俺たちの○○は、まだこれからだ!
「ふぁ……ファ―ッ?」
俺は、頭のてっぺんから噴き上がったような奇声を発し、大きく仰け反った。
だって、無理も無いだろう?
あの時――放課後のA階段に呼び出された時から、ずっと恋い焦がれていた早瀬の口から、『少しでも長い時間、高坂くんと一緒に居たいから』なんて言葉が飛び出してきたんだ。舞い上がりもするだろう?
「も……もう……、大袈裟だよぅ、高坂くん……」
一方の早瀬も、再び帽子を目深に被り直して、俺から顔を隠したが、帽子のつばで隠し切れなかった柔らかそうなほっぺは、熟れた林檎の様に真っ赤だった。
それを見た俺は、慌てて仰け反らせた身体を戻すと、照れ隠しのつもりで激しく頭を掻く。
「あ……そ、その……ごめん――なさい」
「……う、ううん……」
謝る俺に、帽子で顔を隠したまま、ぶんぶんと頭を振る早瀬。なにこの女の子マジ可愛い。
俺は、咳払いを一つすると、目を中空に泳がせつつ言葉を紡いだ。
「や……やっぱり、女の子……す、好きな子にそんな事を言われちゃったら、何つーか……嬉しくってさ。ついつい変なリアクションを……」
「そ……そっか」
俺の言葉に、おずおずと帽子を上げる早瀬。
そして、上気した顔のままで、ニコリと微笑いかけてきた。
「えへへ……好きな子――かぁ……」
「あ! え……えっと! そ……そのぉ……」
咄嗟だったとはいえ、思わず口走ってしまった言葉を聞き留められてしまった格好の俺は、顔から湯気が出しながら、何とか言い繕えないか、脳みそをフル回転させて考えたが……、
「は……はい。そ……そうです、ハイ……」
結局、上手い言い抜け方など浮かばず、コクンと頷く。
……いや、そもそも、言い繕う事など無いのか?
と、
「……ありがと、ございます」
「え……?」
何だか、妙なイントネーションになった早瀬の感謝の言葉が耳に入って、俺は戸惑いの声を上げながら、彼女の顔を見返した。
耳の先まで真っ赤になった早瀬は、俺にはにかみ笑いを浮かべながら言う。
「私も……嬉しいよ。高坂くんに、す……『好きな子』って言ってもらえて……」
止めてく……いや、止めないでくれ。その笑顔と言葉は、俺にむっちゃくちゃ効く……!
あぁ……本当に噓みたいだ。こんな可愛くて良い女の子が、俺みたいな、何の取り柄も無い陰キャなんかを好きになってくれたなんて――。
……本当、何でなんだろ……?
――『だったら、本人に直接訊いてみりゃいい話だろ? 「早瀬さんは、俺のどこが好きなんですか?」――ってさ』
「――!」
唐突に、朝に会ったシュウが言った言葉が、俺の脳内で再生された。
それと同時に――
「――あ、あのさ。早瀬さんって……俺のどこを……す、好きになってくれたのかな……?」
半分無意識で、脳裏に浮かんだ問いを声に出していた。
「……あ」
その直後に、その事に気付く。
サーっと音を立てて、顔から血の気が引いていくのが分かったが、もう遅い。
早瀬は、ポカンと口を半分開けたまま、俺の顔を凝視している。
「――あの! い、今の無し! 聞かなかった事に――」
「どこ……どこが、かあ……。えーと……」
慌てて発言の取り消しを希う俺だったが、早瀬は両頬に手を当てて、長考モードに入ってしまった。もはや、俺の言葉は耳に入らないようだ……。
そして、数十秒考えた末に顔を上げた早瀬は、暖かい太陽のような笑みを浮かべながら言った。
「そうだねぇ……やっぱり、一番の理由は――一緒に居て楽しい……楽だなぁって思えたところかな?」
「一緒に居て……楽しい……楽……?」
「うん」
問い返した俺の言葉に早瀬は頷くと、言葉を継ぐ。
「何だか、高坂くんと一緒に居ると、ホッとするんだ。他の人だと、何か疲れちゃうんだけど、高坂くんと一緒だと、そういう事があんまり無くて……それで、かな?」
