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ヒカル、栗立に立つ(数日ぶり4回目)

 週末――。


「ここに来るのも、今年に入って早くも三回目か……」


 駅の改札を抜け、目の前に広がる栗立駅前広場を見回し、俺は苦笑交じりに呟いた。

 元々、栗立駅にそんなに馴染みがある訳でも無かったのだが、1月に入ってから、2日の諏訪先輩との初詣・6日の早瀬との待ち合わせに続いて、今日で早くも3回目の来訪となる。……いや、去年の事も入れれば、この数ヶ月で4回目か……。


「……」


 何か、この街に来る度、俺の人生のターニングポイント的な出来事(イベント)が起こっている様な気がする。

 初めて女の子とふたりっきりで出掛けたのも、10月に早瀬とここに来た時だし、

 初めて女の人からこ……告白されたのも、初詣の時。

 そして、憧れの女性(ひと)と最後に会ったのも……ここだ。


「……はぁ」


 俺は、妙なセンチメンタルを感じて、薄曇りの空を見上げて白い息を吐く――


「うー、寒いっ! お腹も空いたぁっ! ほら、愚兄、早く行こ! サイデッカアにっ!」

「……」


 ――そんな、感傷に浸る俺の気分をぶち壊したのは、少し遅れて改札から出てきた羽海だった。

 妹は、フワフワしたファーのついたコートの襟を立てて、駅前広場に吹く冷たい風を凌ぎながら、俺の事を急かすように、脚をガシガシと膝で蹴りつけてくる。


「痛っ! 何すんだよ、羽海っ!」


 羽海の一撃が俺の膝裏にクリーンヒットし、思わず膝の力が抜けて前のめりにつんのめった俺は、さすがに怒声を上げた。


「何だよ、勝手について来て! そんなに寒いのが嫌だったら、大人しく家に引っ込んでりゃ良かったじゃんかよ!」

「う……るさいっ! 寒いのは嫌だけど、アタシは来たかったから来たんだよ!」


 俺の抗議に、羽海はその頬をフグのように膨らませて怒鳴り返してきた。

 そして、背後の駅舎をビシッと指さして、更に声を荒げる。


「第一、誰のおかげ……誰の()()で電車に乗ってこれたと思ってんだよ!」

「う……ぐぅっ!」


 痛い所を衝かれて、思わず呻き声を上げる俺。

 ……確かに、ここまでの電車代320円は、羽海から出してもらっていた。今の羽海の言葉に、俺が返せる言葉はナッシングである……。

 言葉に詰まった俺を見た羽海は、勝ち誇ったような薄笑みを浮かべ、更に言葉を継ぐ。


「……まあ、いいけどぉ~。愚兄がそんなに言うんだったら、大人しく帰ってあげてもいいけどぉ。……でも、そうしたら、どうやってサイデッカアで注文するのかなぁ~? 愚兄の持ってる47円ぽっちで注文できるメニューなんて、サイデッカアにあったかなぁ~?」

「ぐ……グムー……!」


 羽海の言葉の攻勢を前に、俺は反撃の糸口も掴めず、全面降伏するしかなかった……。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 ――今回、栗立に来た目的はもちろん、今の俺の状況に対する助言をもらう為、『サイデッカア栗立店』で働く茶髪の若い店員さんに会う事だ。

 その店員さんが、ハル姉ちゃんと同じ大学に通う学生で、偶然同じゼミに所属している偶然にはビックリしたが、おかげで“糟賀誠人(かすがまこと)”という名前だという事も分かった。

