DREAMS HAS TRUE
――ふと気付くと、俺は青々とした芝生の上に立っていた。
『……?』
戸惑いながら、俺はキョロキョロと辺りを見回す。
――どうやら、ここはどこかの公園の広場のようだった。
かなり広い。
サッカーグラウンド二面くらいの広さはあるだろうか。
穏やかな陽の光が照り注ぐ、芝生の生えた広いスペースのそこかしこで、子供たちが追いかけっこをしていたり、少年達がキャッチボールをしていたり、サッカーをしていたりしていた。
広場に、ぽつぽつとまばらに生えている背の低い木の下では、レジャーシートを広げた家族らしきグループが居て、和気藹々とした雰囲気の中で弁当を食べている。
そんな、典型的な“長閑な昼下がり”といった風景のただ中で、俺はひとり当惑していた。
『ここは……どこ? 何で俺は、こんな所に――?』
そう呟きながら、俺は自分の身体を見下ろし、腕を捲った学校指定のワイシャツに制服のスラックスを穿いた自分の姿に違和感を覚える。
――何故ならこれは、夏用の制服だったからだ。
『あれ……? 今って、何月だっけ……?』
……少なくとも、夏服を着ていられる程暖かい時期では無かったような気がする。
でも……、今自分が立っているこの広場は、5月から6月くらいの空気に包まれている様に感じられる――。
何だろう、この違和感は……と、頻りに首を傾げる俺だったが、
『――高坂くん』
突然、背後から名前を呼ばれ、慌てて振り向く。
そして、そこに立っていた、俺と同じように夏用の制服を着た彼女の姿を目にして、思わず顔を綻ばせた。
彼女は、訝しげな表情を浮かべ、小首を傾げながら俺に尋ねる。
『――どうしたの、高坂くん? ボーっとしちゃって』
『あ……い、いや、何でもない……です』
心配そうな響きを湛えた彼女の問いかけに、俺は慌てて頭を振る。
そんな俺に、一瞬キョトンとした表情を見せた彼女だったが、すぐにその顔に柔らかな笑みを浮かべ、俺の手を取った。
『まあ、高坂くんが変なのはいつも通り。――さ、行きましょ!』
『え? ど、どこに……?』
彼女に手を引かれながら、俺は戸惑いの声を上げる。
すると、彼女はくるりと振り向いて、咲き誇る大輪の花の様な満面の笑みを浮かべてみせる。
『――あ、いいや。――行こ!』
その輝く様な笑顔を見た途端、俺はそんな些細な事などどうでも良くなって、彼女に手を引かれながら、一緒に芝生を走り始めた。
それから、俺と彼女は、広場で鬼ごっこをしたり、芝生の上を意味も無く転げ回ってみたり、持って来ていたラケットでバトミントンをしたり、フリスビーをして遊んだ。
……チョー楽しかった!
彼女と共に過ごしているだけで、心臓が高鳴り、胸の中がぽかぽかと温まるのを感じる。
それだけじゃなく、彼女が見せる愉しげな笑顔を見る度に、俺は無上の幸せを感じるのだった……。
そして、お腹が空いた俺たちは、広場の隅に置いてあったベンチに座って、一緒にお昼を食べる事にした。
もちろん、彼女が作って来てくれた、手作りの弁当だ。
俺たちの間に並べられた大きな弁当箱の中には、俵型のおにぎりとポテトサラダ、玉子焼きにかぼちゃコロッケに唐揚げ……と、二人分にしては多すぎる量に感じる程の具材が、文字通りすし詰め状態でぎっしりと入っていた。
その中から、彼女はタコさんウインナーを箸で摘まみ上げる。
『……美味しく出来たか分からないけど』
と、彼女がはにかみながら、箸で摘まんだタコさんウインナーを、俺の口元まで運ぶ。
――何をおっしゃる! 君が作ってくれたタコさんウインナーなら、一流料亭のシェフが作ったタコさんウインナーなんかよりも美味しいに決まってる!
……なんて気の利いたセリフを口にできるはずも無く、俺はドギマギしながら、迫りくる赤いタコさんウインナーに向けて、軽く目を瞑って、大きく口を開けてみせる。
タコさんウインナーを摘まんだ彼女の箸が、俺の口の中に入る――
◆ ◆ ◆ ◆
「ちょっ! 愚兄! 大口開けたまんまで、そんな所で寝てないでよっ!」
「あ――……ん……?」
彼女にタコさんウインナーを食べさせてもらう寸前のところで、聞き慣れた妹の罵声が俺の耳朶を打ち、俺はハッと目を開いた。
白い天井と、煌々と光るLEDシーリングが、目を開けた俺の視界に入る。
「あ……れ? ここ……家? こ、公園じゃない……?」
「公園? ひーちゃん、何寝ぼけてんの? ここは、高坂家のリビングよ~」
腕まくりした毛糸のセーターの上にチェック柄のエプロンをかけたハル姉ちゃんが、寝転ぶ俺の横を通り過ぎながら、苦笑交じりにそう言った。
「えぇ……リビング……?」
ハル姉ちゃんの言葉を聞いた俺は、目を擦りながら、ムクリと身を起こした。
……どうやら、リビングのこたつに埋まったまま、うたた寝していたようだ。
「……何だ、夢かぁ」
俺はそう呟くと、こたつの天板に顎を乗せ、少しガッカリしながら、深いため息を吐いた。
そして、ついさっきまで見ていた夢の中での光景を、もう一度思い返す。
「何か……すごくいい夢だった」
夢の中で感じていた多幸感が、まだ胸の中に残っている気がする。身体がぽかぽかと火照っているのは、こたつの中でうたた寝していたからではない。
「……まるで、リア充みたいだったな、夢の中の俺」
――実際は、フラれた子と、告白してくれた先輩のどちらを選ぶかで、一ヶ月以上も答えを出せずに唸り続けていたっていうのにな。
俺は、そう思うと、自嘲気味に笑った。
こたつの上に置いてあったスマホを手に取り、電源ボタンを押す。
暗かった液晶画面に光が灯り、ロック画面が表示される。
――2月13日
と、液晶画面に表示された日付を見て、俺は小さく息を吐いた。
「……いよいよ、明日か」
誰に言うでも無しに、俺は独り言ちる。
そう――、
『来月の14日……、甘いチョコレートを作ってくるわ』
『条件は――バレンタインまでに、あの日の告白の最終的な答えを聞かせてくれる事』
と――諏訪先輩が俺に告げたタイムリミット。それが、いよいよ明日に迫ってきているのだ。
俺は、かれこれ一ヶ月以上、先輩の告白への返事をどう答えるかを考え、悩み続けていた。――つい、さっきまでは。
「……やっと解った」
俺は軽く目を閉じると、ポツリと呟いた。
「彼女なんだな……」
――夢の中で、彼女と一緒に遊び、弁当を広げた。本当に幸せだと感じた。いつまでもこのままでいたい……そう、自然に考えられた。
この気持ちは、間違いない。
――俺は、彼女が、好きだ。