「そ、それは何でなんだろ……」
「うーん、多分……」
俺の問いかけに、早瀬は首を傾げながら考える素振りを見せ、やがて答えた。
「やっぱり、分かんない」
「分かんないんかーい……」
「いや……分かんないけど分かるの。……何を言ってるのか分からないかもしれないけど……」
そう言うと、早瀬は一旦言葉を切り、それから俺の目をじっと見ながら、言葉を続ける。
「結局……『高坂くんが高坂くんだから』……って事なんだと思う」
「……」
「……ごめん。やっぱり、意味分からないよね……」
「いや……」
ショボンとする早瀬を、俺は微笑みながら見つめ返し、そして首を横に振った。
「分かるよ。早瀬さんが言おうとしてる事は。……何となく、だけど」
「そ……そっか……うん」
早瀬は、俺の言葉にホッとした表情を浮かべ――俺に向かって、びしりと指を突きつけた。
「……え?」
「じゃあ、次は高坂くんの番だよ」
「お……俺の、番?」
「そうだよー! 私ばっかりじゃ不公平じゃん。恥ずかしかったんだよぉ!」
早瀬はそう言って、ぷぅと頬を膨らませる。
「だから、高坂くんも言うんだよ! 私のどこがす……好きなのか――を!」
「え、えぇ~……?」
「えぇ~じゃないっ!」
顔を引き攣らせる俺に顰め面を向けながら、早瀬は言った。
うーん……これは、逃げられない……。
「え……えーと……」
俺は真っ青に晴れ渡る初春の空を見上げながら、言葉を探す。
「そうだなぁ……い、色々一生懸命なところとか……いつも明るいところとか……引っ込み思案な俺の事を引っ張っていってくれるところとか……自分よりも他人の事を優先しちゃうところとか……」
「……う、うん……」
「……結局、早瀬さんと同じになっちゃうかも」
「え?」
キョトンとした顔で聞き返してきた早瀬に、はにかみ笑いを返しながら、俺は言葉を継ぐ。
「もう、色々ひっくるめた上で、『早瀬さんが早瀬さんだから』――って結論になっちゃうんだと思う。……だから」
「……だから?」
「だから……俺には早瀬さんじゃなきゃダメなんだ。――そういう事なんだと思うよ」
「……っ!」
俺がそう言った瞬間、耳の先まで顔が真っ赤に染まったのが分かった。――ふたりとも。
「……」
「……」
照れたふたりは、何となくお互いに目を逸らし合いながら、だらしなく顔を緩める。
多分、前を通り過ぎていく人々には、俺達の事がこの上なく変に見えた事だろうな……。
――と、
「あ、あのさ!」
「は、はいっ!」
急に上ずった声を上げた早瀬に、俺も上ずった声で応えた。
すると、早瀬は目を生き生きと輝かせながら俺に尋ねてくる。
「高坂くん、今日、どこか行きたい所とかある?」
「え? 行きたい所……?」
早瀬に訊かれた俺は、戸惑いながらも頷いた。
「う、うん。行きたい所っていうか……デートだから、それっぽい所は調べてきたよ。――でも、早瀬さんが行きたい所があるんなら、そこに行こう」
「そ……そっか……」
俺の答えを聞いた早瀬は、一瞬嬉しそうな表情を浮かべたが、すぐに何かを迷う様な素振りを見せる。
……まあ、大体予測はついている。
俺はしたり顔を浮かべて、並び立つビルの一棟を指さしながら、彼女に言った。
「当ててあげようか? 早瀬さんが行きたい所って……あそこでしょ?」
「え……?」
戸惑いの声を上げて、俺が指さした先を見た早瀬。
すぐにその目が丸くなる。
彼女の視線――そして、俺の指の先には、『アニメィトリックス栗立二号店・堂々オープン!』という文言のポップ調の文字が踊り、お耽美ーなふたりの男が親しげに微笑みを交わし合うイラストがデカデカと印刷された、巨大なビル看板があった。
