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ゴールデン・ガナイ

 ――結局、

 なけなしの小遣いを(はた)いて、シュウを相談相手として召喚した甲斐はあった。

 生贄として、財布の中身の大部分を“持ってかれた”が、シュウの満腹感と、俺の今後の行動の指針を得る事が出来た。

 

 行動の指針――それは、『サイデッカアで働いていた茶髪の店員さんに助言を請う』だ。


 今の俺は、何よりも“助言”を必要としている。

 誰か、女性方面の経験が豊かな男性からのアドバイスを、喉から手が出るくらいに欲していた。


 ……だが、俺の周囲には、その条件に見合いそうな人物は皆無だった。

 シュウは確かにモテるが、実際に女の子と付き合った経験は無かったし、小田原なんかは論外だ。

 俺の身の回りで、確実に恋愛経験者だと言えるのは、それこそ父さんくらい。だが……さすがに、同性の身内に、自分の恋愛相談をする事は躊躇われる。


 そんな“詰んだ”状況下で、脳裏に浮かんだ“サイデッカアの茶髪の店員さん”の存在は、俺にとって正に救世主のように感じられた。

 あの店員さんは、自分で『女の子関係で場数を踏んでいる』と自信たっぷりに豪語するだけあって、俺に与えてくれた助言は確かなものだった。

 彼なら、今の俺が置かれた複雑な状況にたいしても、冷静で的確なアドバイスをしてくれるのではないかという期待が持てる。


 なので、今度の休日にでも、また『サイデッカア栗立店』まで出かけようかと思ったのだが――、

 ――問題が発生した。



「10円……20円……30円……40円…………1枚――どころか、何百円も足りなーい……」


 井戸の縁に皿を積み上げるお菊さんの幽霊よろしく、自室のローテーブルの上に茶色い10円玉を重ねていた俺は、絶望の溜息を漏らしながら頭を抱えた。


「だ、駄目だ。全然金が残ってねえ……」


 諏訪先輩との初詣の時。

 早瀬に会った時。

 そして、昨日のシュウとの回転寿司――。


 数々の死闘を共に潜り抜けた俺の財布(あいぼう)は、元旦の時とは打って変わって、見る影もなく痩せ衰えてしまっていた。

 その中身は――現在47円……。


「47円じゃ、『驚愕男チョコ』も買えねえよ……。『美味しい棒』なら、4本買えるけど……って、違う!」


 と、天井に向かって嘆き叫ぶと、俺はごろんと床に仰向けに寝転ぶ。

 そして、髪に指を突っ込んでガシガシと掻き毟りながら、独り言つ。


「47円ぽっちじゃ、栗立駅までの電車代にもなりゃしねえ……」


 最寄駅から栗立駅までは、300円くらいかかる。ワンチャン、『ぼくはこうさかひかる。しょうがっこうろくねんせいの12さいでーす!』と言えば、子供料金で乗れないかな……という悪しき考えが頭を過ぎったが、300円が半分の子供料金になったところで、所持金47円では到底足りないという、当たり前にして残酷過ぎる事実に気が付き、俺は深く絶望した。


 ――いや、諦めるのはまだ早い。


 ふと、そう考えた俺はムクリと身を起こすと、ローテーブルの上に投げ出していたスマホを手に取り、地図アプリを起動する。 


「つうか……別に、電車に乗らなくても良くね? 最悪チャリで行っちゃえば――」


 そして、液晶画面に表示された地図を見て、俺は歓喜の声を上げた。


「――って、5キロも無いんだ! ぶっちゃけ、ママチャリどころか、歩いてもいける距離じゃん、こりゃ……!」


 と、『我、勝テリ!』とばかりにガッツポーズをしかけた俺だったが――、


「い……いや、栗立まで0円で辿り着けたとしても、その先が……。何も注文しないでサイデッカアに入る訳にもいかないし――」


 と、新たな壁にぶち当たって、再び頭を抱える。


「あー、どうしようかなぁ……。母さんに頼んでも、もう無理だろうな……。クリスマスイブからこっち、小遣いの前借りし過ぎて債務超過しちゃってるし、俺……」


 多分、母さんのつけている家計簿のブラックリストに、俺は載っている。

 ……こうなったら、残る手は――!


 ――コン コン……


「おふぁっ?」


 何とか良い金策をひねり出そうと、深く考え込んでいた俺は、突然のノックに、思わず身体をビクリと震わせた。

 

 コン コン……


 再び、部屋のドアがノックされる。

 俺は訝しげな表情を浮かべつつ、恐る恐るドアの外に向かって声をかける。


「あ……だ、誰?」

『あ……えと、お兄……ぐ、愚兄!』


 ドアの外から返ってきた声は、羽海のものだった。

 俺は、更に首を傾げながら、返事を返す。


「羽海……? 何だよ、珍しい」


 普段の羽海は、ノックなんてオトナな行為などはすっ飛ばし、ドアを蹴りを入れながら怒鳴ってくるのが常だった。……つか、そもそも、滅多に俺の部屋にやってくる事はしない。

 俺は、のそのそと立ち上がりながら、ドアに向かって言葉をかける。


「何か用?」

『あ……あのさ。ちょっと話したい事があって……。入っていい?』


 話したい事……俺に? 羽海が?

 こりゃ、いよいよおかしい。明日は隕石(メテオ)でも降るんじゃないだろうか? ……そう思いつつも、俺は努めていつも通りの調子に聞こえるように注意し、床の上に散乱したマンガ本などを片付けながら答える。


「あ、うん。いいよ、入って」

『……大丈夫?』

「は? 何がだよ」

『いや……』


 羽海は、何故か躊躇う様な声を上げるが、意を決したように言葉を継いだ。


『あ……あの! な……何かエッチな本とかを読んでたり……してない?』

「はぁ? し、してねーよ、バカ!」


 羽海の言葉に、俺は大いに狼狽しつつ、思わず声を上ずらせた。

 と、ドアの向こうの羽海も声を荒げる。


『バカって何よ、この愚兄! だ、だって、この前、あんなエッチなマンガを沢山隠し持ってたじゃん! だから――』

「い、いや! あれは違うって!」

『し……しかも、お、お、お……男同士で、あんなコトやそんなコトを……』

「だ、だからぁ! アレは、早瀬から強引に借りさせられたヤツで……!」


 とんでもない勘違いをされかけている事に気付き、俺はテキメンに狼狽えながら、ドアに向かって怒鳴り返す。


「お……俺はノーマルだっつうの! 変な誤解すんなぁっ!」

『ふーん……じゃあさ~』

「――っ!」


 ドアの向こうから聞こえてきた、羽海とは違う声に、俺の心臓は凍りつく。

 そ……その声は……!


『是非とも聞かせてほしいなぁ~……」


 その声と共に、ドアノブが回り、ゆっくりと……まるでアドベンチャーゲームのロード画面の演出のような(のろ)さで、ドアが開く。

 ――そして、開いたドアの向こうに立っていたのは、心配顔の羽海と、


「――今、ひーちゃんの心を絶賛悩ませ中の、女の子の事をね~♪」


 ゲスの極みな笑みを浮かべた、ハル姉ちゃんであった……。

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