表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
180/217

思い、思われ、ファン、ファンレター

 諏訪先輩との話が、一段落した――その途端、俺の脳裏に、眼鏡をかけた小太りの男子高校生の顔が浮かんだ。


「……あ」


 ……そういえば、すっかり忘れていた。アイツ――小田原翔真に頼まれていた事を。


「……? どうしたの、変な顔して?」


 思わず顔を顰めた俺を見て、諏訪先輩が訝しげな表情を浮かべた。

 ――そして、その顔を曇らせる。


「もしかして……やっぱり、嫌だったのかしら?」

「あ、いや……! そ、そうじゃなくて……」


 おずおずとした様子で諏訪先輩に尋ねられた俺は、慌てて首を横に振った。


「い……今の話じゃなくて、別の件でちょっと……」

「……別の件?」


 俺の答えに、諏訪先輩は首を傾げた。

 そんな先輩を前に、俺は言葉に詰まる。

 今の話の流れから、さっき小田原に頼まれた伝言を伝え、アポの予定を取るのは、少し気まずいというか、厳しい気がする……。

 何せ、そのアポというのは、『小田原が諏訪先輩に告白する為』に取るものなのだから……。

 要するに、自分の事を好きだと言ってくれて、告白の返事を待つとまで言ってくれている女性に、別の男が告白しようとするお膳立てを作ろうとしているのだ、俺は……。

 ――うん、客観的に考えても、なかなか酷な事をしようとしているな、俺……。

 出来れば、小田原の告白がどーたらこーたらっていうのを丸ごとスルーして、このまま知らん顔してしまいたいところである……。


 ――でも、


 ……小田原は、言っていた。


『もしも、もう諏訪センパイに彼氏がいて、そいつと一緒にいて幸せだって言うんだったら、その時は諦めるよ! 悔しいけど……!』

『それでも、ボクは告げるよ! センパイに……この想いを!』

『ボクは絶対に彼女に告白して、ダメだったら粉々に砕ける……それだけだっ!』


 ――と。

 アイツもあれで、自分の気持ちが届かないかもしれないという事をキチンと理解し、覚悟し、その上で、意中の女性(ひと)に想いを告げようとしている。――自分の心にケリをつける為に。

 多分……それは、クリスマスイブの観覧車で早瀬に告白した俺や、病院の屋上で俺に告白したシュウや、正月の公園で俺に告白した諏訪先輩と同じ気持ちなんだろう……。

 ――だったら、『言い辛い』っていう俺のエゴで、彼の得るべき機会(チャンス)を摘み取る事は許されない……!


「……あ、あの!」

「――え?」


 俺が急に声を上げた事に、諏訪先輩は驚いた顔を見せた。

 そんな先輩の反応も構わず、俺は言葉を継ぐ。


「あの……諏訪先輩は、ウチのクラスの小田原って奴を覚えてますか?」

「え……?」


 突然過ぎる話題転換に、諏訪先輩は当惑しつつも、コクンと頷いた。


「え、ええ……。工藤くんが追試を受けさせられた時に、英語を教えてくれてた人でしょ? ちょっと……()()()()()感じの」


 さすが、のべらぶでも指折りの人気作家。“デブ”を、何か雅やかな感じに言い換えた。

 ……と、変な所で感心しているところではない。

 俺は「そうですそうです」とコクコク頷きながら、言葉を続けた。


「先輩も覚えてると思うんですけど……。あいつ……結構なラノベファン――つうか、ぶっちゃけ、星鳴ソラファンじゃないですか?」

「あ……、そういえば……そうね」


 俺の言葉に、諏訪先輩は頷きつつ、少しだけ顔を引き攣らせる。


「去年、部室に来た時、私を星鳴ソラと知ってからの食いつきが物凄かったし。それに……あの後、高坂くん経由で貰った“ファンレター”も、とても熱量を感じるものだったわ……」

「あ……あれか……」


 諏訪先輩の言葉に、俺はクリスマスイブの前日――去年最後の登校日に、小田原から渡された分厚い封筒の事を思い出した。

 そう言えば、あの、はちきれんばかりの量の便箋が詰め込まれた封筒を、クリスマスイブに諏訪先輩に渡していたんだった……。

 俺は、恐る恐る先輩に尋ねる。


「つーか……、あの手紙……何か変な事が書いてあったりとかしませんでした?」

「……ううん、別に……うん」


 ……何だ、今の間は。


「ひょ、ひょっとして、何かふざけた事とか、卑猥な事が書いてあったり……とか――?」

「え? あ、いいえ。そういうんじゃ無いんだけど……」

「――『無いんだけど』? やっぱり、何か変な事が――」

「う、ううん! そういうのじゃなくって……」


 諏訪先輩は、表情を険しくした俺の顔を見て、慌てて首と手を横に振る。

 そして、困り笑いを浮かべながら答えた。


「ただ……“星鳴ソラ”の書く文章やストーリー展開を褒めてくれてたり、『Sラン勇者』の各話感想を、細かい字で便箋いっぱいに書き連ねてくれたりとか――50枚くらい……」