早瀬は、驚きを隠し切れない顔で、俺の方に振り向いた。
「な、何で分かったの? 私があそこに行きたいって……?」
「いやぁ……」
俺はしてやったりという笑みを浮かべながら、興奮しきりの早瀬に答えた。
「何だかんだで、早瀬さんの嗜好は良く知ってるから……。先週、女性向け同人誌メインの二号店がオープンしたって事を知った時に、ここしかないな……って」
「……むぅ、見透かされてるみたいで、何だか悔しいんですけど」
俺の答えを聞いた早瀬が、再び頬を膨らませる。
それを見た俺は、目を細めて彼女に訊く。
「……じゃあ、今日行くのは止める? 一応、他の候補も考えてあるけど――」
「え! やだ!」
俺の提案に、早瀬は慌てた様子で、激しく首を横に振った。
「行きます行きます! 絶対に行きますっ!」
「ウム! 素直で宜しい」
必死な様子で捲し立てる早瀬に、したり顔で頷く俺。
そんな俺のドヤ顔に、早瀬はしかめっ面を浮かべる。
「……何か、高坂くんって、意外と意地悪なんだね……」
「えっ? あ、いや……! これは、ただの冗談で……あの、怒らせちゃったんならゴメン!」
不機嫌そうになった早瀬を前に、さっきまでの得意顔はどこへやら、俺はテキメンに狼狽えながら、ペコペコとへりくだる。
と、
「……ぷっ!」
おたおたする俺の様子を、無言で睨みつけていた早瀬が、突然噴き出した。
「あはは……! こっちもゴメンね。私も冗談だよー。うふふふ」
「あ……じょ、冗談か……」
口を押さえ、鈴を転がすような声で笑う早瀬の楽しそうな顔を見て、俺はホッと胸を撫で下ろす。
「あ……焦ったぁ……。てっきり、デート開始前に破局しちゃうのかと思った……」
「うふふ、大げさだなぁ、高坂くんは」
そう言って、ニコリと俺に笑いかけた早瀬は――おもむろに、俺の手を握った。
早瀬の掌の温かさと柔らかさが、俺の掌を通して伝わる。
「ふぇッ――?」
「じゃ、そうと決まったら、早速行こ!」
突然のハプニングに目を白黒させて思考停止に陥った俺に満面の笑みを向けると、早瀬は元気に言った。
そして、そのまま俺の手を引っ張って歩き出す。
……と、彼女はハッとした表情になると、おずおずと俺の顔を見た。
「あ……でも、いいの? 二号店って……BL同人誌ばっかりだよ? ……高坂くんは、そういうの――趣味じゃなかったんだよね?」
「あぁ……まぁ、ね」
心配顔で訊いてくる早瀬に、俺は小さく頷いた。
それを聞いた早瀬の表情が曇る。
「そうだよね……じゃあ、やっぱり他の場所にしよっか――」
「あ、いや、大丈夫」
「え?」
俺の答えに、早瀬はビックリした顔をする。
そんな彼女に、俺はニッコリと笑いかけながら言った。
「いやぁ、早瀬さんの英才教育の賜物とか諸々で、俺のBLに対する理解も大分深まったからさ。――まあ、さすがに直接的なアレはちょっと苦手だけど……」
「……」
「だから、早瀬さんが我慢する事なんて、全然無いんだよ」
「高坂くん……」
俺の言葉に、早瀬は目を大きく見開いて、俺の顔を見つめ――おもむろに距離を詰めてきた。
そして――衝撃が走り、俺の全身が温もりと柔らかさに包まれる。
……その温度と感触が、早瀬の身体のそれだと理解するのに、少し時間がかかった。
「え……? え? ええぇっ!」
心臓が今にも破裂しそうな音を立てながらフル稼働しているのが分かる。――何故か(ひょっとして、丁度俺の胸の位置にある早瀬の耳に、この鼓動の音は聴こえてしまっているのかもしれない……)なんて事が、ぼんやりと頭に浮かんだ。
行き場を失った形になった俺の両腕が、どこに落ち着こうかと、中空を彷徨う。
――と、
「……高坂く――ヒカルくん」
俺に抱きついたまま、早瀬は小さな声で囁いた。
「は……ハヒ……!」
