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Go For Broken Heart

 ――その翌日の放課後。


「……」


 部室棟の廊下の隅に立つ俺は、緊張の面持ちで、突き当りの古ぼけた扉を凝視している。

 まさに今、あの扉の向こうでは、小田原翔真一世一代の大告白がクライマックスを迎えているところなのだ。


「……大丈夫かなぁ」


 俺は、不安を胸に抱えながら、独り言ちた。


「――諏訪先輩……」


 諏訪先輩は、今日、小田原が『ふたりきりで話がしたい』とやって来た本当の目的を知らない。多分、彼女は、『熱烈な“星鳴ソラ(じぶん)”のファンである小田原が、サインでもせびりに来た』くらいにしか思っていなかっただろう。

 ――さっきの様子では、自分に対する告白の話だとは、先輩は想像もしていないに違いない。

 のべらぶの感想欄はともかく、現実では碌に面識も無い小田原に、いきなり愛を告げられたりしたら、面食らうどころの話ではないのではないだろうか……。


 ……とはいっても、諏訪先輩自身の事については、さほど心配はしていない。驚きはするだろうが、すぐに冷静に戻り、やんわりと彼の申し出を断るだけだろう。――「他に好きな人が居る」と言って。

 まあ、さすがに、『好きな人』というのが誰なのかは、小田原には言わないと思うが……。


「……ふへへ……」


 ……て、い、いかん。思わず変な照れ笑いが出た。ちょうど階段を上がってきた女子テニス部の子に、緩みまくった顔をガン見されてしまった。


「……ッ!」


 彼女は、慌てて俺から目を逸らしながら、小走りで俺の傍らを通り抜け、女子テニス部の部室のドアを開けて、滑り込むように部屋の中に入る。

 ガチャリと、内鍵を閉める音が廊下に響いた。


「……」


 ――べ、別に、不審者扱いされたって、傷ついてなんかいないんだからねッ!

 俺は涙が浮かぶ目尻を拭うと、憮然とした顔で、再び突き当たりの扉に目を移した。


「……大丈夫かな、小田原のヤツ……」


 思わず、ひとり言が口をつく。

 ――といっても、小田原の事を心配している訳では無い。

 俺が心配しているのは――、

 

「……アイツ、フラれたからって、諏訪先輩に襲い掛かったりしねえだろうな……」


 そう、フラれて自暴自棄になった小田原が、部屋に先輩とふたりしかいない状況に、理性を失わないか――という事だった。

 もちろん、俺はその可能性を見越して、手を打ってある。

 予め諏訪先輩には、家から持って来た羽海のお古の防犯ベルを持たせているし、何があってもすぐに対処できるように、こんな底冷えのする廊下で待機しているのだ。


「……寒ぃっ!」


 キンキンに冷えた1月の空気に、俺は身体を震わせる。

 早く終わって、(廊下よりは比較的)暖かい部室の中に入りたい……。

 ――そう考えた矢先、


 ……ガラガラ――


「あ……!」


 文芸部の引き戸が、ガタつきながら開き、俺はハッとして目を見開く。

 やがて、小太りの男の身体が、のそりと部屋から出てきた。


「小田原……」


 部室から出てきた小田原は、中に向かってペコリと頭を下げると、引き戸を閉めた。

 そして、扉に背を向けて、こちらの方にトボトボと歩いてくる彼は、廊下の端から見ていても分かるくらいにガックリと肩を落としていた。


「あ……」


 小田原の告白の結果がこうなる事を初めから知っていた俺だったが、彼の意気消沈した姿を見ると、さすがに心が痛んだ。

 顔を俯かせたまま、こちらに近付いてくる小田原に、おずおずと声をかける。


「お……おい、小田原……?」

「――やあ、コーサカ氏……」


 俺の声に気付いた小田原は、緩慢な動作で顔を上げた。――その顔は、見るからに憔悴していた。

 その顔を見た俺は、思わず言葉を詰まらせる。


「お……小田原……その……だいじょ……」

「は、ははは……。大丈夫だよボクは……いや、大丈夫じゃないかも……」

「小田原……」

「……ダメだったよ。……断られた」

「……」


 力無く笑う小田原。俺には、彼にかける言葉が見つからない。

 彼は、天井を見上げると、大きな溜息を吐いた。


「彼女に言われたよ、ハッキリと。……『ありがとう。でも、私には好きな人がいるの。……ごめんなさい』――ってね」

「……そっか」

「――コーサカ氏、知ってるかい?」

「え……?」


 突然の小田原の問いかけに、俺は戸惑いの声を上げる。

 そんな俺の反応も構わず――いや、元々、俺に向けて話してはいないのだろう――、彼は言葉を続けた。


「……ああいう時に、相手に言われる『ありがとう』と『ごめんなさい』って……物凄く痛いんだよ――心に」

「……ああ」


 ――知ってるよ。

 それは、嫌って程。


『――ありがと』

『……ごめんなさい……』


 ――俺の脳裏に、あの日の観覧車のゴンドラで聞かされた、早瀬の声が過ぎる。同時に、胸の奥の塞がりかけの傷口から、鮮血が噴き出す音が聴こえた気がした。

 ――と、


「……まあ、それでも、良かったよ」

「……え?」


 小田原の口から出た意外な言葉に、俺は戸惑いの声を上げた。

 目の前の小田原の顔は青ざめていたが、何だか――憑き物が落ちたような、さっぱりとした表情を湛えている。

 昨日、無理矢理黒く染め直されて逆プリンみたいになった髪に、太く短い指を入れてキザったらしく漉き上げながら、小田原は言った。


「結果は残念だったけど、心の中につかえていた事を言えて、何だかスッキリしたよ」

「……そうか。それは……良かったな」

「うん……」


 小田原は、腕を組んでウンウンと頷きながら、サバサバした顔で言葉を継ぐ。


「これで、ボクも告白()()()()だね。また一歩、オトナの階段を昇ってしまったよ」

「いやいや! その単語のチョイスは止めろ! 何か卑猥!」


 自己陶酔したような愉悦の表情を浮かべる小田原に、顔を真っ赤に染めながら、慌ててツッコミを入れる俺。


「つか、お前男じゃん! しょ……ムニャムニャ喪失は違くね? 男だったら、童て――いや、何言わせんねん!」

「あ、まあ、確かにその通りだ。――さすがコーサカ氏! なんという冷静で的確なツッコミなんだ!」

「やかましいわブ〇ッケンJr.!」


 ……さっきまでのシリアスシーンはどこへやら。

 寒風吹きすさぶ部室棟の廊下に、俺の絶叫(ツッコミ)が高らかに響き渡ったのだった――。

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