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それでも君が好き

 俺がカバンの中から取り出した袋を見た早瀬が、僅かに声を上ずらせながら尋ねてくる。


「それって……、もしかして、チョコ?」

「……ま、まあ、うん」


 自分で考えた末に用意して、満を持して取り出したにも関わらず、何だか気恥ずかしくなった俺は、照れ笑いを浮かべながら頷いた。

 ――と、それを聞いた早瀬の表情が憂いに満ちた。


「あ……そっか」


 彼女はそう呟くと、何故か、どことなく寂しそうな微笑みを浮かべた。

 ――見覚えのある表情。


『……良かったね、高坂くん!』

『高坂くんと香澄先輩……うん! ……お似合いだと、思うよ、うん……そだね……』


 ……そうだ。

 先月、北八玉子駅のホームで、早瀬と別れる直前――。

 俺が諏訪先輩に告白された事を伝えた時に、彼女が浮かべていた表情と同じだ……。


「……おめでとう、高坂くん!」


 早瀬は、あの時と同じような、無理矢理絞り出したような、殊更に明るい声色で俺に祝福を述べる。


「それって、香澄先輩から貰ったチョコでしょ? 良かったね!」

「あ……、いや、違うんだ、()()()


 俺は慌てて首を横に振ると、カバンの中から口の開いた袋を取り出し、早瀬に見せた。


「諏訪先輩から貰ったのは、こっち。……()()()()として、ね」

「え……?」


 早瀬は、俺の答えにキョトンとした表情を浮かべる。


「と……友チョコ? え……と、それって、どういう――」

「……」


 俺は、彼女の問いに答える前に、大きく息を吸って気持ちを落ち着かせた。

 そして、静かに言葉を紡ぐ。


「実は――諏訪先輩からの告白は……断ったんだ」

「え……?」


 俺の言葉に、早瀬の潤んだ目が、一際大きく見開かれた。

 そして、両手を胸の前で組んで、おずおずと俺に問いかける。


「――どうして? 何で断ったの? あんなにいい女性(ひと)なのに?」

「それは……」

「あんなに綺麗で、頭も良くて、優しいのに?」

「うん……」

「スタイルもいいし、おっぱいも大きいし……」

「うん、そうだよね……って、ちょ、違うからね!」


 早瀬の言葉に頷きかけた俺は、慌てて否定する。


「い……今頷いたのは、“スタイルもいい”ってところだから! おっぱ……胸の大きさとか何とかは、俺は別に拘ってるところじゃないし――っていうか、この前といい、何か早瀬さんの方が拘ってない? 胸の事――」

「そ……それは……」


 思わず入れた俺のツッコミに、早瀬は俯き、消え入りそうな声で言った。


「や……やっぱり、男の子って、大きい方が好きなもんなんじゃないのかな? 女の子の胸って……」


 あ……気にしてたんだ。

 しゅんとして、自分の胸元に目を落としている早瀬の事を、俺はよっぽど「大丈夫! 確かに巨乳好きな男は多いけど、()()()()()()()()!」と力づけてあげたかったのだが、今はそんなカミングアウトをしている場合では全く無い事を思い出し、グッと堪えた。

 ……つか、唐突にそんな事を口走ったら、高確率でドン引かれるだろうし、下手すりゃ「ド変態の称号ゲットだぜ!」になりかねないしな……。


「えー、ゴホンゲフンガハン!」


 俺は、再び激しく咳払いをして気を取り直すと、話の続きをし始める。


「えーと……。確かに――早瀬さんの言う通り、諏訪先輩も、俺なんかには勿体ない程の女性(ひと)である事は間違い無い……それは、俺も良く解ってるんだ」

「……じゃあ、どうして?」

「――決まってる」


 俺はそう言って、一旦言葉を切ると、早瀬の目をじっと見つめて、キッパリと言った。


「俺には、別に好きな人がいるから。――一回告白して、ハッキリと断られて……それでも諦められないくらいに好きな女性(ひと)が……」


 彼女の顔を見て言えたのは、そこまでが精一杯だった。だから、今の俺の言葉を聞いた早瀬が、どんな顔をしているかは分からない。


 ……やっぱり、止めた方が良かったんじゃないだろうか?


