ありふれたLove Storm~男女問題はいつも複雑だ~
「と――とりあえず、話を戻しますよ!」
「ら、ラジャっす」
羽海にメニューでシバかれた頬を擦りながら、俺と糟賀さんは頷き合った。
と、俺は首を傾げた。
「……ところで、どこまで話しましたっけ?」
「えーとぉ……確か……」
俺の問いかけに、糟賀さんは目を天井の方に向け、顎に指を当てながら答える。
「……部活の先輩さんが綺麗で、おっぱいがいっぱ痛ッ!」
「そこからじゃ、また同じ話になるだろうがボケェッ!」
糟賀さんの顔面に容赦なくおしぼりを叩きつけた羽海が、目を仁王のように吊り上げて叫んだ。
「『部活に二年生の先輩がいる』ってところからやり直せ愚兄ぇぇい!」
「あ、ハイ畏まりました羽海サマ!」
俺は、般若の如き形相で怒鳴る羽海に、跪かんばかりの勢いでコクコクと頷いた。
糟賀さんのように、その手に握った、呼び出し用コードレスチャイムを脳天に叩き込まれてはかなわない……。
俺は、ごほんと咳払いをすると、糟賀さんの方に向き直った。
「――で、フラれた後、諏訪せ……その、ぶ、部活の先輩に、こ……告白……されたんです、ハイ」
「おお~!」
「ふぇっ――?」
俺の言葉を聞いて、糟賀さんが歓声を上げ、羽海が驚きで目を真ん丸にした。
糟賀さんは、そのハンサムな顔に爽やかな笑みを浮かべて、拍手しながら言う。
「へ――! 良かったじゃないっすか! おめでとうございます~♪」
「あ……ありがとうございま――じゃない!」
糟賀さんの祝いの言葉に、思わずペコリと頭を下げかけた俺だったが、慌てて首をブンブンと横に振った。
「こ……これはあくまでも、俺の友達の話なんで! 俺の事じゃないんでッ!」
「あ~ハイハイ。そうでしたね、ラジャ~っす」
「……バレバレだっつうの」
「……ゴホンゴホン!」
ふたりのリアクションに気付かないフリをしつつ、俺はもう一度咳払いをして誤魔化す。
と、糟賀さんがテーブル越しに身を乗り出してきた。その目は好奇心でキラキラに輝いている。
「――で、どうするんすか? その先輩と付き合う事にするんすか? ヒカルく――そのお友達は?」
「――そこなんですよね。相談したかったのは……」
俺は、近付いた糟賀さんから距離を取ろうと、ソファの背もたれに身を押し付けながら、少し俯いた。
「……確かに、先輩に告白されて嬉しかった――って言ってました、その友達は。……でも、だからといって、先輩と付き合おうとは……何かならないんですよね……」
「――香す……そのセンパイの事が、女の子として見られないとか? それとも、本当はあんまり好きじゃない……とか?」
と、俺の傍らから、羽海が言った。その顔からは、さっきまでのような憤怒は消えていて、逆に憂いの表情を浮かべている。
その問いかけに、俺は小さくかぶりを振った。
「いや……、そんな事は無いと思う。告白された時は素直に嬉しかったし、先輩は綺麗で、俺……の友達には勿体ないくらいだと思うし……」
「それじゃあ……」
と、そんな俺の様子を見た糟賀さんは、首を傾げながら、訝しげに言う。
「別に問題無いじゃないっすか? 別に、そのフラれた娘じゃなくて、先輩の方と付き合っちゃえば――」
「……俺も、それが一番良いとは思ってるし解ってるんですよ。――でも」
俺はそう言うと、やにわに痛む胸を押さえる。
「……何か引っ掛かってるんですよ。スッキリしないっていうか、モヤモヤするっていうか……」
「――あぁなるほど、そういう事っすか」
俺の曖昧な答えにも、百戦錬磨の糟賀さんには、何かピンとくるものがあったらしい。
彼は腕組みをして、ウンウンとしきりに頷いている。
「いや~、いいっスねえ~。セイシュンっすね~」
「――どこがいいんですか、こんな辛い状況の……」
能天気な事をほざく糟賀さんに、思わずムッとして言い返す俺。
そんな俺の怒気にも動じる様子はなく、糟賀さんの笑みはますます輝く。
「いやいや~、ままならぬ想いに悩み苦しむってのも、立派なセイシュンっすよ! オレの恋愛には、そんな純な感情はもう無いっスから、逆に羨ましいっスわ~」
「……」
「要するにアレっしょ?」
糟賀さんは、ニヤリとニヒルな笑みを浮かべると、おもむろに人差し指を立てる。
「告白してくれた部活の先輩の事は嫌いじゃないし、付き合うのもアリだと思ってるけど、その一方で、あのカノジョさん……じゃなくて、“友達をフッた女の子”への未練も断ち切れなくて、どっちを選ぼうか思いあぐねてる――そんな感じっしょ?」
「ま……まあ、そんな感じです……」
糟賀さんの分析は、概ね的を射ている。正直悔しいが、俺は不承不承頷いた。
そんな俺の返事に、糟賀さんは何度も大袈裟に頷く。
「いや~、青いなぁ! 正に、青い春と書いてセイシュンっすねぇ~! いやいや、ウブウブしくて結構結構!」
「いや! コッチはマジで悩んでるんですから、そんな風に茶化さないで下さいよ! つーか、ウブウブしいって何だよ? それを言うなら、初々しいなんじゃないですか?」
「いやいや、今のヒカルくんのリアクションは、『初々しい』って言うよりも『初心初心しい』っていう方がシックリくるっすよ!」
「つか……『コッチはマジで悩んでる』って……。自分で作った設定を忘れるなし」
「うっ……!」
糟賀さんの言葉と羽海のツッコミに、俺は言葉に詰まる。
そして、ブスッと頬を膨らませると、
「じゃ……じゃあ」
と、俺は憮然として、糟賀さんに尋ねる。
「もし……糟賀さんだったら、どうするんですか? 今の俺……の友達が置かれてるような状況に立たされたら……」
「え? オレがっスか?」
俺の問いかけに、糟賀さんは目を丸くして、ニッコリと満面の笑みを浮かべて、堂々と答える。
「そりゃ、簡単っスよ。両方食っちゃうっス♪」
「……訊いた俺がバカでした」
糟賀さんのサイテーな答えを聞いた俺は、梅干しを噛み潰したような顔をして、荷物を手に席を立とうとする。
「あー、ゴメンゴメンっす! 別にヒカルくんをからかったり茶化したりする気は無いんっすけど、オレに置き換えたら……ネ」
相変わらずの軽薄な口調で弁解する糟賀さんだったが――急に、その表情から笑みが消えた。
「でも……」
「え……?」
突然変わった糟賀さんの雰囲気に、俺は戸惑う。
彼は、真剣な表情で、俺の瞳を見据えて、静かに口を開く。
「逆に、そこまで悩むって事は、君の心の一番奥では、もう答えが出てるんだと思いますよ」
「……え?」
糟賀さんの言葉に、俺は何故かドキリとした。
今回のサブタイトルの元ネタは、Mr.Childrenの『ありふれたLove Story〜男女問題はいつも面倒だ〜』からです。
愛し合ってた男と女が、倦怠期を迎えた末に別れてしまう様を歌った、切ない様な滑稽な様な歌です。