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DO 嫌 DO

 今日はバレンタインデーという事で、朝から様子がおかしかったのは、俺だけではなかった。クラス中の誰もが、どことなくフワフワと、まるで風船のように浮ついていた。

 男子生徒は、雑談に興じたり、スマホゲームに集中したり、マンガ雑誌を捲ったりと、いつも通りを装いつつも、その視線はチラチラと四方八方に飛び回り、絶えず女子生徒の様子を窺っている。

 女子生徒は女子生徒で、キャッキャとはしゃぎながら、互いの様子に目を配っている。その様はまるで、誰かが不審な動きをしていないか、抜け駆けしようとしてはいないかを油断なく探る隠密のようだった……。


 授業が始まれば、一時的に緊張した空気は和らぐが、休み時間に入った途端に、まるで張りつめた絹の糸のように緊張した空気が教室を覆い尽くす。

 午前中は、その緊張と弛緩を繰り返すだけで終わった。



 そんな均衡状態が崩れ始めたのは、昼休みに入ってからだった。


「――おい、聞いたか? “撃墜王酒井”が――!」


 クラスメイトの熊城が、教室に走り込んでくるや、大声で叫んだ。

 途端に、教室の中にいた生徒たちが、驚きの声を上げる。


「え? 酒井って、D組の酒井次朗だろ?」

「え、ええっ? さ……酒井君が?」

「ジロー様がどうしたのよっ? ちょっと、早く言いなさいよ! クマぁッ!」

「つか、“撃墜王”って、どういう事だよ?」

「そりゃ、女たらしで、狙った女は必ずオトすから“撃墜王”だよ」

「……おかしいわね。あたしはまだ声をかけられた事無いんだけど?」

「「あ……(察し)」」

「ちょ! 何か言いなさいよ、アンタ達ッ!」


 クラスメイトの男子と女子が様々な声を上げる中、俺とシュウは、窓際にある俺の席を囲んで、一緒にコンビニで買っていたパンを頬張っていた。

 俺達も『撃墜王酒井』のロクでもない威名と行状は知っていたが、別に絡みがある訳でもない。彼に何があったかは知らないが、所詮他人事だと、全く関心を払っていなかった。


 ――息を切らせながら喋る熊城の声が聞こえてくるまでは。



「いや、それがな。あの女狂い、バレンタインデーだからって、自分からチョコを催促したらしいんだよ。()()()()()()()()!」

「ブ――――ッ!」

「うわっぷっ!」


 熊城の言葉に、俺は思わず口の中のコーヒー牛乳を噴き出した。コーヒー牛乳が細かい飛沫となって、辺りに飛び散る。


「あ……ごめん、シュウ! つ、つい……」


 俺は慌てて、ポケットからハンカチを出して、顔中コーヒー牛乳まみれになったシュウの顔を拭き取りながらも、意識は熊城の方へと全振りしていた。


 ……撃墜王酒井が、よりによって早瀬にチョコを催促した――だと?


 神経が粟立つのを感じながら、俺は熊城の話に聞き耳を立てる。


「おい、熊城っ! どういう事だってばよ?」

「だから! さっき、酒井のヤローがわざわざC組まで出向いて、早瀬ちゃんを廊下まで呼び出したんだよ! そこで言ったんだよ、『君は僕の事が好きなんだろう? だったら、受け取ってあげるから、チョコレートを渡してくれ給え』って!」

「うわ、何それウザっ! 『受け取ってあげる』って、どんだけ自信満々なんだよ、あのチャラ男!」

「まあ、『撃墜王』だからなぁ。自信も持つだろうぜ。……オレらとは違ってよ」

「……て! そ、それはどうでもいいから! それからどうなったの、ジロー様は?」


 殺気立ったクラスの女子に胸倉を掴まれ、グラングランと前後に揺すられながら、熊城は目を回しつつ言葉を継ぐ。


「そ……それで……」

「それでっ?」

「早瀬ちゃんは、カバンからチョコを出して、渡したんだよ!」


「――ッ!」

「い、痛ててててっ! 痛ぇよヒカルっ! 強い! 力が強い! オレをのっぺらぼうにするつもりか、お前!」


 熊城の話を聞き取るのに夢中になり過ぎた俺は、ついつい力の加減を間違え、鍋にこびりついた頑固な油汚れを落とすレベルの強さでシュウの顔をゴシゴシと擦っていたらしい……。


