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糟賀詣で

 駅前から歩いて数分。車通りの多い街道沿いに建つ、赤と緑と白の色調で彩られた、いかにもイタリアっぽい外観の建物――『サイデッカア栗立店』。

 俺は、複雑な思いで建物を見上げていた。

 ……つい数日前、俺は晴れ着姿の早瀬と一緒にこの店を訪れ、愉しいひと時を過ごしたのだ。――避けられない決別から、つかの間目を逸らしながら……。


「……どうしたの、愚兄? 入らないの?」


 店の前に立った羽海が、足を止めてぼんやりしていた俺の方を振り返り、怪訝な表情で声をかけてきた。

 その声に対し、俺は困り笑いを浮かべ、ポリポリと頭を掻きながら答える。


「いや……。いざ入るってなったら、何だか気後れするっていうか何というか……」


 『早瀬との事を思い出して感傷に浸ってた』とは言えず、俺は口から出まかせを言う。……いや、気後れしているのも事実ではある。

 忙しい休日の昼下がりに、アポも取らずに訪ねていったりして、糟賀さんに迷惑なんじゃないか……と、今更ながらに思い至ったのだ。

 が――、


「ここまで来て、今更何をビビってんだよ、愚兄!」


 羽海が表情を険しくさせて、俺の顔を睨んだ。


「お前、どうしてもオクトカスさんに訊きたい事があったから、妹のアタシに頼み込んでまで、栗立(ここ)に来たんでしょ?」

「ま、まあ、そうなんだけどさぁ……」

「愚兄さあ。そんな風に、いつまでもイジイジ考えて、決めた事をすぐに実行に移さないから、色々面倒くさい事になるんじゃないの?」

「う……」


 羽海に痛いところを衝かれて、俺は思わず言葉を詰まらせる。

 ……確かに、そうかもしれない。

 羽海の言葉に頷いた俺は、大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。ユラユラする決意をビシッと固める為に。

 そして、


「よし、行こう」


 そう、羽海と自分に言い聞かせるように呟くと、冷たい取っ手を握り、重いガラス扉を押し開ける。

 その瞬間、暖められた店内の空気が、もわっという音が聴こえるような勢いで、冷え切った俺と羽海の身体を包み込む。


「「あったけぇ~……」」

「はい、いらっしゃいませ~! サイデッカアにようこそ!」


 暖かい空気に思わず至福の声を上げる俺達を、店内の喧騒と、女性店員の明るい声が迎えた。

 レジの中から、チェック柄の制服を着た、明るい色に染めたショートヘアの女性店員さんが出てきた。

 彼女は、満面の営業スマイルを湛えながら、俺たちに尋ねかける。


「お客様は、二名様で宜しいですか?」

「あ、はい。二名です」

「ただ今、全席禁煙ですが……って、それは聞かなくても大丈夫ですね」

「あ……俺たち未成年なんで、ハイ」


 店員さんの言葉に、俺はぎこちない笑みを浮かべて頷いた。

 そんな俺の陰キャ丸出しの反応にも、店員さんは営業スマイルを崩す事は無い。さすが、接客業のプロ。

 彼女は、レジの脇に刺さっていたメニューを小脇に挟むと、


「では、ご案内致します~」


 と、俺達を店内へと促す。


「あ、ハイ」


 その声に応じて、俺は歩き出そうとするが、後ろに立っていた羽海が動き出さないのに気付いて、俺は振り返った。


「……」


 羽海は、さっきまでの威勢が嘘のように、顔を強張らせたままその場で硬直している。正に、借りてきた猫。

 それを見た俺は、思わず吹き出した。


「プッ! 何、お前緊張してんの? ――そうだよな。お前、父さんたちと一緒の時以外で、こういう所に来た事無かったもんな! そりゃ、()()()はキンチョーす……イデ――ッ!」

「誰がお子様だ、この愚兄がッ!」


 煽られた事で般若の形相と化した羽海に、渾身の力でふくらはぎをタイキックされた俺は、周囲の冷たい目に晒されつつ、涙目で悶絶するのだった。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 「こちらの席で宜しいですか?」