「ご、50枚ィ……?」


 先輩の言葉に、俺は仰天した。


「あの野郎……“蒼空(そら)翔る真なる熾天使(セラフ)”とかいうふざけたペンネームで、さんざん感想欄を荒らしてたクセに、それだけじゃ飽き足らず、わざわざ便箋を使って、先輩に迷惑を――」

「あ、違う! そうじゃ……迷惑なんかじゃなくって、ね」


 憤慨する俺を慌てて宥めるように、諏訪先輩は言った。


「便箋に書いてあったのは、作品に対する褒め言葉ばかりだったから、あの手紙を貰えて本当に嬉しかったんだけど……。何分、量が量だったから――全部読むのに3日くらいかかってしまって……ちょっと大変だったわ」

「あ……そ、そういう事っすか……」


 先輩の答えに、俺は胸を撫で下ろす。と、同時に、苦笑いを浮かべて、心に浮かんだ思いを言葉にした。


「……でも、わざわざ全部読む事も無かったのに。適当に読み流しちゃえば良かったんじゃないですか?」

「え……? あ、いえ。でも、嬉しかったし」


 呆れ半分で口にした俺の言葉に、はにかみ笑いを浮かべる諏訪先輩。


 ――まったく……真面目だなぁ、この人は……。


 俺は、内心でそう思いながらも、その屈託の無い表情に、彼女の言葉が決して嘘じゃない事を察して、安堵の息を漏らした。

 ――と、いつの間に、話が明後日の方向にずれてしまっている事に気が付いた。


「あ。そ――それでですね……」


 俺は、慌てて話を本流に戻す。


「その小田原が、明日にでも先輩に会いたいって言ってるんですね。……できればふたりで」

「え……? ――何で?」


 俺の話に、戸惑いの表情を浮かべる諏訪先輩。……まあ、当然だろう。

 ……さあ、何て言おう? 小田原が諏訪先輩に会いたがっている理由――。


「な……何か、小田原が、どうしても伝えたい事があるみたいです……先輩に」

「……伝えたい事?」


 諏訪先輩の表情が訝しむようなものに変わる。


 ――ぼかすの下手過ぎか、俺!


 と、俺は心の中で悶絶する。

 こんなん、8割がた「告白しに来ます」って言ってるようなものじゃないか! よっぽどニブい人でなきゃ、ピンときちまうぞ、これじゃ……。


「……何だろう? 小説の事かしら……?」


 ――【悲報】よっぽどニブい人だった【諏訪先輩】……。


 俺が、電車の中に持ち込んだミックフライドポテトの匂いよりもハッキリと臭わせてしまった、『告白』のニュアンスに全く気付いた様子はなく、ただただ首を傾げている。

 他の事には、異常ともいえる程察しがいい諏訪先輩だが、こと自分自身の事になると、途端に嗅覚が鈍るらしい……。


 俺は、考え込む諏訪先輩に、おずおずと尋ねる。


「あ……あのー……。どうですかね? ――もし、気が進まないようでしたら、俺から小田原に断りを――」

「え? ううん……大丈夫よ」


 諏訪先輩は、俺の問いかけに、首を横に振って言った。


「彼が、何を伝えたいのかは良く分からないけれど……。私も、この前のファンレターのお礼を言いたいし。それに――ファンは大事にしないとね」

「あ……そ、そっすね」


 俺は、諏訪先輩が珍しく口にした冗談に、ぎこちなく笑い返しながら、念を押す。


「じゃあ……明日の放課後に、ここに小田原を連れてきますんで。……少し、話を聞いてやって下さい」

「ええ、分かったわ」


 コクリと頷く諏訪先輩を見ながら、(これで良し)と、心の中で独り言ちる。


 ――舞台は整えた。後はお前が頑張れ、小田原。


 ……そして同時に、俺は心の中の彼に向かって、土下座して詫びていた。



 ――でも、ゴメン。そのお前の気持ち……報われないんだ……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