「……あ、ああ、ご、ごめん!」


 俺は慌ててシュウの顔から手をどけるが、心は千々に乱れていた。


 ……早瀬が? “撃墜王”酒井に? ――それって……。


 キメ顔で手を伸ばす酒井と、そんな彼に頬を染めながらチョコを差し出す早瀬という、嫌過ぎる想像が脳裏にデカデカと現れ、俺の目の前は逆に真っ暗になる……。

 そんな俺の絶望をよそに、熊城を囲むクラスメイト達の喧騒は、更に大きくなった。


「うおっ、マジかよ! 遂に、あの早瀬も……!」

「ああ……我が校の希望の花が、あんな女ったらしの毒牙に……!」

「聖域消滅……?」

「うそマジ? あの娘相手じゃ、悔しいけど勝ち目が無いわ……」

「――ちょ、ちょい待てぇい! まだ、話は終わってねえよ! 勝手に決めつけんな!」


 絶望と羨望と嫉妬の声が満ちる教室に、熊城の声が響き渡った。

 彼は、自分がこの場の中心に立っている事を、どことなく快感に感じてそうな表情を浮かべながら、大袈裟な身振りでクラスメイトを制した。

 そして、たっぷりと観衆(オーディエンス)を焦らせてから、言葉を継ぐ。


「お前ら、安心しろ! 早瀬ちゃんは、()()()()()()渡してねえよ!」

「え? だって今、『カバンからチョコを出して、渡した』って言ってただろ?」

「ああ、言った!」


 熊城は、ひとりのクラスメイトの問いかけに対して胸を張って頷いた。

 そして、矛盾する発言に怪訝な表情を浮かべる周囲に向けて、言葉の続きを言い放つ。


「――でも、渡したのは、タダの義理チョコだったんだよ!」

「「「「「な……何だってクマシロォ――ッ!」」」」」


 熊城の言葉に、教室のあちこちから、同時に声が上がった。

 ……その中のひとりに、この俺が含まれていた事は言うまでもない。

 そんな俺たちに、熊城は満足そうに頷き返しながら、更に言葉を継いだ。


「そうなんだよ! 早瀬ちゃんが酒井のヤローに渡したのは、他の取り巻き連中に渡していたのと同じ、小っちゃな義理チョコだったんだよ! それを渡された時の酒井のツラ……傑作だったぜ!」

「マジかよ! ……いや、単に渡し間違えただけって可能性も……」

「あ、それも酒井は確認してた。『僕に渡すチョコは違う形なんじゃないのかい?』って、声を震わせながら。――そうしたら、早瀬はキョトンとした顔で、『えー、間違ってないよー? ていうか、酒井くんのチョコ、用意してなかったー。ごめんね~』……って!」


 その熊城の言葉に、教室はドッと湧いた。


「ま……マジか! “撃墜王酒井”が、逆に撃墜されたってか!」

「キッツいな! 『用意してなかった』とか……トドメの追い打ちまでかけてるじゃん!」

「やべーっ! 早瀬にフラれた時のアイツの顔、見てみてぇ~!」

「や、やべえ~! つうか、その場面、クソ見てえっ!」

「おいクマ! お前、動画撮ってねえのかよッ?」


 腹を抱えながら、熊城に詰め寄る男子や、歓声や嘆声を上げる男子や女子の声で、昼休みの教室はお祭りのような騒ぎになる。


「……おい、ヒカル。――おーい」

「……へ? え、な、何? シュウ……」


 暫くの間、シュウが呼びかけている事に気が付かなかった俺は、慌てて首を巡らし、シュウに訊き返した。

 ――と、やにわにシュウが俺の肩に手を置く。

 そして、俺の目をじっと見つめながら、静かに言った。


「……良かったな」

「あ……ま、まあ……いや……」

「顔……にやけてんぞ」

「……はい、良かったっす……ハイ」


 と、俺は顔を真っ赤にしつつ、小さく頷いたのだった。

 今回のサブタイトルの元ネタは、Chage&Askaの『DO YA DO』です!


 『酒井が結絵にチョコを催促した』という話に聞き耳を立てるヒカルの心情が、曲中の


 あいつが君に愛を告げた

 君が花を抱えてきた

 あどけない君の顔が

 少しだけ……少しだけ……


 という歌詞にピッタリだと思い、採用しました(笑)。

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