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縁は異なものアネなもの

 「な……なるほど……。おふたりは恋人とかじゃなくて、兄妹なんすね。完全に理解したっす……イチチ」


 俺の向かいに座った糟賀さんが、顔を顰めながら背中を擦っている。

 さっき羽海が()めたキャメルクラッチのダメージが深刻らしい……。

 俺は恐縮して、ペコペコと頭を下げる。


「す、スミマセン、妹がひどい事を……」

「ちょ、愚兄! 何を謝ってんのよ! もとはと言えば、この人がよりもよってアタシたちの事を……こ、恋人同士だ何だって、シッツレーな事言うから……!」


 平身低頭で謝罪する俺の隣で、羽海は不満そうにぶすーっと頬を膨らませた。

 その不遜な態度に、俺はオロオロしながら小声で窘める。


「お……おい、羽海! どんな事があっても、他人に暴力なんて振るっちゃダメなんだぞ! しかも、キャメルクラッチなんて殺人技を――」

「あら? これでも手加減した方なんだけど。腕をロックして締め上げなかっただけ感謝してほしいわ」

「そういう問題じゃないんだよなぁ……」


 羽海は、ジト目で俺を一睨みすると、あとは知らんとばかりに、テーブルの上に乗っていたメニューをめくり始めた。

 確かに、両腕を技をかけた者の太ももに乗せられた状態で締め上げられると、比喩無しに背骨が折られそうになる(経験者語る)から、さっきの顎だけロックした技のかけ方は、幾分かは威力が弱いのは確かなのだが……。


「まあまあ、大丈夫っすよ、お兄さん」


 顔を顰める俺とは対照的に、にへらと締まりのない笑いを浮かべながら、糟賀さんは言った。


「オレ、こういうのには慣れてるんで、そんなに気にしないでオッケーっすよ」

「慣れてんのかい……」


 ……要するに、慣れる程あちこちの修羅場でシメられてんのか……心身両面を。

 俺は糟賀さんの言葉に、顔を引き攣らせる。

 ――と、


「……ところで」


 そう糟賀さんが言って、俺と羽海の顔を見比べながら口を開いた。


「カレシさん……じゃなかった、ええと――」

「あ。俺、ヒカルです」


 呼び方に困ったらしい糟賀さんに、俺は名乗る。


「日光って書いて、(ヒカル)――高坂晄です。……で、コッチが妹の高坂羽海」

「あ……ヒカル君とウミちゃんっすね。らじゃっす」


 糟賀さんは大きく頷くと、もう一度俺たちの顔をしげしげと見る。


「それにしても……君が、あの()()()()()の弟さんだとは……」


 そう言うと、糟賀さんはソファにもたれかかり、腕組みをしながら呟く。


「いやぁ、偶然ってあるんっすねぇ」

「まあ、そうですね……。っていうか、ハル姉ちゃんって、大学でも“姉さん”って呼ばれてるんですか?」

「あ、多分、漢字が違うっす。“姉さん”じゃなくて“()さん”っす」

「何か……それだと、ヤクザの女親分みたいな感じになっちゃうんですけど……」


 俺は苦笑を浮かべながら、糟賀さんに尋ねる。


「つうか……同級生なのに、何で“姐さん”呼び? 同じ歳なんじゃないですか? ハル姉ちゃんと糟賀さんって……」

「あ、歳はオレの方がふたつ上っス。オレ、二留してるんで!」


 そう答えて、誇らしげに胸を張る糟賀さん。


「……いや、そこは胸を張るところじゃないですよね?」

「何の何の! というか、このままじゃ三留もカタいっぽいんで、あと数ヶ月もすればハル姐さんに学年追い越されちゃうっすね。そうなれば、“姐さん”呼びしててもおかしくなくなるんじゃないっすか? ハッハッハ!」

「いや……そこは笑っちゃダメなところだと思うんですけど……」


 豪快に笑い飛ばす糟賀さんに、思わずツッコむ俺。

 ――と、糟賀さんの顔がつと曇った。


「――ああ、そういえば……、何でオレが、彼女の事を“ハル姐さん”って呼ぶのかを訊かれてたんでしたね……」

「あ……はい……」


 突然、それまでとは打って変わって、重いトーンになった糟賀さんの声に、俺は思わず固唾を呑み込む。

 彼は、両肘をテーブルの上に乗せ、両手の指を自分の顔の前で組み合わせると、静かに語り始める。


「……あれは、忘れもしない。一昨年の四月――」

「……」

「その年に入学した新一年生の新歓コンパが開かれたんす。オレは、一年生を歓迎する二年生側の幹事として参加してまして」

「ほ……ほう……」

「オレは、一年生の()()()との親睦を深めようと、精力的にナン……お声がけしていた訳でして――」

「……あ、アタシ、その話知ってるかも」

「「へ?」」


 突然会話に割り込んできた羽海の言葉に、俺と糟賀さんは怪訝な表情を浮かべた。

 俺は首を傾げながら、羽海に尋ねる。


「う、羽海……? 知ってるって、この件の事をか?」

「うん。何か、お姉ちゃんから聞いた覚えがあるよ」

「え、マジっすか? ハル姐さんが、オレの事をご家族に話してたんすか?」


 何故か嬉しそうに目を輝かせる糟賀さん。

 彼は、テーブルから身を乗り出して、羽海に迫る。


「で? で、何て言ってたっすか? オレのこブフォッ!」

「距離が近いわこの色ボケッ!」


 異常接近した糟賀さんの顔面を、羽海がメニューで思い切りひっぱたいた。

 そして、軽蔑の眼差しを糟賀さんに向けながら、言葉を継ぐ。


「お姉ちゃんは、『新歓コンパで一年生女子全員に馴れ馴れしく話しかけてきて、挙句全員に告白かましてきたチャラい二年生がいたから、シメあげて説教してやったら、妙に懐かれて迷惑なの~』って言ってたよ。――それ、アンタの事でしょ?」


 ……うわぁ。

 羽海の話を聞いた俺は、思わず顔を顰めたが、当の糟賀さん本人は――、


「ああ、ハイハイ! ソレは間違いなくオレの事っすね! いや~、嬉しいなぁ~! あの頃からハル姐さんの印象に残る事が出来てたなんて~!」


 ヒいたり落ち込んだりなんて事は無く、ただただ喜んでいた……。

 ……うーん、理解不能。


「「……」」


 俺と羽海は、テーブルの向かいで無邪気に喜ぶ糟賀さんを前に、思わず顔を見合わせて、シンクロしたように首を傾げるのだった――。


 と、


「……と、オレの話は別にいいっスね」


 悶えていた糟賀さんが、そう呟き、コホンと軽く咳払いをすると、ソファに座り直す。

 そして、俺の顔をジッと見据えて言った。


「――ヒカル君はオレに相談したい事があるから、わざわざここまで訪ねて来てくれたんすよね」

「あ……は、はい。……そうなんです」


 俺が慌ててコクリと頷くと、糟賀さんも静かに頷き返した。

 そして、俺にニコリと笑いかけると、穏やかな声で言う。


「それじゃあ、聞きましょう。ヒカル君の抱えている悩みってやつを――ね」


 そう、優しい声色で問いかけた糟賀さんの顔に浮かんだ柔和な微笑を見た瞬間、俺は何となく、この人がそこまでモテる理由が分かった気がした。

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