 と――不安と後悔が俺の心の中で渦を巻く。

 が、既に賽は投げてしまった。……もう、引き返すことなど出来ない。

 そう、俺は自分に言い聞かせ、手に持ったチョコの包みとレオ奈ちゃんペンダントに目を落としながら、訥々と口を動かす。


「……正直、昨日まで、ずっと考えて悩んでたんだ。早瀬さんと諏訪先輩、どっちを選ぶべきなのか――って」

「……」

「で――昨日、うたた寝をした時に、夢を見たんだ」

「……夢?」


 訝しげに聞き返す早瀬の声に頷き、俺は言葉を継ぐ。


「何か……広い公園の芝生で、俺と早瀬さんが、一緒に遊んだり弁当を食べたり……そんな他愛もない事をしているだけの夢」

「……」

「その夢を見ている時、何だか分からないけど、とっても愉しくて、物凄く幸せな気持ちになっててさ。――起きた時に気付いたんだよ。俺の本当の気持ちに、さ」

「……ん」


 早瀬の、声とも相槌とも溜息ともつかない短い息の音が、俺の耳朶を打つ。

 俺は、チョコの袋を乗せた手に、少しだけ力を込め、袋がクシュっと音を立てた。


「……だから、俺は決めたんだ。もう一度断られてもいい。嫌われてもいい。たとえ気持ち悪がれてもしょうがない……ホントは嫌だけど――それでも、自分の正直な気持ちを、もう一回だけ、君にキチンと伝えよう、って」


 そう言いながら、俺はチョコの袋とレオ奈ちゃんペンダントを重ねる。


「……で、言葉だけじゃアレだし、せっかくのバレンタインデーだからと思って。――ハル姉ちゃんや羽海に手伝ってもらいながら、これを昨日の夜に作ったんだ。早瀬さんに渡す為のチョコレートを、さ」

「……」

「――日本じゃ、女の子が男にチョコレートを渡すイベントだけど、海外じゃ、男が女性に渡す国もあるらしいんだ。だから、俺が渡すのもアリかな――って。はは……」

「……」


 俺の言葉にも、早瀬の反応は無かった。

 その事実に(やっぱり……ドン引かれたか……)と、俺の胸中に絶望の黒い霧が蔓延り始める――が、


『……頑張って』

『ガンバレ』


 先ほど、諏訪先輩からかけられた言葉と、シュウから送られてきた短いメッセージが脳裏に浮かんだ。

 その言葉に力強く背中を押された俺は、もう一度目を上げた。

 そして、目の前に立つ想い人の目をしっかりと見つめながら、ゆっくりとその名を呼ぶ。


「……早瀬さん――早瀬結絵さん」

「は……はい」


 俺の呼びかけに、頬を真っ赤に染めた早瀬が頷く。

 彼女の声を耳にした途端、心臓の鼓動が大きくなり、俺の全身が熱い血潮が駆け巡るのが分かった。

 俺は、大きく息を吸い込むと、胸の中に溜め込んだ彼女への想いを言葉に乗せる。


「俺――高坂晄は、ここ(A階段)で初めて会った時から、あなたの事が好きです! その気持ちがずっと変わらない事を、このライ夫くんペンダントにかけて誓います!」


 と、一気に捲し立てた俺は、チョコの袋とレオ奈ちゃんペンダントをお椀型にした両手の上に乗せて、早瀬に向けて差し出し、言葉を継いだ。


「……もしオッケーならば、このチョコレートとレオ奈ちゃんペンダントを受け取って下さい」


 そう言った俺は、両手を前に伸ばしたまま、早瀬に向かって深々と頭を下げ、


「――よろしくお願いしまぁぁぁぁああす!」


 万感の思いを込めて叫んだのだった。

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