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獅子の首飾りの少年

 「あ……、は……早瀬……さん?」


 突然目の前に現れた早瀬を前にした俺は、唖然としながら、目をパチクリと瞬かせた。

 早瀬は、階段を駆け上ってきたせいか、膝に両手をついて、肩を上下させながら息を弾ませている。

 と、


「……あれ?」


 俺は、彼女のコートの肩と茶色い髪の毛に、溶けかけの雪が付いているのに気付いた。


「雪……? なんで……」


 そう呟きながら、俺は無意識に彼女に近付き、肩と髪に付いた雪の粒を払い落としてあげ――


「――て! ご、ゴメンッ!」


 自分がとんでもない事をした事に気が付き、慌てて手を引っ込めた。


「ご……ごめん、早瀬さん! か、勝手に髪の毛とかに触っちゃって……。ゆ、雪が付いてて、何だか冷たそうだったから、つい……」

「あ……う、ううん……」


 最敬礼で謝る俺に、早瀬はブンブンと首を横に振る。

 そして、寒さで真っ赤にした頬を緩ませて、柔らかい笑みを浮かべた。


「……ありがと、高坂くん。嬉しいよ」

「あ……は、はい。どういたし……まして」


 良かった……、俺の身の程知らずの暴挙にも、早瀬は怒っていないようだ。

 と、俺はふと違和感を覚えて、首を傾げた。


「あれ……? でも……何で、雪が?」

「えへ……それはね……」


 俺の問いかけに、早瀬ははにかみ笑いを浮かべる。


「ちょっと……友達のみんなが居て、なかなか一人になれなかったから、一旦帰ったふりをして、途中で引き返してきたの。傘を差しながらだと、走りにくかったから、途中で畳んで――だから、雪が……」

「え……?」


 彼女の答えに、俺は戸惑いの声を上げる。


「一旦学校を出て、それから引き返してきたって……? でも、ついさっき見た時には、メッセージに既読が付いてなかったけど……」


 そう呟きながら、俺は慌ててスマホを取り出し、LANEを開く。

 ――さっき見た時には未読状態だったメッセージには、いつの間にか“既読”の表示が点いていた。


「あ……LANEのメッセージには、学校に着いてから気付いたんだ。高坂くんにメッセージを送ろうとしたら、もう高坂くんからのメッセージが先に届いてて……。受信してから結構時間が経ってたみたいだったから、返信とかする余裕も無くて、直接ここに向かったの」

「あ……なるほどですね~……」


 早瀬の説明に頷きかけた俺だったが、ふと不自然な点に気付き、更に首を捻る。


「え……と。でも、それじゃ、わざわざ学校から帰るふりをして引き返した理由にはならないよね?」


 そう呟いて、早瀬の顔を見つめた。

 すると、俺の視線を受けた早瀬は、つと視線を逸らした。


「だって……」


 そして、やや目を伏せながら、小さな声で答える。


「それは……どうしても、高坂くんに伝えたい事があって……」

「え……?」


 彼女の言葉を聞いた瞬間、“トクン”と音を立てて、左胸が跳ね上がったのを感じた。


「……」


 そんな俺の目の前で、早瀬は床に目を落としたまま、急に押し黙ってしまう。呼吸は大分落ち着いたようだが、その頬は相変わらず真っ赤だ。

 思わず、『俺に伝えたい事って?』という問いが、俺の口から出かけたが、咄嗟に唇を噛んで言葉を圧し殺す。


 ――先に呼び出したのは俺なんだから、俺から話すのが筋だ。


 そう考え、俺は覚悟を決めた。――何せ、これで()()()なんだ。少しは慣れた――多分。


「えー、ゴホンエヘン!」


 拳を口元に当てて、大袈裟な咳払いをする。

 そして、俯いたままの早瀬の顔をじっと見つめ、静かに言葉をかける。


「……じゃ、早瀬さん。俺から先に、伝えたい事……言うね」

「う……うん……どうぞ」


 俺の言葉に、早瀬は顔を上げ、その大きな瞳で俺の顔を見返すと、真っ赤な顔のままでコクンと小さく頷いた。

 俺も頷き返すと、おもむろにカバンをまさぐり、金色に輝く()()を取り出した。

 それを見た早瀬の目が、大きく見開かれる。


「そ……れって――レオ奈ちゃんペンダント……?」

「うん……」


 上ずった早瀬の声に、俺は小さく頷く。


「あの日――クリスマスイブに、北武園遊園地のフードコートで、早瀬さんから貰った……カップルで持ってると御利益があるっていうペンダントだよ」

「……そういえば、そうだったね」


 早瀬は、ぎこちない笑みを浮かべた。その大きな瞳は、天井の蛍光灯の光を反射して、キラキラと輝いている。

 そして、彼女は訝しげな表情を浮かべて、ちょこんと首を傾げた。


「……でも、それが今更どうし――」


 そこまで言いかけてから、早瀬は何かを悟ったかのように大きく目を見開き、「……そっか」と小さく呟いた。

 そして、彼女は軽く唇を噛むと、静かな声で言う。


「そもそも……別に、工藤くんとは何でもないんだから、そんなもの、もういらないよね。だから、私に返す為に、今日――」

「……いや、違うよ」

「え?」


 俺の答えにびっくりした顔をする早瀬を尻目に、俺は制服の襟元に指を突っ込んで寛げると、首にかけていたものを取り出し、彼女に見せた。

 再び、彼女の目が驚きで大きく見開かれる。


「そ、それって……ライ夫くんペンダント? え? なんで……? それって、工藤くんが持ってるんじゃ……」

「……これも、あの日に貰ったんだ。――シュウから」

「え――?」


 俺の言葉を聞いた早瀬は、驚きの声を上げる。


「確か――観覧車に乗り込む前だったかな? ……俺と早瀬の仲がうまくいくように――って、アイツが渡してきたんだ」

「あ……」


 早瀬はハッとして、手を口に当てた。

 そんな彼女に、俺は苦笑いを向け、更に言葉を継ぐ。


「まあ実際のところは……レオ奈ちゃんペンダントは、早瀬じゃなくて、俺のポケットの中に入ってましたっていう、間抜けなオチだった訳なんだけどね。……ははは」

「……」


 乾いた笑い声を立てる俺だったが、早瀬は笑わなかった。

 ただただ訝しげな表情を浮かべて、俺の首にかかったライ夫くんペンダントと、俺の掌の上に乗ったレオ奈ちゃんペンダントの事を交互に見ているばかりだった。


「……ごほん」


 何だか気まずくなった俺は、もう一度咳払いをして、気持ちを仕切り直す。


「……ええと、それで――早瀬さんは、この二つのペンダントの“御利益”が何だったか、覚えてる?」

「え……う……うん」


 急に俺に問いかけられた格好になった早瀬は、戸惑いながらも頷いた。


「……このペンダントを持ち合ってるカップルは、ずっと一緒にいられる……って」

「うん……そうだね」


 早瀬の答えに大きく頷き、俺は手に持ったレオ奈ちゃんペンダントを固く握りしめた。

 そして、大きく深呼吸をすると、じっと早瀬の目を見つめ、静かに言葉を続ける。


「さっきも否定したけど、今日、ここにレオ奈ちゃんペンダントを持って来たのは……これを君に返す為じゃないんだ――」

「……じゃあ、どうして?」


 そう聞き返す早瀬には応えず、俺は再びカバンに手を突っ込み、慎重な手つきで“それ”を取り出す。


 それは――白いリボンで口を結んだ、ピンク色の小さな袋だった。

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