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Get Bag

 「……」


 俺は、チョコの袋とレオ奈ちゃんペンダントを乗せた掌を真っ直ぐ前に差し出し、90度の角度で腰を折った体勢のまま、時が止められたように身体を硬直させていた。


「……」


 顔を伏せた俺の目は、上履きを履いた自分の爪先――そして、一回り小さな早瀬の爪先を凝視し続けている。

 ふたつの足先は、俺が「――よろしくお願いしまぁぁぁぁああす!」と絶叫してから、微動だにしていない。

 そして、お互いに一言も言葉を発せぬまま、現在に到る……。


「……」

「……」


 ――つ、辛い……!

 ずっと、前に伸ばしっぱなしの腕が疲れてプルプルしているし、直角に曲げたままの腰も軋み始めている気がするが……そんな事よりも、さっきから早瀬が沈黙したままなのが、めちゃくちゃ心理的に辛い。

 俺達がいるA階段の踊り場――いや、校内は、いつもに比べて静かだった。多分、いつまでも止まない雪で帰れなくなる事を怖れて、多くの生徒がいつもより早めに帰ったからだろう。

 その事自体は、早瀬に再アタックする俺にとっては、寧ろ好都合ではあったのだが、あまりに静か過ぎて、気まずい沈黙がより一層重く感じる……。


 ……どのくらい経っただろうか?

 多分……そんなに時間は経っていないと思う。まだ、2分か、3分か……。

 ――だが、俺にとっては、数時間のように感じられた。


「……あ、あの……早瀬さん?」


 ついに耐え兼ねて、俺は顔を伏せたまま声を上げた。


「あの……困らせてしまってるのなら、ごめんなさい」


 俺は彼女に謝り、思うように動かない舌を懸命に回し、本当は言いたくない言葉を苦労して紡ぎ出す。


「も……もし、答えがノーだったら……」

「……」

「そ……その時は、これは受け取らず、何も言わずに立ち去ってくれて構わないから! ……そうなったら、俺は潔く諦めて、二度と君には近付かないから、安心し――」


 葛藤で(はらわた)が千切れそうな思いで吐いた俺の言葉は、半ばで途切れた。

 ――急に、俺の掌の上で感じていた重さが消えたからだ。

 それを感知した途端、俺の左胸が破裂しそうなほどに膨れ上がる。


 ――早瀬が、俺のチョコを手に取った……? そ、それってつまり、オッケーって事……?


 と、一瞬で大気圏外へ飛び出しかける程にアガった俺のテンションだったが、次の瞬間、地殻をぶち抜いてマントル層まで沈み込みそうなほどに落っこちる。


 ――カサリ


 と、微かな音と共に、俺の掌の上に、袋が()()()()()()からだ。


「あ……」


 ――(チョコ)……返された? ……って事……は。


 俺は、その事が何を意味するのかを悟り、ガックリと肩を落とす。

 そして、ゆっくりと手を引っ込めると、早瀬に向かって更に頭を深く垂れた。


「……ありがとうございました、早瀬さん。そして……こんな事で呼び出して、すみませんでした」


 そう言って、俺は早瀬に頭を下げたまま、歯で唇をきつく噛む。そうしないと、喉の奥から込み上げる嗚咽が口から漏れてしまいそうだったからだ。

 そして、顔を伏せたまま足元に置いたカバンの持ち手を引っ掴み、突っ返されたチョコの包みを胸に押し付けながら、彼女の脇を通り、階段を駆け下りようと――。


「――ちょ、ちょっと待って、高坂くん!」

「……へ?」


 早瀬に、慌てた声で呼び止められ、俺は間の抜けた声を出しながら、反射的に振り返る。

 振り返り間際に、泣き出すコンマ3秒前くらいの情けない顔を彼女に見られてしまったかも……という懸念が頭を過ぎったが――早瀬の顔を見た瞬間、そんな雑念はきれいさっぱり吹っ飛んだ。

 早瀬の可愛い顔が、まるで熱に浮かされているかのように真っ赤に染まっていたからだ。


「え……ええと……。早瀬さん、大丈夫? 何だか、顔が赤いけ――」

「そ、そうじゃないの! 高坂くん、ちゃんと見て!」


 思わず彼女を気遣う俺の言葉を遮った彼女は、必死な表情を浮かべながら、俺の胸元を指さす。


「へ? ちゃ、ちゃんと見るって……何を?」

「だ……だから、その……手に持ってる……袋……を……」


 だんだんと小さくなっていく彼女の声につられ、俺は胸元に押し付けたチョコの袋に目を遣った。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を――。


「……手に持ってる袋って……バレンタインのチョコの袋でしょ? 今しがた、早瀬に返された…………って」


 そう言いかけた俺だったが、ふと違和感を覚えて、


「……アレ?」


 と、首を捻った。


 ――青い生地に赤いリボン? ……俺が持って来たのは、ピンク色の生地に白いリボンじゃなかったっけ……?


 どういう事か理解できず、俺は眉根に皺を寄せて考え込む。

 ――と、


「えー、高坂くん。高坂ヒカルくん。ちょっと注目して下さい」


 ……と、何やら改まった口調で、早瀬が声をかけてきた。

 俺はキョトンとした顔をして、目をパチクリさせながら答える。


「あ……は、ハイ。な、何でしょう、早瀬さん……」

「おっほん! 高坂くん――あなたが探している物は、ズバリコレでしょう!」


 と、やたらと芝居がかったトーンで叫んだ早瀬が掲げたのは――白いリボンで口を結ばれたピンク色の……見覚えのある袋だった。


「あ――っ!」


 それを見るや、俺は驚きの声を上げた。そして、目を大きく見開きながら、早瀬が持つ袋を凝視する。


「それ……! 俺が渡そうとしてた、バレンタインのチョコ――!」


 な――何で、早瀬がそれを持っているんだ?


「……いや、っていうか――」


 呆然としていた俺は、ハッと我に返ると、自分の手元に視線を移す。

 俺の手には確かに、見覚えの無い青色の袋が握られている――。


「こ……これって、何……?」

「……そんなの、決まってるじゃん」


 俺の口から漏れた疑問に、早瀬は真っ赤に染まった顔でニッコリと微笑みながら、静かに言葉を重ねた。


「バレンタインのチョコだよ。……私が、高坂くんへ渡した――ね」

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