オンリー論理ーグローリー
「……ふぅ、美味かった~」
それまで間断なく、流れてくる寿司皿を空にして積み上げる作業に集中していたシュウは、ようやく一息ついた。
テーブルの上には、目線の高さにまで積み上げられた高層寿司皿タワーが、二棟聳え立っている。
シュウは、満足げにポンポンと腹を叩いていたが、つと眉を顰めた。
「……つか、全然食ってねえじゃん、ヒカル」
俺の前に積まれた皿の少なさに気付き、シュウは心配そうな表情を浮かべる。
「何だ? やっぱり、さっき言ってた諏訪センパイとの事が気になって食欲が無いのか? ……それとも、早瀬の事――」
「違うわボケ……いや、確かに、それもあるんだけどさ……」
今、食欲が無い原因は、どこかの誰かさんの旺盛すぎる食欲のおかげで、手持ちの軍資金が足りなくなりそう……っていうのがメインではあるのだが、シュウの言った事もまた、要因のひとつであると言えよう……。
歯切れの悪い俺をジロリと見ながら、シュウはお茶を一啜りすると、ごほんと咳払いした。
そして、少しだけ身を乗り出し、静かに俺に向かって尋ねかける。
「……で、結局どうしたいんだ、お前は?」
「……そんなん、俺が訊きたい」
困惑しながら、俺は答えにならない答えを返す。
そして、両手の指を髪に指を突っ込んでわしゃわしゃと掻きむしりながら、俺は苦悶の言葉を吐く。
「あーっ、どうしたらいいんだろ、俺! バレンタインまでって……あと一ヶ月ちょいしか無えじゃん! それまでに、どうするか決めないと――」
「――つうか、まだ一ヶ月以上もあるんじゃん。むしろ恵まれてる方だろ、そりゃ」
「え……?」
俺は、シュウの言葉に目をパチクリさせた。
そんな俺を尻目に、シュウはオーダー用端末をポチポチやりながら、言葉を続ける。
「普通、告白の返事ってモンは、もっとタイムリミットが短いもんだと思うぜ。つか、大体の場合は、その場で返事を求められると思うよ」
「そ……そんなモンなのか? そ……その根拠は?」
「実体験」
「おうふ……」
しれっとモテ男ぶりを吐露してきたシュウに、俺は意味不明な感嘆の声を上げる。
……まあ、シュウは、勉強面は大分残念だけど、イケメン・高身長・運動神経抜群の、三拍子揃ったハイスペック男子だ。世の女子が放っておくはずが無い。
――にしては、今までシュウの周りに女の影を見た事は皆無だった訳で……それってやっぱり、俺が居たから――?
「ゴホンゲフン! ま、まあ、それはともかく、だ!」
俺は、妙な方向に逸れかかる思考を、咳払いで軌道修正し、話題を本道に戻そうとする。
「……そ、そっか。恵まれてるのか、俺は」
「そりゃあ、そうだろうよ」
指を顎にかけ、小首を傾げる俺に、呆れ顔でシュウが言った。
そして、オーダー端末に指を滑らせ、デザートのページを物色しながら、言葉を続ける。
「つうか、普通は即答だろうよ。なかなか居ねえぞ、あんな人」
「そ……そうだよな、やっぱり……」
「ああ」
シュウは、ショコラチョコレートケーキをタップしてオーダーしながら、大きく頷く。
「顔は美人だし、スタイルは良いし、頭良いし……何だかんだで優しいしな」
「や……優しいかぁ? け……結構、俺に対してはアタリが厳しい気がするんですけど……」
「いや、優しいだろ?」
異を唱える俺に、呆れ顔でシュウは答える。
「優しくなかったら、ビビりの後輩の頼みを聞き入れて、その友人の追試対策の為に徹夜してくれたり、自分が恋心を抱いているその後輩の恋の手助けをしに、わざわざ遊園地まで付き合ってくれたりはしねえよ」
「で……デスヨネー」
シュウの鋭い指摘にに返す言葉もない俺は、コクコクと頷くしかない。
そんな俺をジト目で見ながら、シュウは「それに……」と言葉を継ぐ。
「優しい人じゃなかったら、いくら相手が失恋したてだって言っても、自分の告白の返事を一ヶ月以上も待たねえよ」
「確かに……」
シュウの言葉は、筋道が立っていて、反駁の余地も無かった。
……そうなのだ。シュウの言う通り、本来、迷う余地なんか無いのだ……普通なら。
あの諏訪先輩から好きだと告白されて、正直嬉しかったし、ドキドキした。
確かに、時々キツい言葉をぶつけられることもあるけど、今考えれば、それもまた愛情の裏返しだったんじゃないかと……。
「おい、顔にやけてるぞ、お前」
「……へ? あ、ああ……ゴメン」
シュウに呆れられ、俺は慌てて緩んだ表情筋を引き締める。
そんな俺の様子を見て、シュウは首を傾げる。
「……そんなにだらしない顔をしてる癖に、まーだ告白を受けるか迷ってるって言うのかよ、お前」
「……うん」
「何でよ? むしろ不思議だわ」
「……ホントにな」
シュウの問いかけに、俺も同じように首を傾げる。
「でも……このまま先輩の想いに応えようかと思うと、何か……胸の奥がモヤモヤするんだよな……」
「……まだ、早瀬の事を吹っ切れてないって事か?」
「……やっぱ、そうなのかな?」
俺は、空になった湯呑みに抹茶の粉を一匙入れて、テーブルの蛇口から熱湯を注ぎながら、呟くように言った。
そして、自嘲気味に口の端を歪めてみせる。
「つうか……いい加減、未練が過ぎるよな、俺……。クリスマスイブに『ごめんなさい』されて、更にダメ押しで、つい三日前にも自爆しに行ったってのに……まだ、絶ち切れてないんだよ。――早瀬への想いを」
「……ヒカル」
「――小田原はさ」
「え……?」
突然、俺の口から小田原の名が飛び出してきた事に、シュウは怪訝な表情を浮かべたが、俺は構わず話を続ける。
「今日、小田原は諏訪先輩に告白して……玉砕したけどさ。何か、サバサバしてたんだよな……」
「多分……それは……」
「うん、アイツは自分の想いをキチンと告げ切ったんだろうな。……だから、失恋したっていうのに、あんなにスッキリした顔が出来たんだと思う」
「ああ……そうだろうな……」
「なのに……」
俺はそう呟くと、テーブルの上に頬杖をつき、大きな溜息を吐いた。
「――俺もアイツと同じように、早瀬に告白して……フラれたのに、何でアイツみたいにスッキリした顔が出来ないのかなぁ……?」