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お金はない!

 「お邪魔しま~す♪」

「お……お邪魔します……るよっ、愚兄ッ!」


 そう言いながら、俺の返事も聞かずにズカズカと部屋に入り込むハル姉ちゃんと羽海。


「ちょっ! か、勝手に入ってくるなよ、ふたりとも!」

「まあまあ、固い事言わないで。散らかってるけど、どうぞ寛いでねぇ」

「って、それは、俺が言うセリフだろ!」

「――だってさ! うーちゃん、寛いでいいってさぁ♪」

「な……が……?」


 まんまとハル姉ちゃんの誘導に引っかかり、間接的に入室の許可を与えてしまった格好の俺。

 呆然とする俺を尻目に、ふたりは座布団を引っ張り出してきて、手際良くローテーブルの周りに敷き、さも当然そうに腰を下ろす。


「ほら、ひーちゃん。遠慮しないで、あなたも早く座りなさいよ~」

「……だから、それは部屋の主(おれ)のセリフだって言ってんだろうが……」


 澄まし顔で手招きするハル姉ちゃんに渋面を向けつつ、俺もローテーブルの前に胡坐をかく。

 と、


「――で、ひーちゃんは、今どんな事で悩んでるのかなぁ~?」


 ニヤニヤ笑いながら、ハル姉ちゃんがいきなり本丸を衝いてきた。

 そんな姉を前に、俺は目を逸らしながら、努めて平常を装って答える。


「べ……別に? と……特に悩みなんて、無いデスケド……」

「はい、ダウト♪」


 俺の答えを、0.2秒の早撃ちで撃ち落とすハル姉ちゃん。


「15年以上も一緒にいるお姉ちゃん相手に、そんな嘘ついてもバレバレよ~。――まあ、訊くまでも無いけどね。前から落ち込んでたけど、昨日の夜から、特に情緒不安定になってるんだもの。……また、何かあったんでしょ?」

「……そんなにバレバレだった?」

「そ……そうだよ!」


 俺の問いかけに、上ずった声を上げたのは羽海だった。


「だ……だって、今日の晩ご飯、愚兄の好きなポテトコロッケだったのに、半分しか食べてなかったし、アニメの新番組も全然チェックしてないし、ボーっとテレビを観ながらしょっちゅう溜息を吐いてるし……かと思ったら、天井を見上げながら、だらしない笑いを浮かべてたりしてるし……」

「そ……そうだった?」

「そうだったよ! だから……アタシ……」

「大好きなお兄ちゃんの様子がおかしいから、心配になって、居ても立ってもいられなくなっちゃんだよねぇ、うーちゃん」

「――っ! そ、そ、そんなんじゃないけどッ!」


 冷やかすようなハル姉ちゃんの言葉に、羽海は顔を茹でダコのように真っ赤にして叫んだ。


「も、もうっ、お姉ちゃんッ! そ……そんな変な事言わないでよっ! アタシはただ……思い詰めた愚兄が、開き直って結絵さんのストーカーになったり、一犯罪犯しちゃうんじゃないかと心配で――」


 オイ、妹よ。そりゃ、いくら何でも兄の事を見くびり過ぎだろ……。


「こらこら、うーちゃん。それはいくら何でも無いわよ~」


 ……お。さすが、腐っても姉。何だかんだで弟の事をキチンと信頼してくれている――


「ビビりのひーちゃんに、そんな事する度胸なんて、ある訳無いじゃない!」


 なんて事は、当然無かった。


 ……くそっ!

 言い返したいのに、厳然たる事実で、反論できねえ……。

 ――ん?


 その時、俺の脳内に、とある考えが稲妻のように閃いた。


 ……うーん、でもなぁ……。


 正直、あまり気が進まない。ぶっちゃけ、ハル姉ちゃんに文字通り()()を作る事になる。

 そう、一瞬躊躇った俺だったが、ローテーブルの上に積まれた十円玉と一円玉の()()を見て、考えを改めた。

 ええい、こういう時に血縁を活用しないで、いつ活用するっていうんだ!


「は――ハル姉ちゃん!」

「――え?」


 唐突に声をかけられ、少し驚いた顔をしたハル姉ちゃんに、ローテーブル越しに身を乗り出した俺は、真剣な顔で頼み込む――。


「ハル姉ちゃん、頼む! 一生のお願いがあるんだけど……」

「あらぁ? 珍しいわねぇ。ひーちゃんが私にお願いだなんて」


 深々と頭を下げる俺に、まんざらでも無さそうな声がかけられる。


「何かしら? ひーちゃんの一生のお願いなら、お姉ちゃん、何でも聞いちゃうわよ!」

「ま……マジっすか?」

「モッチロンよ! お姉ちゃんに頼りなさ~いっ!」


 おお……生まれてから今まで15年の間、一緒に過ごして、これほどまでに姉が頼もしく見えた事があっただろうか、――いや、無い(反語)!