その囁きに、俺は声を裏返らせながら答える。
すると、早瀬は俺を抱きしめる腕に一層力を籠めながら言った。
「私……良かったよ」
「え……な、何が……?」
「……ヒカルくんを好きになって。そして……ヒカルくんが、私を好きになってくれて……」
「あ……」
早瀬の囁きに俺は、胸の中が何かでいっぱいになるのを感じた。
無意識に、両腕を彼女の背中に回し、そっと力を入れる。
そして、顔を伏せたままの早瀬に向かって、僅かに声を震わせながら囁く。
「俺も……良かったよ。早瀬さん――いや」
俺は小さく首を振ると、言い直した。
「ゆ……結絵ちゃんの事をを好きになって――ね」
「……えへへ」
「……ふふふ」
そして、互いに顔を見合わせた俺とはや……結絵は、
「ヒカルくん、これからもよろしくね」
「こ……こちらこそ、宜しくお願いします――結絵ちゃん」
はにかみながら、一緒に笑い合った。
――そうなんだ。
告白して、両思いになって、それで終わりじゃないんだ。
俺と――結絵は、これから一緒に付き合って、ずっと繋がっていく道のりの、まだスタート地点についたばっかりなんだ。
俺は、結絵の華奢な体を抱きしめる腕に一層の力を込めながら、心の中でそっと呟くのだった。
――俺たちの恋愛は、まだこれからだ!
――『想い人が、俺と幼馴染の親友♂との仲を誤解してしまっている件……orz』――打ち切りエンド
「……いや! 打ち切りじゃねえから! 完結だから! ちゃんとした大団円だからぁあああああっ!」
…………『想い人が、俺と幼馴染の親友♂との仲を誤解してしまっている件……orz』――完……“?”
……という訳で、今話をもちまして、『想い人が、俺と幼馴染の親友♂との仲を誤解してしまっている件……orz』は、完結となります!
ここまでお付き合い頂きました読者の皆々様、本当にありがとうございました!
……元々、この作品は、「絶対無理だけど、俺がラブコメを書いてみたらどうなるんだろうか……?」という小さな疑問から始まりました。
以前の自分は、『恋愛経験が少なかった自分には、ラブコメなんて糖度の高い物語なんか書けない』――そう決めつけて、ずっと手を出さず、コメディやファンタジーをメインで書いていたのですが、自分の執筆経験値をあげようと思い立って、清水の舞台から飛び降りる気持ちでこの作品を書き始めました。
とはいえ、自分にはモテモテのハーレム系陽キャの気持ちなんか分かりません。なので、自分の分身のような、ガチのコミュ障陰キャであるヒカルくんを主役にしてみました(笑)。
更に、どうせ流行りのハーレム系なんか書けるはずも無いので、どうせだったら極端な設定にしようと捻りまくって出来たのが、「BLオタの美少女に、自分と幼馴染の仲を誤解されつつ、何とか彼女と両思いになろうと、空回りしまくりながら奮闘する」というストーリーです。
初めてのラブコメで、どうなるかなと不安に駆られながらの連載でしたが、おかげさまでたくさんの読者様に読んで頂けて、300件近いブクマや10件以上のレビューや70件以上の感想を頂戴する事が出来ました。
1年以上の連載期間と、全217話のボリュームは、自作品最長です。
エタらず完走できたのは、ひとえに読者様の存在と応援のおかげです。本当にありがとうございました!
この作品は、これで完結となりますが、気が向いたり、リクエストを頂いたりすれば、後日譚や、シュウや諏訪先輩を主役にしたスピンオフを書くかもしれません。
その際には、また応援して頂ければ幸いです。
最後にもう一度。
本作『想い人が、俺と幼馴染の親友♂との仲を誤解してしまっている件……orz』をお読み頂きまして、本当に本当にありがとうございました!
2021年1月31日
朽縄 咲良




