に乗せるのを緩めない。


「……『紅蓮の戦旗は栄光と共に』ですか? それとも、『転生したら彼女の家のネコになっていたんだが……』の方ですか? ……それともやっぱり、最終更新が二週間前の最新作『愛と呼ぶには(から)すぎる』ですかね?」

「……」


 顔色を蒼白にして黙り込む諏訪先輩。

 そして、俺は彼女に、止めの一言を投げかけた。


「……それとも、また(・・)連載を投げ出して、新しい作品の書き溜めでもしてるんですか? ねえ……諏訪先輩――いや、星鳴ソラ先生(・・・・・・)?」

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