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Too Much Lucky Will Kill You

 その日一日は、あっという間に過ぎた。

 何だか身体と心がフワフワして、まるで雲の上にいるようだった。夢心地ってヤツか?

 そして、奇妙な事に、いつも通りの学校のはずなのに、見える景色が違って見えた。何を見てもキラキラ輝いているのだ。

 黒板から机から廊下から――果てはトイレに至るまで……。

 トイレの小便器から流れる水すら、まるで、RPGのラストダンジョンで魔王の間の横にある“回復の泉”のような神々しい光を放っていたので、後でシュウに正直にそう言ったら、まるで、可哀相な人を見るような憐れみの目で見られてしまった……。

 ――まあ、要するに、浮かれていたわけだ、俺は。


 学校が終わり、相変わらずフワッフワしたまんまの俺はカバンを肩にかけ、フラフラと覚束ない足取りで部活棟へと向かう。

 と、前方の廊下を塞ぐように、に何やら黒山の人だかりが出来ていた。……いや、“黒山”ではないな。所々にチャラついた明るい茶髪や赤髪が混じっているから、正確には“茶山の人だかり”が正しいか――。

 相変わらず陽キャオーラがギラギラと照り輝き、陰キャの俺は近寄るだけで融け崩れてしまいそうな錯覚を覚えるのだが――今日の俺は違う。

 今日は万物万象のものが、キラキラと眩しく輝き、その悉くがこの俺を祝福してくれているのだ。それに比べれば、陽キャ共の放つオーラ如き、夜の歓楽街で瞬くネオンサインみたいなモン。恐るるに足らずだ!


「……よし!」


 と、一声気合を入れた俺は胸を張り、大股で歩みを進め、身体を横にして――茶山の人だかりの横をすり抜ける(・・・・・・・)。……いや、さすがに、集団の真ん中に割って入るのは怖……いや、気が引け……い、いや、普通に無礼だしね、“君子危うきに近寄らず”ってヤツですよ、うん……。

 それに多分、この集団の真ん中には――早瀬。やっぱり彼女が居た。

 制服姿の早瀬は、普通に可愛かった。……いや普段着(きのう)の彼女も、もちろん可愛かったのだが、その可愛さが、着ている服の突飛さ……アバンギャルドさで、かなり相殺されてしまっていた事は否めない。

 その点、学校での彼女は、当然ながら制服姿。

 制服は、女の子の魅力を増す効果はあれど、マイナス効果の付与は無い。――そうだろ? 異論は認めない。

 ……まあ、ともかく。

 早瀬の美貌+制服。その掛け合わせは、足し算どころか、かけ算でもおっつかないような化学変化(ケミストリー)を彼女にもたらしているのは確かだ。――そして、そんな彼女を、校内の積極的な男(陽キャ)達が放っておくはずがない。

 ……その結果が、ご覧の通りの“人の群れ”ってわけだ――。


 そんな事を考えながら、人だかりの端を掠め通り過ぎようとする俺。

 ――と、その時、集団の中央の早瀬と俺の目が合った。


(あ……やべぇっ)


 反射的に目を逸らそうとした俺だったが、早瀬がニコリと笑ったのを見止めた瞬間、眼球の動きが停止する。

 そして、早瀬は、周りの男達に気付かれないように、一瞬だけ片目を瞑ると、凍りついたように動きの止まった俺に向かって右手を軽く振ってみせたのだ。

 ――その一瞬、俺の心臓は間違いなく鼓動を止めた。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 ……その後、どうやって部室まで辿り着いたのかは憶えていない。気が付いたら、俺は文芸部の部室のパイプ椅子に座って、口をあんぐり開けたまま、窓の外の青い空をボ――――っと眺めていた。


(あれ……? 俺、ひょっとして、夢見てる?)


 そう思った俺は、自分で自分の頬を思いっ切り(つね)ってみた。

 ……痛ってえ!

 強く抓りすぎて、思わず目尻に涙が溜まる。


「……痛い? ッつー事は……夢じゃ……ない! 夢だけど、夢じゃ無かった♪ じゃなくって……ホントに夢じゃねえッ!」


 歓喜に震えながら、思わず絶叫してしまった。

 早瀬結絵が――学年一の美少女が校内で、俺に……こんな陰キャの俺だけ(・・)に向かって微笑みかけて、手まで振ってくれた、先程の事は幻ではなかったのだ!

