チョコっとLOVE……?
「……つうかさ」
シュウは、注文したチョコレートケーキを流れてきたレーンから取りながら、テーブルの向かい側で頭を抱えている俺に、怪訝な表情を浮かべながら尋ねる。
「お前、まだ早瀬の事を諦めきれないのか?」
「……分かんねえんだよ、それがマジで」
シュウの問いに、俺は首を傾げながら答える。
「いや……、頭では分かってるんだよ。クリスマスイブの時に、これ以上なくハッキリと『ごめんなさい』って言われたし、三日前に、早瀬に借りてたものを返した事で、完全にあの子との縁が切れたっていうのも――」
「じゃあ……」
「分かってるんだけどさ……何か引っ掛かってるんだよ、心のどこかで――」
そう言うと、俺は深い深い溜息を吐く。
――我ながら、自分が情けなくて嫌になる。
俺って、こんなに往生際が悪い、女々しい男だったのか……。
これじゃ、告白を断られて、キッパリと諏訪先輩の事を諦めた小田原の方が、ずっと男らしい……。
「あー、ホントに嫌だ! もう三日も経つっていうのに、いつまでもウジウジウジウジ! 何なんだよ、俺ってヤツは! こんなにも煮え切らない男だったなんて……もう、自分で自分にガッカリですよ、ええ!」
俺は、嫌悪感に苛まれながら天井に向けて叫ぶと、ガックリと肩を落とした。
周囲のテーブルが微かにざわめき、丸めた俺の背に興味と非難が入り混じった視線が集まるのが感じられたが、そんなのはもうどうでも良かった。
――と、その時、
「……なあ、ヒカル」
向かいに座るシュウが、おずおずと俺に声をかけた。
その声に、俺は仏頂面を上げる。
「――んだよ、シュ……う――っ?」
八つ当たりも込めて、シュウに向けて口を開いた瞬間、すかさずシュウの腕がこちらに向かって伸び、俺の口の中に銀色のフォークが突っ込まれた。
驚いた俺は、フォークを咥えさせられたまま、目を白黒させる。
文句を言おうとしても、口の中に突っ込まれたフォークのせいで、喋る事も出来ない――。
――と、
「……ンンッ?」
俺は、口の中に違和感を覚えて、怪訝な声を上げた。
口の中いっぱいに、ちょっぴり苦くてとっても甘い、チョコレート独特の味と香りが広がる。
……ふと見ると、シュウが柔らかな笑みを浮かべていた。
「そんな、眉の間に皺を寄せて悩んでたって、煮詰まるばっかりだぜ。ここはひとつ甘い物でも食って、気持ちをリラックスさせたらどうだ? その方が、考えが良くまとまると思うぜ」
シュウは、そう言いながら、俺の口にチョコレートケーキを押し込んだフォークをそっと抜く。
俺は、口の中に残された一切れのケーキをモシャモシャ咀嚼し、そして飲み込み、
「……甘――いっ!」
思わず、感嘆の声を上げた。
むう……たかが回転寿司店のデザートメニューだと思って侮っていたが、これはなかなかレベルが高い。
スポンジケーキはフワフワだし、中に入ったチョコレートクリームの甘さも程よくビターで、その風味を存分に活かせている。
「ケーキ屋で買ってきた」と言われて、このチョコレートケーキをオシャレなケーキ皿に乗って出されたら、多分信じると思う……そのくらい、普通に美味しい。
「なっ、美味いだろ? もっと食うか?」
俺がよっぽど満ち足りた顔をしていたのか、シュウは満足げな笑みを浮かべつつ、手元のチョコレートケーキをフォークで切り分けた。
そして、そのうち一切れをフォークに刺して、
「はい、あ――ん」
と言いながら、俺の口の前に差し出す。
そのスムーズな動きにつられて、俺も反射的に口を開く。
「あ――n……」
と、その時、
俺の脳裏に、ある考えが過ぎった。
……あれ? これじゃまるで……恋び――!
「ちょ、ちょい待っ……ぉふっ……」
今、俺達がしようとしている所業が、熱々なカップル同士が良くやるアレみたいだと連想し、やにわに顔が火照るのを感じた俺は、慌ててシュウを止めようとしたが、一足遅かった。
口を大きく開けた拍子に、すかさずフォークが牙〇零式並みの速さで差し込まれ、俺の口中に、再び甘美なチョコレートの風味と甘味が満ちる。
「あま……うま……」
すっかりその香りと味に魅了され、俺は蕩けた様な顔で口をモゴモゴと動かしていたが、シュウが、皿に乗ったもう一切れをフォークで刺して、自分の口の中に放り込んだのを見て、ハッと我に返った。
「……って! そ……それ、か、間接――!」
「ふぁ?」
俺の剣幕に驚いた顔をして、思わず手を止めたシュウだったが、もう遅い。
フォークの先に刺さったチョコレートケーキ……いや、さっき俺の口の中にケーキをねじ込んだフォークの先端は、既にシュウの口の中に――!
「あ……!」
「あ、悪い、ヒカル」
思わず嘆声を漏らした俺の事を見たシュウが、ハッとして、申し訳なさそうな顔をして、俺に向かって頭を下げた。
「まだ食いたかったか、ケーキ? つい、全部食っちゃった……ゴメン。もう一皿頼もうか?」
「あ……い、いや、いい。大丈夫……うん」
慌ててオーダー端末をタップしようとするシュウを制止して、俺はぎこちない笑みを浮かべる。
……いくら何でも考えすぎか。
つうか、
考えてみたら、今まで俺たちは、まるで兄弟のように、しょっちゅう弁当のおかずを交換してたりしてた。
今更、ケーキを同じフォークで分け合ったりしても、シュウは別に何とも思わないか……。
「考えすぎだな……俺。間接キスだなんて……」
俺は、そう独り言ち、苦笑いを浮かべる。
――と、
「……間接……キス……」
何故か、“間接キス”という一単語が妙に心に引っかかり、俺は眉根に皺を寄せて考え込む。
――何か……つい最近、同じようにドキドキした事があるような……?
ええと……確か……、
(それ飲んだら……は、は、早瀬とか、かん、間接キ……ッ!)
(早瀬が、俺の食べかけのハンバーグを食べたって事は……これもある意味、間接キスなんじゃね……?)
「――ッ!」
その瞬間、つい三日前のファミレス――『サイデッカア栗立店』での記憶が、ありありと俺の脳裏に浮かび上がった。
――晴れ着姿の早瀬と、緊張の極みの中、それでも楽しく食べた昼食の事。
――早瀬にお任せされたメニュー選びに、頭を悩ませた事。
――(結果的に)分け合って食べたチーズハンバーグ(暫定間接キス!)の事……。
「あ――ッ!」
そして、俺は思い出した。
『女の子関係に関しては、色々と場数は踏んでるっすからね』
二度にもわたって、女性の扱いについて俺に的確極まるアドバイスをしてくれた、あの茶髪のハンサムなサイデッカアの店員さんの事を――!