「あ、ハイ、大丈夫デス」


 女性店員さんに案内されたテーブル席の前で、俺はぎこちなく頷いた。

 そして、痛めた脚を庇いながら、ソファに腰を掛ける。

 羽海も、俺の向かいの席にちょこんと座る。


「こちらが、メニューでございまーす」


 と、店員さんは、俺と羽海の前に手際良くメニューを広げて置き、ぺこりと頭を下げた。


「では、ご注文が決まりましたら、そちらのボタンでお呼び下さい――」

「あ! す、スミマセンッ!」


 俺は、立ち去ろうとする店員さんを、上ずった声で呼び止める。

 呼び止められた店員さんは、一瞬怪訝な表情を浮かべたが、すぐに営業スマイルに戻った。


「あ、はい! もう、お決まりでしたか? お伺い致しま――」

「あ、ち、違うんです……!」

「……あ、違う……ですか?」


 店員さんは、今度こそ戸惑う様子を見せる。

 そんな彼女に、俺はどもりながら一気に捲し立てた。


「あ……あの! 俺、こ、高坂晄って言います! お、俺、この店で働いてる、糟賀誠人さんという人に会いに来たんです!」

「! ……か、カッス――あ、いや……糟賀君に?」


 俺の言葉に、店員さんは目を丸くする。

 そして、不自然に目を泳がせた。


「あー……え、ええと。か、糟賀君は……そのぉ……」

「えと……糟賀さんは、今日居ますか? いたら、ちょっと会わせてほしいんですけど……」

「あ……一応、居るっちゃあ居ますけど……」


 何故か、店員さんの答えの歯切れが、妙に悪い。今度は俺が怪訝な表情を浮かべる。

 ――と、眉毛をハの字にした店員さんが、俺達の方に顔を寄せた。

 そして、声を潜めて俺に尋ねる。


「あ……あの~。もしかして、カッスが()()何かやらかしちゃいました……?」

「か、カッス? や、やらかした――って?」


 店員さんの問いかけの意味が解らず、キョトンとする俺に、ひたすら申し訳なさそうな表情を向けながら、店員さんは小指を立てた。


「いや……どーせまた、()()関係でカッスを問い詰めに来たんでしょ?」

「こ……“コレ関係”って……?」

「分かります分かります! 本当に、バイトとはいえ、ウチのクルーが申し訳ございません!」


 戸惑う俺たちに、店員さんは深々と頭を下げる。


「……で、今度はどちらの方が? ……お客様の彼女様ですか?」

「か……彼女? あ……いや、居ないっす。スミマセン……」

「あー。ですよねぇ~」


 ……ちょっと待て。

 何で『ですよね~』なんだよ。何で納得してんだよアンタ。

 ……俺って、そんなに彼女がいなくて当然そうなツラしてるか、アァッ?


 ――と、涙目で絶叫したくなったが、ここはオトナの節度でぐっと堪える。

 そんな俺の胸中も知らぬ顔で、店員さんは更に言葉を継ぐ。


「じゃあ……もしかして、カッスが手を出しちゃったのって、お客様たちのお母さん? いや……お姉さんの線も……」

「て……手を出しちゃった? ……あ、いやいや、そんな事は無いですよ」


 ようやく店員さんの言っている事の意味が解りかけてきた。

 どうやらこの人は、俺達の事を『糟賀さんが手を出した女性の身内で、その事に対する謝罪や、それ以上の事を求めにバイト先まで怒鳴り込みに来た』奴らだと思っているらしい……。

 そんなとんでもない誤解をされている事にやっと気付いた俺は、首を大きく横に振りながら、慌てて言った。


「あ! そ……そうじゃないっす! お、俺はただ――」

「え……違うんですか? ――じゃ、じゃあ、もしかして……!」


 ようやく自分の勘違いに気付いたのか、店員さんは目を大きく見開いて、手をポンと叩いた。

 そして――向かいの席に座る羽海に、深々と頭を下げる。


「も――申し訳ございません! カッスが女に見境が無い奴だとは知っていたんですが、まさか……こんな小さな……10歳にもならないようなお嬢ちゃんにも手を出すド外道だったなんて――!」

「いやいやいやいやいや! 違う違う違う! な……何で、そんなエクストリームな誤解を――!」

「ちょっと待てぇい! 誰が小学校低学年のチンチクリンな幼女だってえええええっ?」


 広いサイデッカアの店内に、俺達三人の絶叫が響き渡り、満席に近い場内はしばし騒然としたのだった――。

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