男同士、教室、放課後。何も起きないはずがなく……?
冒頭のイラストは、梨乃実様より頂戴しました!
一目で、当作品のあらすじが分かる、素晴らしいイラストです!
梨乃実様、ありがとうございます!
(イラスト・梨乃実様)
――それから先のことは、殆ど記憶が無い。
早瀬が目をキラキラと輝かせながら、俺とシュウの関係を探る質問を、次々と繰り出してきたのは覚えているが、その記憶は、まるで一昨年、インフルエンザで四十度の高熱を出して寝込んでいた時のようにフワフワとしていた。
それだけ、早瀬の口から出た
『――高坂くんと工藤くんって、どっちが“受け”で、どっちが“攻め”なの?』
という言葉の破壊力は高かったという事か……。
もちろん、早瀬自身は何の悪気も無く、純粋な好奇心からの質問だったのだと思うが、よりによって、学年一の美少女――更に、初恋の感情を抱いた相手に、俺とシュウの関係をそういう意味で誤解された事と、早瀬のような清純そうな少女の口から、『受け』だ『攻め』だというハイブロウな単語が機関銃の如く弾き出されてきた事に、俺は強い衝撃と――絶望を覚えたらしい。
そんな極限の精神状態下での、早瀬の質問に対する俺の回答も、朦朧とした意識の中で紡がれたうわごとのようで、多分回答の意味をなしてないモノだったのだと思う。
結局、俺の記憶は早瀬の、
『――やっぱり、工藤くんの方が攻めかな……? でも、高坂くんのヘタレ攻めっていうのもアリかな~って、私は思ってるんだけど……どう?』
という言葉を最後に、ぷっつりと途切れたのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
「おい……ヒカル? 大丈夫か? ――おい! しっかりしろ、ヒカルッ!」
そう耳元で叫ばれながら、肩を激しく揺さぶられて、俺は我に返った。
虚ろだった目の焦点が合うと、目の前10㎝ほどの距離に、心配そうな表情を浮かべた、幼い頃から見慣れた顔があった。
その整った顔の主が、幼馴染のシュウだと気付いた瞬間、
「う――! うわああああぁっ!」
「おっ? おわあああっ!」
俺の背筋に何ともいえない寒気が走り、自分でもびっくりするくらいの悲鳴を上げて、シュウの身体を思い切り突き飛ばした。
そして、その反動で、座っていた椅子から転げ落ち、腰を強かに打って、床の上でのたうち回った。
「い――イチチチチ……」
「お、おいおい、大丈夫かよ、ヒカル!」
慌てた声をあげつつ、シュウが慌てて俺を助け起こそうと手を伸ばすが、俺はブンブンと首を激しく横に振った。
「ひ――ッ! あ……いやいや、だ、大丈夫。――ひとりで立てる……から」
正直なところ、腰を強打したせいで足下が覚束なかったのだが、俺は軋む腰骨に活を入れつつ、出来るだけ平然を装いながら立ち上がる。シュウに心配を掛けさせまいと――ではなく、単純にシュウの助けを借りる事が嫌だったのだ……本能的に。
「そうか……」
シュウは、俺の言葉に、微かに顔を曇らせたが、すぐに微笑で表情を上書きした。
そして、いつものように気さくに俺にしゃべりかける。
「――つか、どうしたんだよ、ヒカル。こんな時間まで教室に残って……灯りも点けずに――さ」
「……こんな時間?」
シュウの言葉に、俺は首を傾げながら、窓の外へ視線を遣る。
――外はすっかり、とっぷりとした闇に覆われていた。
「え、暗っ! ――い、今何時だよ?」
「今? えーっと……7時……33分」
「し――7時ぃ……33分んん?」
マジでか?
シュウの答えに、俺は仰天した。下校時間をとっくに過ぎている。……というか、こんな時間まで、俺はずーっと椅子に座り続けていたのか?
「いや……部活が終わって、帰ろうと下駄箱に行ったら、ヒカルの靴が残ってたからさ。まだ帰ってないのかと、心配になって探してたんだよ。お前、LANE送っても、電話かけても、返事返さないしさ」
「え……?」
俺は、シュウの言葉にビックリして、ポケットの中からスマホを取りだし、スリープを解除する。……確かに、シュウからの着信とメッセージの履歴が十件ほど通知されていた。
「……ゴメン、気付かなかったわ。……それで、今までずっと俺を探して――」
「――まあな。逆に教室は盲点だったぜ。……見付けるのが遅れてゴメンな」
「え、えええ? いや、そこはシュウが謝るトコじゃ無いだろ! むしろ、お前に心配をかけさせた俺の方が謝らないと……」
真剣な顔で頭を下げてくるシュウを前にして、慌てて首を横に振る俺。
シュウは、俺の言葉に、「そうか?」と首を傾げている。
そんなシュウの様子に、俺は思わず苦笑を漏らした。
「……まったく、お前は、何でそんなに――」
――トクンッ
「……ッ!」
俺は、突然跳ねた己の心臓の鼓動にビックリして、思わずシュウの前から飛びすさった。
い――いやいやいやいや!
な……何だ、今の心臓の高鳴りは……?
ま……まさか……、
今――ときめいたのか、俺は?
――その瞬間、俺の脳裏に数時間前に早瀬からかけられた言葉がフラッシュバックする。
『――高坂くんと工藤くんって、どっちが“受け”で、どっちが“攻め”なの?』
『――どっちが“受け”で、どっちが“攻め”なの?』
『受け……攻め……』
「いやいやいやいやぁ! 違うって! 今のはそうじゃないぃ!」
俺は、頭蓋骨の中で止めども無く反響し続ける早瀬の声を振り払おうと、両手で頭を抑えながら、激しく上下にシェイクした。
目の前のシュウも、唐突な俺の奇行に、唖然としていた様だったが、
「お……おい! 落ち着けって! ヒカルッ!」
我に返ると、慌てて俺を制しようと手を伸ばす。
近付いてくるシュウの大きな手――。
再び、早瀬のアノ言葉が、ボリュームを増して脳内に響く。
『――やっぱり、工藤くんの方が攻めなのかな……? でも、高坂くんのヘタレ攻めっていうのもアリかな~って――』
「やめろおおおっ! 俺は……俺はッ!」
「ヒカルッ!」
「――ッ!」
錯乱しかけた俺は、シュウの一際大きな声で正気を取り戻した。
シュウが心底心配そうな顔で、俺を見ている事に気付いた俺は、奴から目を逸らして、
「あ……その、ゴメン」
そう言うのが精一杯だった。
俺は、やおら机の上のカバンを持ち上げて肩にかけると、
「――さ、さあ、早く帰ろうぜ。こんなに遅くまで校内に残ってるのが生活指導の長尾に見つかったら、どやされるだけじゃ済まないからな……」
「……ヒカル」
「……な、何?」
シュウに呼ばれた俺は、出来るだけ平静を装いながら振り返る。
シュウは、先程までとは打って変わった柔らかい笑みをその顔に浮かべながら言った。
「じゃあさ……、帰りに飯食って帰ろうぜ。ミックで」
「飯……?」
「……色々あったんだろ? 放課後、早瀬と会った時に……」
「……あ……いや……」
「話、聞くよ。――いや、聞かせてくれ」
「――っ。い……いやあ……」
「……安心しろよ」
フッと表情を消し、真剣な表情になるシュウに、俺は二の句が継げずに、ただ、彼の次の言葉を聞くしかできない。
――と、シュウは、力強く親指を立てながら言った。
「金の事なら心配すんな! もちろん、オレの奢りだ!」