 ――俺は多分、運がいい。


 ……だが、引っ掛かったのは、俺の目的の人物が自分と同じゼミの糟賀さんだと知った時の、ハル姉ちゃんの反応(リアクション)だった。



「うええ……本当に? ホントにひーちゃん、あの“オクトカス”に相談なんてする気なの?」


 ハル姉ちゃんは、俺が「糟賀さんに相談したい事があるから」と言った時に、露骨に顔を顰めてそう言ったのだった。

 聞き慣れぬ単語に、俺は首を傾げて聞いた。


「……オクトカス?」

「……アイツね、とんでもなく女癖が悪くて、大学の中で有名なの」

「ああ……それは、何か分かる気がする。――っていうか、自分で言ってたし。『色々と場数は踏んでる』って……」


 俺は苦笑いしながら頷く。

 すると、ハル姉ちゃんは大きな溜息を吐いた。


「アイツはねぇ……、大学の先輩後輩おまけに研究室の助手さん含めた七股して、校内で盛大に修羅場ってたんだよ……」

「な……七股? マジで? そ……そこまでとは知らなかった……」

「で……股が七つだから、足は八本。足が八本あるのはタコだから“オクトパス”――からの名前をもじった“オクトカス”が、アイツのあだ名になったのよ」

「な……何か、こう言うとアレだけど、上手いね、あだ名の付け方……」


 俺は、妙なところで感心する。

 そんな俺を白けた目で見ながら、ハル姉ちゃんは更に付け加える。


「あ、“オクトカス”の“カス”は、糟賀の“カス”の他に、“カス野郎”の“カス”の意味も含んだダブルミーニングだからね」

「お……おう……それは、さすがにちょっと酷い……。そんなに悪い感じの人には見えなかったけどなぁ……」

「まあ、単なる友達として接する分には、性格も明るいし、色々と細かい所に気が付いて、さりげなくフォローを入れてくれる良い奴なんだけど。色恋が絡むと、途端にトラブル製造機になっちゃうのよねえ……」

「……むしろ、その人の好さが、異性関係で仇になってる可能性、あると思います」

「それな」


 口の端をひくつかせながら言った俺の言葉に、ハル姉ちゃんが力強く同意の意を表す。

 そして、少し心配げな表情を浮かべて、俺に向かって尋ねてきた。


「……わざわざ、アイツに相談しに行きたいって、ひょっとして、恋愛関係の事なの?」

「……うん、まあ……」

「それって……ゆっちゃんの事? それとも……()()()()()()()?」

「え? え……ええと……」


 俺は、曖昧に答えながら、心の中で驚いていた。

 早瀬との事はともかく、諏訪先輩との事は、ハル姉ちゃんには一言も漏らしていないはずなのだが……。

 まあ、ハル姉ちゃんの勘の鋭さは折り紙付きだ。知らず知らずに、俺の態度に仄めかすものがあったのかもしれないし、逆に、諏訪先輩の俺に対する気持ちに、薄々勘づいていたのかも……。

 だったら、今更諏訪先輩との件を隠していても、意味が無い事なのかもしれない――。


「ま、まあ……禁則事項です」


 だが、俺は苦し紛れに言葉をはぐらかした。さすがにこれ以上、実の姉と妹に、自分の恋愛事情をあけすけに打ち明けるのは躊躇われたからだ。


「何よ、キンソクジコーって……」


 ハル姉ちゃんは、答えを明らかにしなかった俺の言葉に、不満そうに頬を膨らませたが、それ以上ツッコんでくることはしなかった。

 その代わりに、俺に心配そうな顔を向けて、


「……いい、ひーちゃん?」


 と、念を押すように言う。


「……まあ。確かにアイツは、恋愛関係の経験値だけは豊富だから、今のひーちゃんの為になるアドバイスは貰えるかもしれないけど。だからといって、アイツみたいになろうと思っちゃダメだからね」


 そしてハル姉ちゃんは、今度は俺に向かってニコリと笑いかけ、更に言葉を続けた。


「――ひーちゃんは、今のまんまでも、充分に素敵な男の子なんだから、ね」

「は……ハル姉ちゃん……」

「……アイツみたいに、女にだらしなくなって何股もかけて、それが発覚して相手の女の子たちから慰謝料を要求される羽目になっても、ウチじゃお金払えないし、ビタ一文払わないからね。分かった?」

「うわぁ……感動が台無しだよ、アンタ……」

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