 口元がだらしなく緩み、思わず「えへへへへ……」という気持ちの悪い笑い声が漏れる。

 ……何だか、もう幸せすぎて、揺り戻しが怖くなるレベルだ。ひょっとしてこの後、下校中にトラックに轢かれて、異世界転生でもしてしまうんじゃないだろうか、俺……。

 ――と、


「――あ、そ、そういえば、諏訪先輩が……!」


 俺は、慌てて部室の四囲を見回した。いつも、俺より先に部室に来てキーボードを叩いている先輩の存在を思い出したのだ。今の、怪しいというより、もはや正気を疑うレベルにヤバい行動を、全て諏訪先輩に見られていたとしたら、恥ずかしいどころの話ではない。

 ……が、幸いにも、先輩はこの部屋には居なかったようだった。


「……ふう」


 俺は安堵の息を吐き、無意識に目の前で微かに湯気を立てているマグカップを手に取り、一口啜った――次の瞬間、


「――苦ッ!」


 俺は思わず顔を顰めて、舌を出した。長机の上に置いたコーヒーは――真っ黒だった。


「ぶ――ブラックコーヒー? え、じゃ、じゃあ……」


 混乱しながら、俺はマグカップを見直す。香箱座りでスヤスヤ寝ている黒猫の柄が入ったマグカップ……間違いなく諏訪先輩のものだ。

 俺はますます混乱した。


「へ……な、何で、俺の前に、諏訪先輩のマグカップが……?」


 ……が、すぐに、その疑問の答えは解った。

 マグカップの横に、見覚えのあるタブレットとキーボードが置かれていたからだ。


「諏訪先輩の……て、あ! そういう事か!」


 簡単な事だ。“俺の席に諏訪先輩のマグカップがあった”のでは無く、“俺が諏訪先輩の席に座っていた”のだ。

 早瀬の件でボーッとしたまま部室に入ったので、座る位置を間違えたらしい……アホか、俺。


「……やれやれだぜ」


 俺は、ニヒルな笑いを浮かべつつ肩を竦めるが――すぐに、そんな時を止める無駄無駄無駄な人の物真似をしているどころじゃない事に気が付いた。

 部室の薄いドアの向こうから、廊下を反響するカツカツという足音が聞こえてきたのだ。足音はどんどんとこちらに近付いてくる。その向かう先は――部室棟の一番奥に位置する、この文芸部の部室以外に考えられない。……即ち、


「やべっ! 諏訪先輩が、戻ってくるッ!」


 ――万が一、部室に戻ってきた彼女が、タブレットを置いた自分の席に座っている、怪しい笑いを浮かべた後輩の姿を見たらどう思うだろう……。


「……んなの、俺がこっそりタブレットを盗み見てたと思われるに決まってるだろうがッ!」


 この状況が、地味に……いや、派手に俺の人格を疑われかねない危機である事を悟った俺は、慌てふためいて席を立つ。

 と、その時、俺の膝が長机に強くぶつかり、その衝撃で、スタンドで立てられていたタブレットが倒れてしまった。


「や……ヤバいッ!」


 青ざめた俺は、すぐに手を伸ばしてタブレットを取り上げ、スタンドに立て直そうとする。

 ――その時、タブレットの端を持った俺の親指が、液晶画面に触れてしまった。

 ……不幸な事に、諏訪先輩はタブレットにパスワードを設定していなかったようだ。スリープモードが解除された液晶が明るくなり、諏訪先輩が開いていたホームページの画面が露わになった。


「ひ――ヤバいヤバい! 見てない! 俺は見てませーん!」


 思わずそう口走りながら、すぐに電源ボタンを押して液晶画面を再び暗転させた俺だったが――、その言葉とは裏腹に、画面が明るくなった時に表示されたページを、しっかり網膜を通して記憶してしまっていた。


 ……ホームページレイアウトの一番上に表示された『ノベライブラリ』というロゴタイトルと、『星鳴 ソラさんのマイページ』と記されたウインドウを――。

 今回のサブタイトルの元ネタは、QUEENの『Too Much Love Will Kill You』です。

 クイーンと言えば、『ボヘミアンラプソディ』や『We Are the Champions』や『We Will Rock You』といった曲が有名ですが、この『Too Much Love Will Kill You』も、負けず劣らずの名曲です。フレディ・マーキュリーの甘い声と純然たるバラードとの相性、パネエっす。

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