THE ROLLING SUSHIES
「ふーん。そんな事になったんだ」
シュウは手を伸ばして、レーンを流れるマグロ握りの皿を取りながら、まるで他人事のような顔で言った。
……まあ、実際他人事なのだが。
「……まあ、そんな事になった訳だ……」
テーブル席で、シュウと向かい合って座る俺は、渋い顔で頷きつつ、オーダー用端末をポチポチしながら、目当てのえんがわ西京炙りを探していた。
――ここ、回転寿司チェーン『寿司王大平駅前店』は、夕食時という事もあって、平日にも関わらず満席に近かった。
俺は、部活を終えたシュウを校門で捕まえた。どうしても、コイツに相談したい事があったからだ。もちろん、タダでとは言わず、『奢る』という交換条件を提示した上でのオファーを、シュウは快く受けてくれたのだった。
そして、シュウの希望を容れて『寿司王』にやって来たのだが――、
「――って、オイ、ちゃんと聞いてんのか、お前?」
「あー聞いてる聞いて――おっ! トロ三貫握りだってよ! 中トロと炙りトロとサーモントロのセットだってよ。美味そうだなぁ……。なあ、ヒカル! ちょっと皿の色が変わるけど、取っていいか?」
「ぜってー今の話、ロクに耳に入ってねえだろ……。あーいいよ! トロ三貫握りだろうが、ロトの勇者三人パーティーだろうが、好きなモン頼め! その代わり、それ食ったら、今度こそマジメに俺の話聞いてくれよ!」
「あざーす♪」
呆れ顔の俺にお赦しを頂いたシュウは、満面の笑みを浮かべる。そして、舌なめずりをしながら、レーンを流れてきたトロ三貫握りを二皿取った。
「あ――! ちょ、おま……!」
「何か問題でも? 一皿だけとは言ってないぜ?」
「……おあがりよっ!」
したり顔のシュウに、俺はヤケクソ顔で言い放つ。頭にタオルを巻いていなかった事が惜しまれる。
「……」
通常の皿とは違う、いかにも高級そうな朱色の皿に乗った三種類のトロを、遠慮会釈の欠片も無く次々と口に運ぶ、シュウのホクホク顔を恨めしげに睨みながら、俺は視線の隅に積み上がった皿の数を数えてみた。
――10、11、12……あ、色皿は330円だから、×3で計算……と。――あと、茶碗蒸しと……フ、フライドポテトもだと……?
コイツ、いつの間に――!
「……どうしたヒカル? 何だか、顔色が悪いぞ」
「い……いや、何でもない……」
「つか、お前全然食ってねえじゃん。食欲が無いのか?」
「……食欲は、お前の前に積まれた皿を見たら無くなった……」
「おいおい、マジで大丈夫か?」
「大丈夫じゃないかも……主にお会計が……」
顔を引き攣らせる俺。
取り敢えず、カラカラに乾いた喉を潤そうと、湯呑みに入ったお茶を呷る。いい感じに冷めた抹茶が、空っぽの胃に染み渡る。
……侮っていた。シュウの胃袋の四次元ポケットぷりを。
まだ月の上旬で、月々の小遣いに加えて、お年玉という“臨時ボーナス”が潤沢に残っていたので、気を大きくして『奢る』なんて言ったはいいが、このペースでは資金が枯渇する恐れが出てくる……。
――取り敢えず、俺はもう頼まないようにしよう……。
と、俺が心に決めた時、
スッと、俺の視界に、朱皿に乗った三種類のトロが滑り込んできた。
「……え?」
驚いて顔を上げると、俺に朱皿を差し出したシュウが、心配顔をしていた。
「まあ、食えよ。美味いぞ、トロ三貫握り」
「シュウ……」
ああ……コイツは、意気消沈した俺の事を案じて、さっき取った朱皿を俺に分けてくれたんだ……。
俺は相好を崩し、シュウの手から朱皿を受け取る。
そして、
「悪い……ありが――」
素直にシュウに礼を言おうとした俺だったが――、
ふと、彼の前に置かれた、鮮度のよさそうなトロが三貫乗った赤い皿が目に入る。
「……あれ?」
俺は首を傾げた。
……確か、さっきシュウはトロ三貫握りを一皿平らげてたよな? 取ったのが二皿で、もう一皿が、今俺が受け取った皿だとしたら、コイツの手元の一皿は一体……?
――と、頭にクエスチョンマークを浮かべる俺に、満面の笑顔を浮かべたシュウが言った。
「美味かったよ、それ! ちょうどもう一皿流れて来てたから、お前の為に取ってやったんだぜ。何の何の! 礼を言うには及ばねえぜ、ヒカル」
「……」
「お? 親友の心遣いに感動して、声も出ないか? 良い親友を持って幸せだな、ヒカ――」
「違うわボケエエエエェっ!」
俺は、ドヤ顔のシュウを般若の形相で怒鳴りつけた。
「おまッ……! い、色皿は330円……普通の皿よりも三倍の値段するんだよ! この皿一枚で、玉子が三皿食べれるんだぞォっ!」
「……あぁ、そっか」
血相を変える俺を前に、シュウは悪びれるでもなく、納得顔でウンウンと頷いている。
そんなシュウの態度が気になり、俺は思わず尋ねた。
「な……何だよ? 『そっか』って……」
「あぁ、いや、この皿さ――」
俺の問いかけに、シュウはにこりと笑って、空になった朱皿を指さしながら答える。
「赤いじゃん。値段が三倍だから赤いんだなぁって気付いてさ」
「ここの寿司屋は、ジ〇ン公国じゃねえんだよォォォッ!」
シュウの言葉を聞いた俺は思わず、広い寿司王の店内に響き渡る大声で絶叫したのだった――。