 俺は、行く手に黄金色の光明が射したように感じながら、おずおずと“お願い事”を口にする――。


「ハル姉ちゃん! 金貸し――」

「金なら貸さねーぞ」


 俺の懇願を中途で遮り、紡がれたハル姉ちゃんの声色は、ドライアイスの様な冷気を纏っていた。

 その低い声には、実の弟という肉親に向けられるべき、一片の憐憫も含まれてはいない……。


「……え? あ……あれ……?」


 俺は、キョトンとした顔をして、さっきまでとは一変して、まるで能面のような無表情に変わったハル姉ちゃんの顔を見つめ、首を傾げる。


「いや、でも……今、俺のお願いなら何でも聞くって――」

「お金は別です」

「え……え~……?」


 俺のささやかな抗議の声では、ハル姉ちゃんが張り巡らした分厚いA.T.フィー〇ドを突き破る事は到底敵わない。

 だが俺も、ハイそうですかと、大人しく引き下がる訳にはいかない。


「そ……そこを何とか! 頼むよハル姉ちゃ――お願いです遙佳お姉さま!」

「だ……駄目です。『金銭貸借は士道不覚悟』というのが、ウチの家訓ですもの……多分」

「いや、初耳だぞ、そんな新選組隊規みたいな家訓! つか、こんなサラリーマン家庭で守らなきゃいけない“士道”って何やねんっ!」

「と……とにかく! ダメなものはダメなの!」

「ってか、なんでそんなに――」

「――無駄だよ、愚兄……」


 妙に頑ななハル姉ちゃんに、なおも食ってかかろうとする俺に、冷ややかな声がかけられた。

 ハッとして、声の方向に目を向けると、羽海がハル姉ちゃんにジト目を向けている。

 羽海は、小さく溜息を吐くと、ぼそりと言った。


「だって、今のお姉ちゃんには、愚兄に貸せるようなお金なんか無いもん。お正月から、新年会だコンパだ“初()宿()詣で”だって言って、あちこち遊びに行ってたもん。――多分、お財布の中は、愚兄とトントンくらいだと思うよ」

「ちょ、ちょっ! う、うーちゃん、何で知ってるのよ……!」


 羽海の告発に、声を上ずらせるハル姉ちゃん。その反応だけで、羽海の言葉が事実だという事は察しがついた。

 俺は、愕然として呟く。


「マジかよ……。ハル姉ちゃんも、俺と同じく、残金47円なのかよ……」

「……ごめん。さすがにもうちょっとあるわ」


 俺の呟きに、逆にドン引きするハル姉ちゃん。

 ――と、羽海が大きな溜息を吐いて、俺とハル姉ちゃんに呆れ顔を見せた。


「もう……ホントにダメなお姉ちゃんと愚兄だねぇ。――いいよ、特別にアタシが貸してあげるよ、お金」

「おおっ! ま……マジか、羽海? ありがと~! さすが、俺の自慢の妹だっ!」

「う……うっさい喋るな息するな! この“まるでダメな愚かなる兄”――略してマダオ!」


 歓喜に打ち震えながら、妹を褒めたたえる兄に向けて中指を立てながら、羽海は怒鳴った。

 うーん、この照れ屋さんめ♪


「……ていうか、うーちゃん、まだお年玉残ってんの?」

「……いや、まだ年が明けてから10日しか経ってないんだから、普通は残ってるものでしょ? お年玉……」

「「オッシャルトオリデス、ハイ」」


 小学六年生の説くド正論に、何も言い返す事が出来ない高校一年生と大学二年生……。

 そんな情けない年長者に、もう一度冷たいジト目を向けてから、羽海は俺に尋ねた。


「で……、何でお金が必要なのよ、愚兄」

「え……?」

「せっかくお金を貸してあげるんだから、理由を聞かせなさいよ。つか聞かせろ」

「う……」


 さすがに、金を借りる以上、貸主(羽海)の要請には応えなければならないか……。

 俺は小さく諦念の溜息を吐くと、しぶしぶ口を開く。


「いや……ちょっと、栗立駅の方に行きたいなぁ……って」

「栗立駅? 何で?」

「いやぁ……正確には、駅前のサイデッカアに用が……」

「サイデッカァ?」


 俺の言葉に、ハル姉ちゃんが首を傾げる。


「サイデッカアに何か用があるの? 別に、この辺りにもサイデッカアはあるじゃない? わざわざ、栗立まで行かなくても……」

「いや、それが……栗立のサイデッカアじゃないとダメなんだよね……」

「「?」」


 俺の答えに、ふたりが怪訝な表情を浮かべる。


「何で、栗立のサイデッカアじゃないとダメなの?」

「うん……そこで働いてる店員に用があるんだ。茶髪で、イケメンでチャラついてる……若い男の店員さんなんだけど……」

「……ひょっとして」

「え?」


 聞き返した俺にも気付かぬように、眉間に皺を寄せて、何やら考え込むハル姉ちゃん。

 何やら「茶髪……イケメン……チャラついてる……」とブツブツ呟くと、おもむろに顔を上げて、俺の顔をジッと見つめながら尋ねる。


「ひーちゃん、その店員って、もしかして、必ず語尾に『~っす』ってつける人?」

「へ? ……そ、そういえば……」


 ――言われてみれば、確かに語尾に「○○っす」ってつけて喋ってた気がする。

 俺は唖然としながら、コクンコクンと頷いた。


「う……うん。――確かに、ハル姉ちゃんの言う通りだったよ。……でも、何で分かったの?」

「……間違いない」


 俺の答えを聞いたハル姉ちゃんは、確信に満ちた顔で大きく頷くと、深い深い溜息を吐き、言葉を継ぐ。


「その店員、私知ってるわ」

「え――? ま、マジ……?」


 驚いて聞き返す俺に頷きながら、ハル姉ちゃんは何故かウンザリしたような声で言った。


「――そいつの名前は、糟賀誠人(かすがまこと)……。大学で、私と一緒のゼミに入ってる同級生よ」

「な……何……だと……?」


 今明かされた驚愕の事実に、思わず愕然とする俺だった――。

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